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「ペップ・バルサ」の再現は可能なのか? プレー原則で読み解くスーパーチームの秘密

2022.07.26

サッカー史における最強チーム論争で常に候補に挙がるのが、2008-2012のペップ・バルサだ。世界のサッカーは右肩上がりに進化しているが、当時の彼らと現在の最強クラスが正面から激突しても勝敗がわからない、いまだ色あせないスーパーチームだ。10年前には読み解けなかった彼らのサッカーを、『シン・フォーメーション論』の著者である山口遼氏に「現在の視点」で分析してもらおう。

※『フットボリスタ第88号』より掲載

 強かったチームは歴史上勝者として無数に存在するが、「人々を魅了して」かつ完璧な強さを誇ったチームとなると、その数は多くない。そんな中、2008年からペップ・グアルディオラが率いたバルセロナは、おそらく歴史上で最も人々を魅了し、かつ恐ろしいほどの強さを誇ったチームである。世界中の多くのサッカーファンにとって、彼らは「2番目に好きなチーム」であり続けた。私にとっては今でも1番好きなチームだ。

 彼らの織り成すフットボールには、信念と哲学があり、そこには美しいストーリーがあった。ロナウジーニョが一世を風靡したのも束の間、バルセロナは彼のコンディション低下とともに深刻なスランプへと陥っていた。そんな中で、トップカテゴリーでの監督経験のないグアルディオラの監督就任が発表されたのだから、晴天の霹靂と言う他ない。それどころか彼は、チームの中心だったロナウジーニョ、デコに対して「追放宣言」を行う。その代わりにチームに要求したのは、「高いインテンシティ(試合でもトレーニングでも)」「ミッドフィールドが主体のフットボールへの回帰」「規律とコレクティブネス」「若きカンテラーノの抜擢」といったものだった。

 就任初年度の2008-09シーズン。開幕戦に敗れた際にはこれでもかという懐疑が国内からあふれ出したが、今は亡きバルセロナのフットボールスタイルの祖、ヨハン・クライフは彼らのフットボールスタイルを絶賛。彼の評価が予言となったかのように、それ以降は破竹の勢いで勝ち星を積み重ね、ついにはラ・リーガ、CLを含む6冠を達成し、今でもまったく色あせない歴史を打ち立てて見せた。

 新加入のズラタン・イブラヒモビッチが適応に苦しんだ翌シーズンはやや停滞するも、メッシのゼロトップを導入した2010-11シーズンは歴史上最高のチームとも呼び声高いパフォーマンスを披露。この3年間は紛れもなく「黄金期」と呼ぶにふさわしく、世界中のサッカーファン、サッカー選手、サッカー関係者のサッカー観に大きな影響を与えることになった。

 一方で、時代が進んだ現在では、グアルディオラの持つ方法論は研究が進められ、特に安定したビルドアップや即時奪回のゲーゲンプレッシングは広く「市民のフットボール」へと還元されることになった。現代フットボールのほとんどの潮流の始祖となったと言っても過言ではないバルセロナのフットボールについて、あらためて「オリジナル」を分析することで、何が一般化し、何がいまだに真似のできないオリジナリティだったのかを考えてみたい。それでは今や古典となりつつあるペップ・バルサを再び分析してみることにしよう。

“立ち位置”だけでは完成しない:プレー原則の重要性

 ペップ・バルサに影響を受けた人々によるペップスタイルの分析/研究によって、「ポジショナルプレー」という考え方が広く一般的になった。しかしこのポジショナルプレー、非常に定義が曖昧で、ここで議論しようと思っては間違いなく誌面が足りない。ただ、少なくとも「選手を何となくバルサと同じような配置になるように並べてみました」というだけでは再現できない概念であることは確かだ。

 拙著である『シン・フォーメーション論』でも触れたが、なぜサッカーにおいて配置が重要になるのか、ポジショナルプレーにおいて「位置的優位」が重要になるのかと言えば、それはそれぞれのチームの参加人数が11人で等しいことが大きい。チェスなどと同様に、両チームの人数が等しいからこそ「どの駒をどこに配置するか」が両軍に現れる差になるわけだ。一方で、チェスなどのボードゲームとは異なり、サッカーは両軍の戦力には差がある可能性があり役割もはっきり分かれているわけではない。また、意思決定も交互ではなくリアルタイムで同時性を持って行われる。

 これにより、単に配置の問題だけで戦術上の優劣を決めることはできない。よって、配置論は必ず意思決定や判断を伴う戦術論に包含され、「全体の配置を表す静的なフォーメーション」「動的な配置構造」「配置をもとにした意思決定や判断」といった3つの階層で捉える必要がある。

