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アルゼンチンは、なぜ勝てない? 異才を育む国内リーグのジレンマ

2018.06.25

ロシアW杯特別コラム


メッシを筆頭に、アグエロ、イグアイン、ディ・マリア、ディバラ……など世界最高クラスのアタッカー陣をそろえながら、まったく精彩を欠くアルゼンチン代表のパフォーマンスは、今大会最大の謎の一つだ。その謎を解くヒントとして、アルゼンチン指導者協会名誉会長が校長を務める監督養成学校「Escuela Osvaldo Zubeldía」に在籍する河内一馬氏の興味深い指摘にぜひ耳を傾けてほしい。メッシの不調と大エース依存から抜け出せないサンパオリ監督の手腕ばかりがやり玉に挙げられるが、どうやらそう単純な問題ではなさそうだ。

サッカー選手は2つの種類に分けられる

 今のアルゼンチン代表には、メッシなど数名を除いて「空間」でプレーできる選手が存在しない。ここでいう「空間」とは、守備側が形成するブロック内部において、選手間に発生する三角形または四角形のスペースのことを指す。例えば[4-4-2]のブロック陣形であれば、四角形の「空間」が4つ発生する。相手FW(1列目)よりも自陣側や、相手SB(サイドMF)の外側は、ブロック外部にあるスペースのため「空間」とは呼ばない。[4-1-4-1]のブロック内部には、三角形の「空間」と四角形の「空間」が共存し、[5-4-1]のブロック内部に発生する「空間」は、すべて三角形である。この三角形と四角形の「空間」作用の違いはあれど、サッカー選手には、この「空間」を利用できる選手と、できない選手の2種類が存在している。

「ブロック」にある隙間

 クロアチア戦、アルゼンチン代表はいびつな[3-4-3]の布陣。クロアチアの「空間」でボールを受けようと試みていたのは、主にメッシ(右ウイング)、マクシミリアーノ・メサ(左ウイング)、エンソ・ペレス(セントラルMF)の3人。問題は、メッシには守備網が張られ、後者の2名は「空間」でプレーをする能力が低かったことである。守備ブロックに対して「空間」でボールを受けて有効なプレー(ターン・相手を引きつける等)に繋げられない場合、相手があたかも一塊であるかのように錯覚を起こしてしまう。「ブロック」という名前に惑わされてはいけない。そこには必ず人と人が作り出す隙間が存在している。特に顕著だったのはメサで、FWの列から「空間」まで降りてきてボールを受けようと試みるが、タイミングが悪くクロアチア右SBのシメ・ブリサリコに食い付かれるか(おそらくこの対応はタスクとして決められていた)、「空間」で受けることができたとしても有効なプレーに繋げることはできなかった。ついにアルゼンチンは、ブロック内部への「侵入不可」と錯覚を起こしたまま、試合を終えることになったのである。

クロアチア代表DFブルサリコ(右)に封殺されたメサ

国内リーグとの因果関係

 クロアチア戦をアルゼンチンの国内リーグと比較すると、興味深い因果関係が垣間見える。あくまで今シーズンの試合を見ている印象ではあるが、アルゼンチン国内リーグには、「空間」ではない(=①タッチライン際 、②相手に接触した状態(もしくはそれに近い状態)、③被アプローチが180度限定)において、非常に高い能力を発揮する選手が大量にいる。その反面、ピッチの中に「空間」でプレーできる選手が存在していない。ゆえに国内リーグでは、それに伴って起きる「選手間の距離が長い」という状況、その副作用「単調な攻撃」が頻繁に発生することになる。

何が「個」を育てるか

 選手間の距離が長い=ピッチのあらゆる場所で1対1(or数的不利)が発生している状況だ。常にその状態で試合を進めているため、通常の感覚であれば「次がない状態(はめられた状態)」を、「無理やり強引に」ドリブルやファウルをもらうことによって、「1人で」解決できる選手が大量に生産される。そのような国内リーグの状況が、アルゼンチン人選手の、いわゆる「個」を育てる要因になっているのではないか?と推測することができる。国内で「無理やり1人で解決してきた選手」が、欧州のオーガナイズされたピッチの中に「1選手」存在していると、それらの能力がさらなる効力を発揮する。サッカーというゲームには、秩序の中に発生するカオスを1人で解決しなければならない場面が、往々にして発生するからだ。

