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エバートンが違反した「イングランド版FFP」。P&Sルールから占うシティとチェルシー、プレミアリーグの行方

2023.12.07

11月17日にプレミアリーグから発表されたエバートンに対する勝ち点10のはく奪処分。重罰が下された理由は「FFP(ファイナンシャル・フェアプレー)違反」と形容されがちだが、厳密に言えば「Profitability & Sustainability Rules」への抵触となる。このイングランド国内独自の基準を現地在住のEFLから見るフットボール氏に解説してもらおう。

UEFAのFFPと似て非なるP&Sルールの寛大さ

 2023年10月、32季目を迎えたプレミアリーグに極めて重要な「前例」が刻まれた。リーグ史上初、P&Sルール適用による勝ち点の剥奪処分。イングランド1部リーグ125シーズンの歴史に照らし合わせても過去類を見ない「勝ち点10はく奪」という厳罰は、当事者のエバートンのみならず多くのフットボール関係者、そしてフットボールファンを大いに驚かせた。

 1人の男の純粋な野心の暴走から始まった物語は、コロナ禍、ロシア・ウクライナ戦争などといった数奇な乱数の関与を経て、イングランドフットボール界全体に波及する事態にまで発展した。今、その顛末がいかに複雑なものであろうとも、このエバートンの勝ち点剥奪に繋がったルールと経緯のなるべく正確な把握に努めることは、誰しもにとって決して無駄な試みではない。なぜなら、このケースはプレミアリーグに所属する全クラブに対して発せられた、大音量での警告に他ならないのだから。

 残念なことにここ数年、イングランドでは 「Profitability & Sustainability Rules」(収益性と持続可能性に関する規則/以下P&Sルール) なる言葉が頻繁にニュースを賑わせ、ファンの間で着実に市民権を獲得している。日本ではUEFAが導入しているものなどと一括りにして 「ファイナンシャル・フェアプレー」(FFP) という概念で一括りにされることが多いが、他組織のそれと基本原則は同じながらもプレミアリーグおよびEFL(2~4部)で用いられるP&Sルールにはイングランド国内独自の基準が設定されている。

 まずはその仕組みを解説しよう。イングランドの各クラブは毎年3月1日を目途に「直近2シーズン分の財務諸表」「現シーズンの収入および損失見込み」を所属リーグに提出しなければならない。その中でプレミアリーグでは合計1500万ポンドまでの損失がまず許容され、またそれを超えた場合でも損失が1億500万ポンド以内であれば2シーズン後までの資金繰り計画を提出すること、つまりオーナーからの補填を認可することで申請が許可される。

 この損失計算からは、プレミアリーグが「フットボール界全体への貢献」とする項目に含まれる有形固定資産の減価償却費(=スタジアムなどのインフラ関連費用)、コミュニティ・女子フットボール・アカデミー関連の支出といった費用は除外される。そして新型コロナウイルス関連の損失も不問とされるだけでなく、前述の通り直近3シーズンが対象となるP&Sルールでは、(とりわけパンデミックの影響が大きかった)19-20シーズンと20-21シーズンは同一シーズンとして合算。その平均値を用いるという特例措置まで取られていた。

 つまりプレミアリーグのP&Sルールを平たく言い換えるのであれば、少なくない必要経費を取り除いた上で「3年間で1億500万ポンドまでの損失の計上を許可する」仕組みだ。参考までに、EFLの損失リミットは「3年間で3900万ポンド」に過ぎず、UEFAのレギュレーションでさえ「3年間で6000万ユーロ(約5200万ポンド)」と半分程度の損失までしか許容していない。にもかかわらず現在更なる条件緩和も検討されているという噂まであるが、いずれにしても各クラブにとって寛大なルールであることに議論の余地はないだろう。

エバートンが限度額から足を踏み外した経緯

 では、なぜ世界一高騰する放映権料から毎年1億ポンド以上の収入まで得ているはずのエバートンは、その限度額すらも踏み越えてしまったのだろうか。プレミアリーグが公式サイトで公開している独立裁定委員会(以下、委員会)の報告書からその経過を振り返ってみよう。

 すべての始まりは2016年、所持していたアーセナルの少数株を元上司のロシア人実業家アリシェル・ウスマノフに売却した資金を元手に、ファーハド・モシーリがエバートンの買収に成功した時のことだ。

