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シティ移籍間近の18歳、エチェベリとは何者か?マラドーナ、メッシ級のリーベル産「小さな悪魔」

2024.01.22

昨年1112月のU-17W杯では、4強入りしたアルゼンチン代表のキャプテン&背番号10として7試合5ゴール2アシスト。欧州メガクラブ勢による争奪戦の末、マンチェスター・シティの獲得が濃厚と言われる2006年生まれのアタッカーが、リーベルプレート所属のクラウディオ・エチェベリ(Claudio Echeverri)だ。少年時代から“10年に1人の逸材”と母国で注目を浴びてきた「次世代のメッシ」の成長ストーリーを、指導者たちの証言を交えてChizuru de Garciaさんが伝えてくれた。

 ディアブリート――スペイン語で「小さな悪魔」を意味するこの言葉は今、アルゼンチンでクラウディオ・エチェベリの愛称として定着している。ジュニア時代から大胆不敵な天才児として将来を嘱望され、今年1月2日に18歳の誕生日を迎えたばかりの小柄な名手にはぴったりの呼び名だ。

 その由来は、かつてディアブロ(悪魔)の異名を取った元ボリビア代表のマルコ・エチェベリにある。スペルこそ異なるものの同じ発音の苗字を持つ往年のスター選手にあやかった形だが、最初にその愛称を授かったのは兄のディエゴ。故郷チャコ州レシステンシアのクラブ、デポルティーボ・ルハンでプレーしていたディエゴがディアブロと名付けられたことにより、兄の後を追って入団した6人兄弟の末っ子が必然的にディアブリートと呼ばれるようになった。

 だが地元の人々はそれからまもなくして、同年代の子供たちの中でも一回り小さく華奢だったディアブリートが只者ではないと気づくことになる。

マラドーナの気性とメッシの特徴を併せ持った少年

 エチェベリがデポルティーボ・ルハンでプレーし始めたのは8歳の時。その頃ジュニアチームの監督を務めていたルイス・クエバスは、アルゼンチンのメディア『Infobae』の取材に応じた際、エチェベリの突出した才能を強調した。

 「ボールを持つたびに相手選手を翻弄していたのを見て、この子は別格だと思いました。ピッチに入るなり、得意のドリブルを披露してくれましたよ」

 当時は9番としてプレーしていたが、ビルドアップからパスワークの軸にもなったエチェベリを新戦力として迎えたデポルティーボ・ルハンはチャコ州リーグで強豪と化し、入団1年目のシーズンでベスト4入りした後、翌シーズンは優勝を遂げた。

 「私は一度、ラジオのレポーターに言ったことがあるのです。ここレシステンシアでは、あの子のプレーを見た誰もが他とは違うことに気づいていたと。なにせ、いとも簡単にドリブルを仕掛けてくるのですから。マラドーナやメッシのように、ボールを持つたびに得点の可能性を生み出して、マークもあっさりと外していました。とにかく別格でしたよ」

 だが、入団から2年間にわたって指導にあたったクエバスによると、エチェベリが他の子供たちよりも優れていたのはテクニックだけではなかった。

 「私は彼の精神的な強さを評価してきました。とても強いメンタルの持ち主で、8歳の頃から20歳の大人のような考え方をしていたのです」

 常にチームのキャプテンを任され、仲間たちに指示を出し、周りもそれに従った。明るい性格とリーダーシップから、みなに頼られ、好かれる存在だったという。

 すでに地元で注目を集めていたエチェベリに、強豪リーベルプレートのトライアルのチャンスが訪れたのは2015年のこと。視察団がやって来ることを知ったクエバスは、9歳のエチェベリをバイクに乗せてトライアルの会場まで連れて行き、リーベルの下部組織でスカウト部門のディレクターを務めていたダニエル・ブリスエラに紹介。後日ブリスエラは、リーベルのクラブ専門メディア『La Página Millonaria』による取材で、クエバスが太鼓判を押すエチェベリのプレーを初めて見た時「鳥肌が立った」と話している。

 エチェベリが10年に1人の逸材であることを瞬時に悟ったブリスエラは、クラブに「マラドーナの気性とメッシの特徴を併せ持った少年を見つけた」と報告。一度は宿泊先のホテルに戻ったものの、「入団させるなら今しかない」と思い立ち、エチェベリの両親から入団の承諾を得るため自宅を訪れたところ、そこでちょっとしたサプライズに遭遇した。エチェベリの部屋が、天井から四方の壁までリーベルのもので埋め尽くされていたのだ。……

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Profile

Chizuru de Garcia

1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。

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