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欧州サッカーの“アマチュア革命”。在野からプロ以上の人材が育つ理由

2018.06.04

CALCIOおもてうら


書籍『モダンサッカーの教科書 イタリアの新世代コーチが教える未来のサッカー』の共著者であるレナート・バルディは、30代にしてセリエAコーチを歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)でスカウティング講座の講師を務める同国のトップエリートだ。彼が「新世代コーチ」と言われるのは年齢だけでなく、その出自に理由がある。

 この仕事をしていて最近よく感じるのは、サッカーの世界においても、それを伝えるジャーナリズムの世界においても、プロとアマチュアの垣根がなくなって来ているということだ。ヨーロッパでは、プロ選手経験のない若い世代が監督やテクニカルスタッフとして第一線で活躍するケースが増えてきている。ジャーナリスムの世界でも、プロの記者としてキャリアを積んでいるわけではないライターが、非常に質の高い記事を発表しそれが広く読まれるようになってきた。

戦術分析など一部分野はプロ以上

 その大きな背景には、インターネットを通じて文字情報や画像・映像が世界中で共有されるようになった結果、従来ならばそれを職業とするプロフェッショナルが独占していた様々なリソースへ誰でもアクセス可能になり、サッカーというゲームに対する知識と理解を深める機会が一気に開かれたという環境変化がある。

 例えば、戦術理論やトレーニング理論といった専門知識。かつてはプロの監督やコーチのレベルでしか共有されていなかった高度な情報に誰もがアクセスできるようになっただけでなく、ブログやSNSといったプラットフォームを通じて、誰でも情報を発信し、それについて意見を交わし、共有することが可能になった。

 筆者の知人が経営するプロ/アマチュアコーチ向け技術/戦術書専門の出版社を例に取ろう。20年前の創業当時は紙の書籍が唯一のメディアだった。その後WEBサイトを通じた会員制の有料サービスを始めた時にも、コンテンツの中身は書籍と同じテキストと静止画像でしかなかった。しかし徐々に、書籍にはDVDが付属するようになり、WEBサイトの内容も動画が主になって、今ではむしろテキスト情報よりも動画がサービスのメインになっている。最近、会員制サービスの内容をさらに専門化・高度化したり、プロコーチによる数日間にわたるセミナーを開いたりしているのは、かつては有料でしか手に入らなかったレベルの情報が、ブログやSNSを通じて誰でも無料で手に入るようになって、ビジネスを成り立たせるためにはさらに差別化されたサービスが必要になっているからだ。

 情報や知識を共有するフォーマット自体も、テキストからグラフィック、そして動画へとシフトが進んでいる。動画保存のフォーマットがアナログからデジタルに変わったことで、その保存や複製はもちろん、その一部を切り取って加工・編集するハードルが劇的に下がった。1つの試合映像をプレー単位で分割し、パスの種別や成功/失敗からボール奪取/ロストまで様々なタグをつけることで、必要なタイプのプレー動画をすぐに抽出して観ることができるようになり、それを加工してチームの戦術分析や選手のプレー分析のビデオクリップを作り、共有することも簡単にできる。

 それも当初は高価な機材やソフトウェアが必要とされたため、それを専門とする会社がプロクラブを対象に行うプロスペック、プロユースのサービスにとどまっていた。しかし高度な映像編集・加工ソフトウェアが誰でも簡単に手に入るようになり、同時にYouTubeをはじめとする動画共有プラットフォーム、そして再生機器としてのタブレットやスマートフォンが普及したことによって、今や10年前にはプロクラブのミーティングルームでしか見られなかったレベルの戦術分析、プレー分析動画が誰でも見られるようになっている。

 こうした形でかつてはプロの独占物だったリソースが誰でもアクセスできる開かれたコンテンツになった結果、専門分野の知識と学習を深める機会も広く一般に開かれることになった。戦術分析やプレー分析といった「机上の」作業に話を限れば、今やプロとアマチュアの垣根は極めて低い。少なくとも誰もが同じ土俵の上で勝負できる舞台と環境が用意されている。そしてアマチュアの中からもプロを上回る能力を備えた人材が育ち始めている。

時代遅れのライセンス制度への疑問

 シニシャ・ミハイロビッチのスタッフたち、エミリオ・デ・レオやレナート・バルディは、こうした環境変化の申し子と言える。

 デ・レオは、地元のクラブで育成コーチをしつつ、戦術的ピリオダイゼーション理論を独学で学び、プロ監督たちに戦術分析レポートを送ると同時に、YouTubeにCLやセリエAの分析レポートをアップするといったセルフプロモーションを続けて、ロベルト・マンチーニとミハイロビッチの目に留まった。バルディは、大学で経営学を学んだ後、税理士として仕事をしながら30歳までアマチュアレベルでプレーを続けていたが、グアルディオラのバルセロナと出会ったことで戦術への情熱が生まれ、コーチとしての道を歩み始めた。2人ともプロ選手経験がない一介のアマチュア戦術マニアとしてスタートし、今ではセリエAでも最先端レベルのテクニカルスタッフとして活躍している。

ミハイロビッチの横に立つのが戦術コーチのエミリオ・デ・レオ

 しかしイタリアの場合、彼らのようなケースはきわめて幸福な例外であり、一介のアマチュアが自らの能力だけを武器にしてステップアップできるようなキャリアパスがまったく用意されていない。これはイタリアサッカーの変革と進化にとって明らかにネガティブな要因として働いている。

