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ディストリビューションとは? 攻撃の起点になれるGKの重要性

2018.08.01

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。


 Distribution(ディストリビューション)という英単語を直訳すると「分配」を意味する。GKのプレーにおいてこの単語は、パントキックやゴールキック、オーバーハンドスローやアンダーハンドスロー全般を含んでいる。つまり、ディストリビューションの緻密化とは単に足下の巧みなGKが重宝されることだけにとどまらず、正しい判断でボールを配球することで攻撃の起点になれるGKが求められていることを意味する。

 例えば、長らくユベントスの守護神を務めたジャンルイジ・ブッフォンはキックの精度自体というよりも、優れた判断力と戦術眼を武器にボールを配球している。トッテナムのウーゴ・ロリスも、数年前まではバックパスを相手に狙われていたが、マウリシオ・ポチェッティーノの指導で劇的に改善。足下のキックが突如として正確になったというより、各パターンの対処法を身につけたという方が正確だろう。ここからは、緻密化されたディストリビューションのパターンを解説していこう。


パターン1:両サイドに開いたCBへのパス

 両サイドに大きく開いたCBへのグラウンダーでのパスは、最も安全なオプションの1つだ。コントロールしやすいグラウンダーの横パスを配球することで、視野を広く保った状態でCBがボールを持つことに繋がる。距離も近い傾向にあるため、このゾーンに浮き球のパスが出されることは少ない。適度なスピードで正確なボールが求められ、スローではアンダーハンドスローが推奨される。中央はプレッシャーが強いので、外に開いたCBから縦パスでSBにボールを繋げるのが最もリスクの少ないルートになる。

3対2の数的優位のエリアを使ってビルドアップ

 プレッシャーが厳しい時はCBがサイドに蹴り出すことも可能で、リターンパスをGKが受け直して次のプレーに繋げるパターンもある。GKに戻す局面ではリスクを最小限に抑えることを重視するので、ボールホルダーにプレッシャーがかかっている場合はGKがCBに近寄りながらボールを受けるプレーが多い。

 後方からの組み立てを重視するチームにとっては必修となるパターンなので、相手チームはCBにマンツーマンで当たることで組み立てを阻害しようとする場合もある。両サイドのCBを封じることで、相手が長いボールを蹴らざるを得ない状況を作り出すのだ。


パターン2:高い位置を取った両SBへのパス

 もう1つ、比較的安全なルートとなるのがSBへのボールだ。両サイドのSBは、外に開いたCBに押し出されるように高い位置へと移動することが多い。このゾーンへのパスが比較的安全な理由は、「タッチライン際でボールを奪われても速攻には繋がりにくい」ことに加えて、「空中戦において質的な優位性を生み出しやすい」ことにある。SBをマークする相手のサイドMF(ウイング)は俊敏で小柄な選手が多いので、SBが浮き球に競り勝ちやすい。SBの頭を狙うような浮き球であれば、キックが強くなった場合にも相手のスローインでのリスタートとなる。リスクを避けられるだけでなく、マイボールになる確率も中央に浮き球を配球するよりは高い。特にSBに高身長でフィジカルの強い選手がいると、このディストリビューションは効果的だ。マンチェスター・シティでは、フィジカル面に優れたカイル・ウォーカーがプレスの逃げ場として機能している。

高い位置から3枚でプレスを受けた時、SBへの浮き球が有効になる。相手の左SBは右サイドMFを見るべきか、右SBにプレッシャーをかけるべきか迷う

 また、上図のようにSBの足下にピンポイントで合わせるボールも効果的だ。これは、頭への浮き球と比べると緻密なキック精度が求められるため、GKにとっては難易度が高い。具体的には相手のサイドアタッカーが開いたCBに誘い出されたタイミングで、SBは瞬間的にフリーになりやすい。マンチェスター・シティのエデルソンは、低弾道でのピンポイントキックによってプレスを無効化するパターンを武器としている。トッテナムやナポリのような「プレスの名手」であっても、エデルソンの正確なキックには苦しめられた。

 相手がCBへのプレッシングを強めようとするタイミングに合わせて、エデルソンは右SBのウォーカーにピンポイントの浮き球を送る。ウォーカーが正確にボールをコントロールすると、どうしても二の矢として飛び込めない。サイドアタッカーとSBの2枚が飛び込むと、後ろが手薄になってしまうので迷いが生じるのだ。前からのプレスを仕掛ける際に迷いが生じると、大きな隙を生み出しやすい。高い練度のハイプレスであっても、正確にSBの足下にフィードを合わせられるGKがいれば回避は可能となる。


