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エコロジカル・アプローチ視点で考えるドリブラー育成法

2023.06.27

エコロジカル・アプローチ「 教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』は、欧米で急速に広がる「エコロジカル・アプローチ」とその実践メソッド「制約主導アプローチ」の解説書だ。その著者である植田文也氏に、『フットボリスタ第96号』の現代ウイング特集に絡めて「エコロジカル・アプローチ視点で考えるドリブラー育成法」を聞いてみた。

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ドリブラー育成の敵は「タッチ数制限」?

──今回は「エコロジカル・アプローチ視点で考えるドリブラー育成法」というテーマでお話をうかがえればと思います。

 「逆に浅野さんは、なぜ今回ドリブラーに注目したんですか?」

──5レーンを埋めるポジショナルプレーの守り方が浸透してきた現在、中央をパスワークだけで崩すのは難しくなってきています。ポケット侵入の対策も進む中で、アタッキングサードでの崩しはサイドで1対1で勝てる選手がいないと苦しくなっていくのかなと。とはいえ、ウイングの復権が目立つのは世界中から選手を集められるプレミアリーグくらいで、欧州全体で見ると、需要に供給が間に合っていない印象があります。そこで「育成法」にフォーカスしてみた次第です。

 「なるほど。ドリブラーは一芸が求められるポジションである傾向が強いので、トップレベルのプレーヤーは多様で独自のソリューション(解決策)を持っていることが多いです。1つ例を挙げます。自著(『エコロジカル・アプローチ』)の第4章で取り上げた創造性のあるプレーヤーと、そうではないプレーヤーのグループの違いを調べた実験についてです。2つのグループの比較で過去のスポーツ参加歴を比べた結果わかったのは、創造性のあるプレーヤーはスポーツ組織が提供するような構造化されたトレーニングではなく、非構造的な遊びに費やしている時間が長かったことです。おそらくウイングと他のポジションを比較すると同じような結果が出ると思います。同じく第4章ではブラジルのストリートサッカーの研究も紹介しましたが、個人的には低所得者層からこういったクリエイティビティのあるウイングが生まれているのではないかと感じています。彼らはサッカーを始めたばかりの頃から高度化されたサッカーの教育を受けてきたわけではない。発達期の中盤くらいまではストリートサッカーや公園遊びを大量に行っていて、途中から専門的なトレーニングを受けたタイプの選手が多いです」

──逆にスペイン、ドイツ、イタリアなどでドリブラーが生まれにくくなっているのは、育成が高度に構造化されていったことと関係しているのかもしれないですね。

 「はい、おそらく欧州のサッカー先進国では将来有望と見込まれた選手は幼少期からしっかりとしたトレーニングを受けているのだと思います。最近、いろんなコーチの方に会いましたけど、育成年代で制約としてプレーヤーにかけるランキング1位はタッチ数制限ですね。アンダーツーとかツーワンワンとかアンダースリーとか、タッチ数を減らす方向で制約をつける」

──『モダンサッカーの教科書』の共著者レナート・バルディも、トレーニングでの過度なタッチ数制限はプレーの幅を狭めると危惧していましたね。

 「エコロジカル・アプローチの研究者たちは、論文や書籍などでサッカーコーチはタッチ制限を用い過ぎると批判しています。タッチ数制限はドリブラーを育ちにくくしますし、逆に『縦パス禁止』などドリブルを誘発するような制約のゲームはあまりやらないですよね。構造化された育成のデメリットは、マンチェスター・シティ、バルセロナ、スペイン代表を理想的なチーム、正しいサッカーとして、そこから逆算されたトレーニングを行ってしまうことですね。つい最近、U-10くらいの年代の映像を見たのですが、本当に素晴らしいシティのようなポジショナルプレーを実践しているんですね。2タッチで攻め急がず、最後までショートパスで崩すサッカーを10歳くらいの子がやっていて、2つの思いを抱きました。1つは単純に凄いなと。同時にでも、おかしいぞと。この年代でこの完成度のサッカーを実現するのは不自然で、かなり規定的に教えているはずです。そうなると、ドリブルも含めて本来は育成年代で学習するはずだったいろんな運動が失われてしまいます」

2022-23CL決勝前日にペップ・グアルディオラ監督の下でトレーニングを行うマンチェスター・シティ

──逆に、日本ではドリブル塾だったり、ドリブルばかりやっているスクールもありますよね。それに関してはいかがですか?

 「トレーニングの中身を見ていないので方針だけでその是非を語れる立場にないことが前提ですが、一般論としてもしドリブルのスキルドリルに傾倒し過ぎているとすると同じ理屈で、今度はパスゲームで求められる能力が抜け落ちますよね。1つのスキルだけを取り出してトレーニングすることを『タスク分解』と言いますが、そういったトレーニングは代表性不足になります。本にも制約主導アプローチの5つのプリンシプルについて書きましたが、代表性というのはその1つで、練習環境と試合環境の類似性を指します。スキルドリルのようなタスク分解は、実際の試合環境にどうやって転移させるかを考える必要があります。一方で、先ほどのU-10のポジショナルプレーは戦術的な代表性が非常に高いトレーニングをやっているはずです。試合を再現するシチュエーションを作って、試合と同じシステム、サポートの位置、カバーリングの位置などの戦術的な部分を中心にトレーニングする。ただ、戦術的な代表性ばかりを追い求めると、スキル習得にフォーカスが当たらなくなります。極端な話、1対1のドリブルがまったくできない子もいるはずです。だから、タスク分解でもなく、戦術的な代表性が高い練習でもなく、その中間にあるようなもの、例えば、あえて戦術的な代表性を下げて、スキル習得を目的としたスモールサイドゲームをやるのがいいと思います」

──スモールサイドゲームは戦術練習のイメージがありますが、スキル習得にフォーカスするにはどういう方法があるんでしょう?……

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エコロジカル・アプローチ

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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