 モシーリには壮大な夢があった。それは「自らのクラブ」をビッグ6に比肩し得る存在に成長させ、欧州カップ戦の常連にのし上げること。実際、当時ロベルト・マルティネス(現ポルトガル代表監督)が率いていたマージーサイドの雄にとって、それは(少なくとも今よりはずっと)非現実的な目標ではなく、彼はその実現のため、「大幅な戦力強化」と「豪勢な新スタジアム建設」という2つの莫大な計画を両輪で進めていった。委員会による公聴会でモシーリが行った証言によれば、「買収当初の3、4年でまず大量に投資し、それ以降の収入のサイクルを作る」予定だったという。実際に2017年から2021年にかけて、エバートンは選手獲得に同期間でプレミアリーグ5番目となる3億5900万ポンドを費やし、選手の給与総額も倍増させた。監督も次々とすげ替えていき、それまでの18年間で3人しか座っていなかったダグアウトにはモシーリの買収後、現任のショーン・ダイシまで含めて7人もの指揮官が腰かけている。もっとも、その成果がピッチ上に表れていたとは言い難い。

グディソン・パークのピッチサイドを歩くモシーリ。写真は2017年11月

 そして同時期に始まった老朽化が進む約4万人収容のグディソン・パークに代わる新スタジアムの計画においては、まずそのためのグループ会社が立ち上げられ、そこにモシーリや第三者の投資ファンドがローンを行う形で資金注入が開始されたが、5万人以上が入れて飲食店や宿泊施設も併設した複合施設型拠点の構想は希望どころか火種と化していった。

 2020年3月、新型コロナウイルスが猛威を振るいだす直前の段階でモシーリの予想に反してピッチ上で低迷を続けていたエバートンの財政状況は悪化の一途をたどっていた。その要因の1つが「新スタジアム関連費用がP&Sルールの除外要件として認められない」という予想外の事態。これがケチのつけ始めだった。

 通常P&Sルールにおいて、スタジアムなどのインフラ関連費用が除外対象となるのは先述の通り。しかし実は従来の規定において、この要件が認められるのはその建設認可が下りてからとされていた。リバプールの海事商業都市として世界遺産登録されていた地域でのプロジェクトともあって結局、許可を得たのは2021年2月。その間エバートンは、本来計算から除外されるべき計5400万ポンドが不当に計上されたと主張した。

 この件について2019年からプレミアリーグに抗議を続けたエバートンは、時のCEOデニス・バレット・バクセンデイルの継続的なコミュニケーションの甲斐もあって、2021年8月にプレミアリーグと妥協点となる合意に達する。それまでのスタジアム建設関連費用の計算除外が認められる代わりに、すべての選手契約にプレミアリーグの承認を得るプロセスを挟むことになった。

 しかしそれでも2022年初頭の段階で、1億500万ポンドの壁はエバートンの前に高くそびえ立っていた。そこでモシーリは盟友ウスマノフに助けを求め、まだ完成までほど遠い状態にあるにもかかわらず、新スタジアムのネーミングライツを名目に今後20年間に渡る年間1000万ポンドの契約を結んだ。これは起死回生の一打に見えたが、直後にあのロシアによるウクライナ侵攻が発生。オリガルヒの代表格にすら挙げられるウスマノフの英国内における資金は凍結され、最後の望みも絶たれたかのように見えた。

 ――にもかかわらず、なぜかエバートンは2022年3月に提出した「直近2シーズン分の財務諸表」「現シーズンの収入および損失見込み」において、同期間中の合計損失をP&Sルール範囲内の8710万ポンドだと主張した。後にプレミアリーグが明かしたところによれば、この提出情報は額面通りに読むと1億2080万ポンドの損失を指し示すものだったとされる。しかしエバートン側は同期間のP&S計算においていくつかの特殊な事情があったとして、追加送付した書類の中でその根拠となる以下の理由4つを並べ立てた。

理由①スタジアム関連費用について。前年にそれまでの建設費用の除外申し立てが通ったことを受け、過去の2件の融資がスタジアム建設目的だったとして、その利息支払い分1740万ポンドが除外される。
理由②若手選手の移籍時に支払いが義務付けられる補償金(移籍金の4%)について。この580万ポンドがアカデミー関連の支出として除外対象になる。
理由③逮捕されプレー不可能になった選手X(本人のプライバシーを重んじてこの表記とする)を「本人のメンタル面を考慮し」訴訟しなかったことによって1000万ポンドを不可抗力で失った。
理由④コロナによる選手市場の不況(=選手売却額の減少)とその他の影響で6100万ポンドを不可抗力で失った

 これがプレミアリーグの大きな反感を買い、問題が委員会に持ち込まれて今回の処分が下される直接のきっかけとなった。その反論は以下の通りだ。……

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Profile

EFLから見るフットボール

1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72

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