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サッカーの本質は「自由」――ペップスタイルの源流

2018.04.29

戦術コラム


 ある時、メノッティがディ・ステファノに尋ねたそうだ。

 「2人のDFで、よく5人のFWに対して守れていましたね」

 すると、アルゼンチンのレジェンドは答えた。

 「我われがそんなに愚かだったとでも?」

 セサル・ルイス・メノッティは78年W杯でアルゼンチンに初優勝をもたらした名将で、現役時代はサントスでペレのチームメイトだったこともある。12歳上のアルフレッド・ディ・ステファノは1世代前のスーパースター。メノッティはWMシステム([3-2-2-3])や[4-2-4]、[4-3-3]の時代の選手だが、若きディ・ステファノがプレーした“ラ・マキナ”と呼ばれたリーベルプレートは[2-3-5]の2バックだった。

 2バックシステムには確かにDFが2人しかいないが、相手のFW5人に対しては2+3の5人で対応していたようだ。ハーフバックの3人も加わっていて、特にサイドハーフは相手のウイングをマークする役割があった。

 ペップがバイエルン時代に使ったのは2バックシステムの現代版だ。SBのラームとアラバは攻撃ではMF、守備ではSBとしてプレーしていて、まさに2バック時代のサイドハーフだったと言える。しかし、メノッティでさえ知らない2バックシステムを、なぜペップは知っていたのか。もちろん、見たことはないはずだ。そうだアレをやろうと思いつくには、あまりにも古過ぎるサンプルである。ペップは遺跡を掘り起こしたわけではない。


ディ・ステファノが体現した思想

 ペップのサッカー観がバルセロナとともにあることはよく知られている。ヨハン・クライフの影響は大きい。さらにさかのぼると、クライフの師匠はリヌス・ミケルスである。トータルフットボールの創始者だ。そして、ミケルスは30年代に“ブンダーチーム”と言われたオーストリア代表をリスペクトしていて、「我われの前にはブンダーチームがトータルフットボールをやっていた」と話している。オーストリアにはマティアス・シンデラーという名CFがいた。プレースタイルはいわゆる“偽9番”だったそうだ。

 偽9番については、リーベルのアドルフォ・ペデルネラが有名で、後輩のディ・ステファノはこれの大家になった。クライフもこの系統だ。30年代のオーストリア、40年代のリーベル、50年代のレアル・マドリー、そして70年代のアヤックスから90年代のバルセロナに移植され、ペップを通じてバイエルンやマンチェスター・シティにもたらされたスタイルには、偉大なチームというだけでない共通点があるように思える。

 冒頭のアルゼンチンの偉人2人の会話に戻る。5人のFWに対しては5人で対応していたと書いたが、ディ・ステファノ自身はそう答えているわけではない。2人で5人を相手に守ることを愚かだと言っているだけだ。サッカーは11人対11人でやるに決まっているだろう、そう言いたげではないか。DF登録の選手だけが守備をするというルールはない、すべては自由だと。プレーメイカーでありゴールゲッターで、時にはDFだった“CF”ディ・ステファノはそう言いたかったのではないか。

 既存のポジションにも考え方にもとらわれない、自由なサッカー。そもそもサッカーは自由でなければ成立しない本質を持つ。その精神は、ペップにも受け継がれているに違いない。


Photos: Getty Images

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。