戦術的レベル

 アルゼンチン国内リーグは、欧州の各国リーグに比べて、戦術的にオーガナイズされているチームが明らかに少ない。言葉が正しいかは定かではないが、「戦術的レベルが低い」ゲームが圧倒的に多いのだ。サッカー自体のレベルが低いかと言われれば、それはまた別の話である。つまり、勝利という目的において、組織として効果的にプレーをしているチームが非常に少ないということだ。前述した例で言うと、「選手間の距離が長い」ことは、非常に効率が悪く、意図的でない限りは「効果的」とは言えない。しかし興味深いのは、その「戦術的レベルが低い」ことが「選手の育成に繋がっている」という現象である。選手間の距離が長い→必要以上に1対1(or数的不利)の場面が増える→1人で解決しなければならない→その能力が伸びる という原理だ。

アルゼンチン代表のエンソ・ペレス(リーベルプレート:左)と、19年7月からレアル・マドリーに加入することが内定しているビニシウス・ジュニオール(フラメンゴ)

なぜ選手間の距離が長くなるのか

 前述しているように、国内リーグのゲームでは「選手間の距離が長い」状態が常に発生しているが、その原因の一つが「空間でプレーすることを嫌がるから」である。ピッチにおける「空間」でない場所とは、①タッチライン際、②相手FWと自陣ゴールの間、③相手DFライン上、④相手選手を触れる場所 の4つ。全員がここでプレーをしたがると、ピッチに選手が散りばめられた状態になり、ポジショニングがDFラインと前線のラインでほぼ2列のような形になることが多く、必然的に選手間が伸びることがわかる。中央のスペースがぽっかり空いていることも稀ではない。その結果、攻撃が単一の方法に絞られる。

ビルドアップを避ける

 そしてもう一つの原因が、ほとんどのチームが「ビルドアップを避ける」ことだ。欧州のリーグでは、「プレッシングvsビルドアップ」という攻防がよく見られるが、ここアルゼンチンではほとんど見られない。1枚もしくは2枚がプレッシャーをかけると、ショートパスで前進するのではなく、ロングボールを選択するチームが圧倒的に多い。そのため、前方のプレッシングに対して「DFラインが上げられない」という現象が発生し、結果的に縦が間延びする。そもそもプレッシングのシーンが少ない(個人に依存する)ため、ボールロスト時のタスクがデザインされていないチームがほとんどで、それがロングボールを蹴らせてしまうことに繋がり、さらにDFラインが上げられないという連鎖が起きる。無理矢理にでもDFラインを上げることで(同時にGKのポジションも高くする)、相手を敵陣に押し込むという考え方もできるが、私が見た試合はほぼすべてのチームが、ロングボールを前向きに対応するためにDFラインをプッシュせず、相手FWが深めに取るポジションに合わせてライン設定をするチームが多かった。

サッカーをさせないサポーター

 ではなぜ、そのような現象が起きるのであろうか。私は、アルゼンチンという国における、ある意味での「勝利への執念の強さ」がそれを招いていると考えている。サポーターとの関係性を見ると、それが浮き彫りになる。

 アルゼンチンリーグのサポーターは我慢ができない。サッカーにおける「矛盾」を受け入れられないのだ。例えば選手がバックパスを選択した時、あるチームでは猛烈なブーイングが発生する。「ゴールが前にあるのに後ろにパスをする」という矛盾である。そのような状態だと、チームはサッカーにおいて必要なバックパスを選択することが非常に難しい。皮肉なことに、サポーターがサッカーをさせないのだ。選手はそれに合わせてプレーを選択(無意識)するため、ロジック的にはおかしなボールロストが頻発し、必要以上に可能性の低い縦パスや、無人のスペースへのロングボールが多発する。バックパスでボールを失うよりも、その方が選手としてもサポーターとしてもすっきりするからだ。クロアチア戦、GKカバジェロが致命的なミスを犯した後、選手が同選手にバックパスをするたびに、大きなブーイングが巻き起こっていた。スタジアムでも、私が居たパブリックビューイングでも。その状況からメンタリティを修正することは、非常に困難である。

ボカ・ジュニオールのサポーター

サポーターがサッカーを決める

 この「サポーターがプレーヤーに与える影響」を考え始めたのは、2年前に欧州各国を旅した時だ。欧米の中でも、国々によってリアクションの違いがあることに気が付いた。ベルギーのリーグ戦を観戦した際、選手がボールを持った瞬間にサポーターが前方向へのプレーを要求するため、心理的に慌ててプレーをする選手たちは、試合を通して雑な奪われ方をし続けた。例えばバルセロナのサポーターはそうではなく、サッカーをよく「観る」ことができる。