 例えばドイツではある時期から、プロコーチライセンス講座の受講者に異なるバックグラウンドを持つ人材を積極的に受け入れる方針を打ち出してきた。これは「情報の独占から共有へ」という大きな、そして根本的な環境の変化が持つ意味を理解し、制度や仕組みのレベルでそれに的確に対応することを通して、それをテコにして自己革新を図ろうという姿勢を持っていたからだろう。しかしFIGCは、その変化を理解しようとも受け入れようともせず、制度や仕組みを旧態依然のままに保つことで既得権を保護しようとする姿勢が、サッカー界の中枢部で今なおまかり通っている。残念なことだが、その結果として自己革新の機会を逃し時代から取り残されかけているのがカルチョの世界の現実だ。

 例えば、イタリア監督協会会長のレンツォ・ウリビエーリは「イタリアの監督は世界でもトップレベルだ」と言い続けている。確かにアンチェロッティ、コンテ、アレグリ、サッリ、マンチーニ、ラニエリなど、国際レベルで活躍している監督を多く輩出していることは事実だ。しかしプロコーチライセンスはもちろん、スカウトやマッチアナリストのライセンス講座に至るまで、受講資格において元プロ選手が過度に優遇される仕組みが強固に存在しているため、「情報の独占から共有へ」という変化が生み出した新世代の優秀な人材が、監督やテクニカルスタッフとしてプロサッカーの世界でキャリアを築くことはきわめて難しい。

 例えばバルディにしても、アマチュアレベルで監督ができるUEFA-Bライセンスは保持しているが、セリエAでテクニカルスタッフとして4シーズンのキャリアを積んできたにもかかわらず、セリエC以下のプロクラブの監督、セリエA、Bの助監督を務めるために必要なUEFA-Aライセンスは持っていない。毎年行われる講座の受講資格は選手キャリアとコーチキャリアに応じたポイントの合計によって決まるのだが、プロ選手経験に応じて与えられるポイントが大きいため、元選手が優遇されて枠が回ってこないのだ。

戦術分析アシスタントのレナート・バルディ

 これは監督ライセンスだけでなくマッチアナリストのライセンスについても同じ。UEFA-Bのコーチライセンスが受講資格に含まれているため、プロ選手経験を持たない人材にはハードルが高い。実際、このハードルに阻まれてマッチアナリストとしてのキャリアをスタートできない立場にいる志望者を対象とする「イタリアサッカーパフォーマンスアナリスト協会」というFIGC未公認の独立組織が2015年に設立されて、独自の活動を行っていたりもする。つい先日もデ・レオとバルディ、そしてビデオアナリストのランベルティという「チーム・ミハイロビッチ」の3人がこの協会で分析メソッドの講義を行っていた。FIGCと微妙な関係にある組織であることは承知の上で、しかし同じ情熱と志を持つ人々と知識や情報を共有しようという姿勢は、新しい世代のそれだ。

『ガゼッタ』よりも『ウルティモ』

 プロとアマチュアの垣根がなくなっているのは、ジャーナリズムの世界でも同じ。イタリアのWEBマガジン『ウルティモ・ウオモ』の執筆陣のほとんどは、プロのジャーナリストではなく別に本職を持つアマチュアで、しかも若い。しかしその仕事のクオリティの高さは、フットボリスタ読者ならもう十分にご承知の通りだ。

 イタリアでもスポーツ新聞をはじめとする紙メディアの衰退が進んでおり、国家資格を持つプロのジャーナリストの雇用ポストは縮小している。国家資格を新たに取得するためには、メディアでの実務経験が必要とされるのだが、その実務経験を積む場所自体も減っている。プロとしてキャリアを築くことが、機会の上でも経済的にも困難になってきているのだ。しかし今や、ジャーナリストとして質の高い仕事をする上で、プロとしての資格を持っているかどうかは二次的な問題になってきている。率直に言って『ガゼッタ・デッロ・スポルト』よりも『ウルティモ・ウオモ』の方が、ずっと知的で情報量が多く、興味深い内容を持っている。

 実のところこれは、イタリアだけの話ではない。日本のサッカー界、そしてジャーナリズムの世界においても何かしら当てはまる部分があるように思える。日本でもプロ選手経験を持たないJリーグの監督はほんの一握りに過ぎないし、いわゆる「ラップトップ監督」が台頭する兆候は今のところほとんど見当たらない。サッカー論壇においても、既存のメディアよりブログやSNSを通して発信される議論の方が興味深いこともしばしばだ。2年ほど前にフットボリスタが新世代メディアを特集した時に寄せた次のような一文が、ますます現実になってきたということなのだろう。

「今情報の受け手にとって『信頼性』をもたらすのは、メディアの『看板』ではなく情報の内容、コンテンツそのものの質だと言っていいだろう。『どこに書いてあるか』よりも『誰が書いたか』、そしてそれ以上に『何が書いてあるか』が勝負ということだ。書き手にとってはよりフェアでかつシビアな状況になっているが、同時に受け手にとっても情報のリテラシーが問われる時代になったと言える」


Photo: Michio Katano, Getty Images

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エミリオ・デ・レオレナート・バルディ戦術

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。