 この意思決定や判断の基準となるものとしては、戦術的ピリオダイゼーションの影響から一般的に「プレー原則」などと呼ばれる概念が広まった。実際、このプレー原則という考え方は、厳密に戦術的ピリオダイゼーションを実践していない指導者の間でも一般的になるほどに浸透しつつある。すなわち、ポジショナルプレーの定義は非常に曖昧だが、少なくともポジショナルプレーを論じる際には、配置と意思決定を規定するプレー原則について考える必要がある。

 さらに言えば、ペップ・バルサだけが持っていた特異性を分析するならば、監督が意図したプレー原則を超えた(シャビやアンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシなどの)意思決定、判断について考えなければならない。そこでここでは、プレー原則も選手たちの判断も含め、ペップ・バルサのプレーはどのようなルールを設定すれば再現できるのかを考えることで、あらためてこのチームから学べることを抽出してみよう。

ペップ・バルサに不可欠だったイニエスタ、メッシ、シャビ

ホーム・フォーメーションと各局面のベース・フォーメーション

 プレー原則や動的な配置構造について話をする前に、まずはその前提となる全体の配置を整理しよう。局面の分け方は以下のようになるが、この記事ではその中でも特徴的であったプレス回避/ビルドアップ/崩し/カウンタープレスについて注目して分析していこう。

本原稿内で採用されている局面分割

 まずは、全体の配置を統合したホーム・フォーメーションだが、これはバルサである以上言うまでもなく[4-3-3](分類的には[4-1-4-1]と同じ)である。いかに試合ごとの微調整があろうとも、やはりピボーテ(=アンカー)とインテリオール(=インサイドハーフ)で構成される中盤の逆三角形が最も重要な役割を担うことになる。この中盤の3枚は、その役割も含めてバルセロナというチームのアイデンティティとも言えるので、この記事ではリスペクトを込めて、特にこれらのポジションに関してはアンカーではなくピボーテ、インサイドハーフではなくインテリオールと表現する。

 さて、この[4-3-3]([4-1-4-1])を基準として各局面の配置を確認していこう。プレス回避については数的優位を生かすためGKが必ず関与するので、GKを加えた形で表記する。プレス回避は、現在では一般的となった[1-2-3-2-3]の配置が基調となる。配置的な特徴としては、CBがGKとほとんど同じ位置まで下がって横に広がること(ピボーテも含めてひし形のような形を作る)、SBとウイングが目一杯サイドに広がり中央にスペースを創出すること、インテリオールはライン間を取りながら場合によっては列を下ろしてピボーテのサポートを行うことなどが挙げられる。基本的には「後方の絶対的数的優位を生かすこと」と、「幅と深みを取ることによってスペースを確保すること」という戦術意図がよく現れた配置になっている。

「プレス回避」のベース・フォーメーション

 次に、ビルドアップは(2008-09のクラシコで初めて採用された)メッシのゼロトップ時の場合には[2-1-4-1-2]のような配置を取る。とはいえ、やや左右非対称である上にポジションの入れ替わりや配置変換による流動性も高いため、あまり静的な配置を論じる意味はないだろう。動的な構造および判断の傾向については後で詳しく論じるが、基本的な傾向としてはシャビとイニエスタではシャビの方が列を降りる頻度が高く、その場合ライン間に落ちているゼロトップのメッシが右のハーフスペースに陣取る傾向がある。また、セルヒオ・ブスケッツがポジションを移動した際にはシャビがピボーテのポジションに入ることも多かった。メッシが空けたスペースには左右いずれかのウイングが実質的な9番として侵入することを想定しており、2008-09シーズンではサミュエル・エトーが、2010-11シーズンではダビド・ビージャがその役割を担い、どちらも重要なピースとして機能した。

「ビルドアップ」のベース・フォーメーション

 崩しになると配置の流動性はさらに増すので、もはや静的な配置を論じる意味はほとんどない。だが、重要なのは誰がどこにいるとしてもほとんどの場面で[2-3-5]、[2-4-4]、[3-3-4]といったバランスの取れた配置を崩していないことで、これによりボールを失った際にも守備の人数がそろっている状態を保っていた。カウンタープレスも含めて、これらの局面は特に静的な配置、すなわち“ハード面”の寄与が小さく、プレー原則や動的配置構造などの“ソフト面”がより支配的である。これらについてはこの後詳しく触れることとする。

「崩し」の動的な配置構造の例

安定した前進と破壊的な崩しを生み出すプレー原則とは?

 全体としての配置がある程度整理できたところで、ペップ・バルサの根幹であったプレーの傾向・選択について見ていこう。……

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ジョセップ・グアルディオラバルセロナポジショナルプレー

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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