パターン3:守備的MFへの縦パス

 最も難易度の高いパスコースとして、中央が存在する。視野の広いGKは、常に相手の間を通すようなボールを狙っている。GKから守備的MFへの縦パスは、鳥かごの練習にも積極的にGKを参加させる時代になったことで、以前よりも頻繁に見られるようになった。

中盤中央で2対2を作り出すことで守備的MFをフリーにする

 中央へのボールは、奪われたら失点に直結するという観点ではリスクが大きい。しかし、CBがサイドに開く動きやSBへの浮き球を多用することで「中央への警戒」は薄くなる。布石として両サイドからの組み立てを続けることで、相手が中央へのプレッシャーを弱めたタイミングを見逃してはならない。

 左右を意識した相手の間を通過する縦パスを受けたタイミングで、守備的MFが前を向くパターンが理想形で、カウンターに近い状態で相手の守備を突破することが可能になる。同時に、前線の選手が下がってくることで相手の守備的MFを足止めさせる工夫も必要だ。このプレーを成功させるには、後ろを向いた状態でも的確に背後の状況を把握できる守備的MFが不可欠である。せっかく難しいボールを通しても、前を向けなければチャンスは失われる。このスペースで無理に仕掛けることは危険なので、当然プレッシャーを浴びていればリターンパスを選択する。


パターン4:前線へのロングフィード

 自陣での組み立てが困難になってしまった状況では、長いボールを蹴ることがリセットの役割を果たす。また、相手守備陣がマークを怠ったタイミングでは、ロングフィードが一撃必殺のアシストパスとなる。

 長身ストライカーの頭に合わせるようなキックは1つのデザインプレーで、マンチェスター・ユナイテッドのダビド・デ・ヘアは外に流れたロメル・ルカクに合わせるボールを多用する。長身ストライカー不在のチームでは、低弾道のボールが好まれる。高弾道の浮き球だと相手に競り合う時間を与えてしまうが、低弾道であれば判断力と位置取りの勝負に持ち込みやすいからだ。また、フリックでそらすようなパターンを使うことも可能になる。

 オーバーハンドスローで飛距離を稼ぐことができるGKであれば、チームメイトがコントロールしやすいように胸の高さに投げ込むパターンが効果的だ。当然、長いボールに依存し過ぎると読まれてしまうので、使い分けながら相手と駆け引きしなければならない。パントキックも高く蹴り上げるようなスタイルと、横から低弾道のボールを蹴るスタイルを使い分ける必要がある。正確に長いボールを蹴れるGKがいれば、前線プレスの抑止力になりやすい。セットプレーの局面から一気にカウンターに移行するチャンスもあるため、視野の広さと判断力も求められる。

マンチェスター・ユナイテッドGKダビド・デ・ヘア

 GDR(ゴールキーパー・ディストリビューション・レーティング)という指標によって、GKのディストリビューションを評価する試みも存在する。この指標は、「ディストリビューションの何%が、敵陣でのボールポゼッションに繋がったか」を分析した数値となる。同分析では「ロングフィードは俗に五分五分の勝負だと言われるが、成功率は2~3割に過ぎない」ことが判明しており、最も敵陣でのボールポゼッションに繋がりやすいのはアンダーハンドスローでの近い味方へのパス(79%)だった。続いてオーバーハンドスロー(69%)、ショートパス(66%)が続いており、近い味方へのディストリビューションが着実に攻撃機会を増やすことがわかる。

 ボールを味方から引き出すポジショニングも非常に重要で、積極的に動きパスコースを作ることが求められる。当然、意識の部分でも「味方に指示を出しながら積極的にバックパスを受けられるか否か」は、ディストリビューション能力に直結する。味方の判断を助けるために、ハンドサインでどちらの足側にパスが欲しいかを伝えることも「トップレベルでは常識的な技術」だ。バルセロナのテア・シュテーゲンのようにスローやキックのフェイントを挟むことで、相手の守備を意図的に動かす技術も武器になる。もはやGKは「シュートを止めて遠くにボールを蹴り出すだけの存在」ではない。総合的なスキルとして、ディストリビューションは理解されるべきなのである。

Photos: Getty Images

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GKエデルソンダビド・デ・ヘアディストリビューション戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。