25歳の“初心者監督”、林舞輝の初陣。 「理論」と「見えないモノ」の狭間で

25歳という異例の若さでJFL奈良クラブの監督に就任した林舞輝。その初陣は7月18日のいわきFC戦だった。欧州サッカーで最先端の理論を学んできた若者が、日本サッカーの現場でどう戦うのか――毀誉褒貶相半ばする挑戦の行方は、まだ誰にもわからない。
新生・奈良クラブをプレシーズンから追い続けたジャーナリストの川端暁彦氏が初陣の内幕とその後をレポートする。
「経験が大事なんて僕が一番わかっています。僕に経験が足りないことも、僕が一番わかっているんです」
奈良クラブを率いる25歳の青年監督は、そう吐き出していた。不安視する声はその耳に届いていたし、侮る視線もその心に刺さっていた。その上で、「このチームを強くするために何ができるか」を求めて、その一つの回答を得られる場が、コロナ禍を経てようやく3カ月遅れの開幕となった、いわきFC戦だった。2020年7月18日、林舞輝は初めて「監督」として公式戦に臨んでいた。
答えは誰にもわからない。だから「やる」
2019年にポルトガルから帰ってきた林舞輝は、奈良クラブの「GM兼アシスタントコーチ」という少し不思議な役職で日本での活動をスタートさせている。結果としてチームは14位と沈んだのだから、その仕事を「うまくいった」と総括することはできないだろう。不祥事を受けてクラブの体制も一新される中で迎えた新シーズンで、その肩書きは「監督」に変わった。GM時代は「5年後」なんてワードも出てきたが、監督となってからは「今季勝つことを何よりも考えないといけない」とスタンスも変わった。
「監督? いやあ、やったことないんでわからないですよ」。そう笑いつつ、この仕事が「結果」によってのみ評価される職業であることはしっかり認識している。幸いにもと言うべきか、JFLを戦う中で「欲しい」と思った選手たちを獲得することは、GMとしての最後の仕事としてできていた(当然、逃した選手もいるだろうが……)。「とにかく情熱を伝えた」という駆け引きゼロの交渉も、必ずしもネガティブには受け止められなかったようである。
もちろん、「よくわかっていない若造」の振る舞いを快く思わない人はいるもので、高校・大学の体育会系の洗礼をよくも悪くも受けていない林監督は、一歩間違えれば「無礼者」として認識されてしまうキャラクターの持ち主でもある。ただそれでも、初めて得た「自分のチーム」で、「やりたかったことを全部試します」と言って、今季の構想を語る彼は、それはとても楽しそうだった。
「初めて得た場」においてどう振る舞うかは、人の資質が問われるところだろう。一番簡単なのは「前例踏襲」であり、次に安定的なのは、過去に行われてきたものからチョイスしていく手法だろう。林監督は前年のアシスタントコーチでもあるので、これが最も楽なやり方だ。ただ、この若き指揮官は極めてナチュラルに、新しいことを試みて(時には失敗しつつ)、開幕を目指していた。
一般的には理論派としての印象が先行している林監督だが、「欧州で僕が感じたのは、『目に見えないモノ』がサッカーでは絶対に大事だってことなんです」と強調していたように、メンタルな部分を大切にする。選手の印象も「モチベーター」という感覚があるようで、トレーニングを観ていても盛り上げ上手という印象だった。
毎週水曜日に「ガチの」紅白戦を実施し、その内容に応じて週末の選手起用を決めるという方針も「目に見えないモノを大事にする」というのが大きな理由。選手のモチベーションを高く保つことと、日本のチームにありがちな練習でガチになれない雰囲気を壊し、インテンシティを高く保つ雰囲気を作るという狙いからだ。試合への準備として紅白戦を利用するのはよく観る手法だが、そうではなくて、本当に「ガチ」の場を用意するのである。
もっとも、これ一つ取っても「想定していなかった」と新米監督が頭を抱えるようになることは起きるもので、紅白二つのチームの指揮は二人のコーチに委任するのだが、「負けた方のコーチが、ガチだからこそ落ち込んでしまう」という現象が起きてしまうといったこともあった。
開幕戦に向けての準備も異色に見えた。前週の練習試合が行われたのは金曜日。翌週土曜日のいわき戦に向けて「中7日」に設定した。「僕がいろいろ勉強してきた結果として、実はサッカーの試合の準備に最も都合が良いのは『中6日』じゃなくて『中7日』なんですよ」と力説されたのだが、これも本当にそうかは本人も確信があるわけではない。
同様に、いわき戦は前日練習を行わず、前日は「移動に徹する」判断をしたのも珍しい決断だった。そしていわき戦の当日朝に短くトレーニングを行っている。選手たちからもヒアリングした上で、前週に同様の準備を行って手ごたえを得たからこそのやり方だが、監督本人も「やってみないとわからない部分もある」ことはわかっての選択である。でも、そこで「やってみる」方を選ぶのが林舞輝なのだということを、取材するこちらも「わかって」きた。
そして迎えたのが、いわき戦である。

ロジックで先制、しかし「見えないモノ」はあった
……
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Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。