公式戦7連勝→12戦9敗のリバプールが埋めきれない、ビルツの空席とサラーの守備免除。ウェストハム戦でさした光明とは?
【特集】25-26欧州サッカーのNEXT戦術トレンド#6
5レーンを埋める攻撃は5バックで、立ち位置を変えるビルドアップは前線からのマンツーマンプレスで封じる。逆に、相手のハイプレスを誘引して背後を狙う攻撃もすっかりお馴染みの形となった。ポジショナルプレーを起点にした「対策」と「その対策」はすでに一巡した感があり、戦術トレンドは1つの転換点を迎えている。この後に続くのは個への回帰なのか、セットプレー研究の発展なのか、それとも……。25-26欧州サッカーで進化への壁を乗り越えようとしている「NEXT」の芽を探ってみたい。
第6回で取り上げるのは、プレミアリーグを独走優勝した昨季から一転、公式戦7連勝→12戦9敗と大失速してアルネ・スロット監督解任論も熱を帯びてきたリバプール。白星を取り戻したプレミアリーグ第13節ウェストハム戦から浮かび上がる、埋め切れないフロリアン・ビルツの空席とモハメド・サラーの守備負担という問題への解決策、そして現代サッカーのトレンドとは?
はじめに
時は遡って2023-24シーズン、ユルゲン・クロップ監督とリバプールの幸福な関係が終わった。
ブンデスリーガでのドルトムント対バイエルンに続き、プレミアリーグでのリバプール対マンチェスター・シティというクロップ対ペップ・グアルディオラの構図は、世界が注目する一戦となった。正反対に見えた両者の思想は、ピッチの上で混ざり合っていくかのよう。試合を重ねるごとに、両チームの戦術が収斂し、欧州にとどまらず各国のサッカーに影響を与えていたことは記憶に新しい。一時代を築いたカードであったと言っても過言ではないだろう。
現在もグアルディオラが率いるマンチェスター・シティはケビン・デ・ブルイネとの別れを経て、今季は「あの時」ほどの最強感はないものの、確実にプレミアリーグで優勝争いに絡んできている。アーリング・ホーランド、フィル・フォデン、ジェレミー・ドクのトリオも、世界を驚かせるに足る存在であることをピッチで証明しつつある。
一方のリバプールは、これ以上のないクロップの後釜を見つけた――はずだった。前任者ですら一度しか成し遂げられなかったプレミアリーグ優勝を、新監督のアルネ・スロットは初年度にすぐさま圧倒的な強さで達成したからだ。同シーズンのCLでは16強で散ったが、初王者にして絶対的覇者となるパリSGを最後の最後まで苦しめたチームとなった。
間違いなく成功だった2024-25シーズンを経て、今季もプレミアリーグとCLの両大会で優勝候補とみなされていたリバプール。夏には大型補強を敢行したため、期待はいっそう高まる格好となった。ジェレミー・フリンポン、フロリアン・ビルツ、ミロシュ・ケルケズ、ウーゴ・エキティケ、仕上げにアレクサンデル・イサクという面々である。ところが、である。いざ開幕してみると、コミュニティ・シールドで躓いた後に公式戦7試合全勝の連勝街道を走るも、気づけばCLリーグフェーズ第3節フランクフルト戦での大勝を挟んで4連敗と2連敗。プレミアリーグ第10節でアストンビラ、CLリーグフェーズ第4節でレアル・マドリーと難敵を立て続けに倒して復調の兆しを見せたかと思いきや、再び公式戦3連敗で12戦9敗と波に乗れない悪循環に陥っていた。
難攻不落の要塞アンフィールドでも平気で負けるようになったことも相まって、盤石な地位を築いたかに思えたスロットの周辺は不穏なざわつきを見せている。本稿の締切をプレミアリーグ第13節ウェストハム戦後に伸ばしてもらった理由は、まさにここにある。一部報道では続投するには連勝がマストとも囁かれた自身の命運も大きく左右する決戦で、スロットがどのような振る舞いを見せるか。リバプールの現在地をたどっていく上で欠かせないケーススタディだったからだ。
誰がビルツ、フラーフェンベルフの空席を埋めるのか?
CFにエキティケ、トップ下にビルツが並ぶ[4-2-3-1]となった今季序盤戦のリバプール。昨季と比較すると、より選手の移動が頻繁に繰り返されるようになっていた。特にビルツの列落ちやレーン横断は、相手に解決しなければならない状況を押し付ける強さを持っている一方で、その移動距離が長いこともあってビルツの空けた席を埋めるか、埋めないかの判断をチームメイトが行う必要も出てくる。このビルドアップの出口から、ゲームメイクとチャンスメイクまでこなすビルツの存在感は異常で、時間とスペースがない中でもボールを平然と受け、味方に時間とスペースを配るプレーを日常のようにこなしていく。いまだにプレミアリーグで0ゴール0アシストではあるが、10月頭時点で今季公式戦通算のチャンス創出数で同リーグ選手中トップの数字を叩き出して話題となったのが記憶に新しい。
問題があるとすれば、「誰がビルツの空席を埋めるか」。この空席を埋めていい選手の中に右ボランチのライアン・フラーフェンベルフも含まれていることが深刻化に繋がっていった。昨季はより純粋なアンカーとして振る舞っていたフラーフェンベルフは今季、前線に厚みを加える+1枚として計算されている雰囲気がある。アヤックス時代にインサイドハーフとウイングを兼ねていたようなプレースタイルなので、本人からすれば願ったり叶ったりの状況だろう。ただし、イブラヒマ・コナテの代役として、試合途中に右CBを任されることもあった彼の胸中は定かではない。
そのフラーフェンベルフが攻撃に参加したとしても、その空けた席を誰かが埋められていれば問題はない。しかしエキティケが埋めることは現実的ではなく、ビルツが埋めたとしてもトランジションの守備者としての振る舞いには少し疑問が残る。理想を言えば彼ら以外の中央の選手が空席を埋めるべきで、中盤のトリオがフラーフェンベルフ、アレクシス・マカリステル、ドミニク・ソボスライであれば、誰が3センターのどの一角を務めてもどうにかなるかもしれないが、ビルツが外れることになり本末転倒となってしまう。
パリSG、マンチェスター・シティとの比較で浮かび上がる問題点
このような「どの席を空けてどの席を埋めるか?」の解決は、マンチェスター・シティやパリSGの十八番である。彼らと今季のリバプールを比較すると、その問題点が浮かび上がってくる。違いが顕著に現れているのは「誰を後ろに残すか」と「SBが空席を埋められるか」だ。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。