 これだけ不確実性を減らす方向に向かっている現代サッカーが、唯一オーガナイズしていないのが「サポーター」である。私は今後、「サポーターの育成」が行われる可能性があると考えている。むしろこの点は、日本にアドバンテージがあるとすら思う。アルゼンチン人サポーターをコントロールすることは不可能だが、歴史が浅い国、新しいクラブはそれが可能なのではないだろうか。例えば「チームが目指しているプレー原則」と「サポーターのリアクション」を人工的に合致させることで、プレー原則の浸透スピードを上げられるかもしれない。日本がそこに世界で一番先に手を出せば、欧米や南米を超えられる可能性が出てくる。

360度の「空間」を180度でプレーする

 話をクロアチア戦に戻そう。仮にFWやMFの選手がハーフスペースなどの「空間」でボールを受けたとしても、360度の「空間」で、あたかも「180度であるかのように」プレーをしてしまい、ターンが可能な状況でバックパスを選択し、サイドチェンジが求められる場面で出し手に向かって180度(もしくは90度)のプレーのみに限定されてしまうのが、今大会のアルゼンチン代表である。個人の嗜好か、それともタスクとして与えられているのかは不明だが、ボランチに入るマスチェラーノは、相手の守備陣形に問わず、オートマティックにDFに潜りボールを配給している。

ブロックに対して

 ペナルティエリア前でブロックを敷いている相手に対しては、味方にボールを突き刺すようなイメージではなく、「空間」にスライムをじわじわ浸透させていくようなイメージが有効だ。そのためには「空間に居て」ボールを受けることが重要で、そこに人がいなかったり、ポジション移動のスピードが速過ぎたり(動き過ぎたり)すると、時間とともにスライムを浸透させるのが難しくなっていく。そもそもなぜボールを保持している際に選手が「動き過ぎてしまう」のかを考えると、「自分の触れる範囲に敵がいない状況」が、「空間」でプレーできる能力を持った選手以外は嫌だからである。ボールが移動するたびに「違う相手に触りに行く」ので、必然的に移動距離は長くなる。

アルゼンチンの戦い方

 これらの背景を考えると、「空間」を利用することができない今のアルゼンチン代表は、ボールを保持することを放棄し、意図的に両チームを間延びさせ(背後を取る動きを増やすなど)、斜め前方向のロングボールを多用することで、セカンドボールの位置を意図的にコントロールし、カウンターのカウンターを仕掛けるべきである。つまり「計画的な無秩序」をゲームモデルに組み込むのが得策だ。今のアルゼンチン代表には「考える時間」を与えてはいけない。逆に、「空間」ではない場所が有効に使えるゲームモデルを用意すれば、アグエロのような選手がDFを背負ってゴールに近い位置でボールを受けた時や、スピードのあるクリスティアン・パボンがライン際で1対1を仕掛けた時、得点のチャンスが大きく広がってくる。

国民の重圧

 ナイジェリアがアイスランドに勝利したおかげで、絶望に浸っていたアルゼンチンに光が差し込んだ。次のナイジェリアがどのような戦い方をしてくるのかはわからない。ただ確実に言えることは、このように好き勝手書いている私には、チーム内の心理状況もわからないし(良くないことは確かであるが…)、国民のプレッシャーもかかっていない。しかし彼らには、想像をはるかに超える重圧がのしかかっているはずだ。メッシの表情、カバジェロの動揺、ディ・マリアの消極的な姿勢、サンパオリの仕草……。日本人からしてみたら、目を覆いたくなるような表情をしていることがある。

 私は1人のアルゼンチン代表ファンとして、あらゆる重圧を吹き飛ばし、ピッチで勇敢に戦う彼らの姿を、目に焼き付けたいと思う。


Photos: Getty Images

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FIFAワールドカップアルゼンチン代表

Profile

河内 一馬

1992年生まれ、東京都出身。18歳で選手としてのキャリアを終えたのち指導者の道へ。国内でのコーチ経験を経て、23歳の時にアジアとヨーロッパ約15カ国を回りサッカーを視察。その後25歳でアルゼンチンに渡り、現地の監督養成学校に3年間在学、CONMEBOL PRO(南米サッカー連盟最高位)ライセンスを取得。帰国後は鎌倉インターナショナルFCの監督に就任し、同クラブではブランディング責任者も務めている。その他、執筆やNPO法人 love.fútbol Japanで理事を務めるなど、サッカーを軸に多岐にわたる活動を行っている。著書に『競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか』。鍼灸師国家資格保持。

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