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【インタビュー】ヨハン・クライフ:在りし日の金言

2020.10.12

2016年にこの世を去ったヨハン・クライフ。選手として、監督として現代サッカーへと連なる戦術的革新を体現したサッカー界の巨匠が、生前の2011年末に応じたインタビューを特別公開。本人の口から語られる“クライフ・イズム”に触れてほしい。

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アーカイブを探していたら、ヨハン・クライフへの未公開のインタビューが見つかった。これは2011年春に出版した『王者の道』のための資料として、バルセロナの下部組織の練習と育成のメソッドおよび監督としてのクライフの役割にフォーカスして話を聞いたもの。インタビューが行われたのは、3人のバルセロナの選手(メッシ、シャビ、イニエスタ)がバロンドールの表彰台を独占する数週間前、ラ・マシア出身の選手の質と量が最も充実していた時代である。あれは2011年の12月、偶然にもヨハンは14日を指定してきた。

クライフイズムができるまで

とても簡単なコンセプトだ。君がボールを支配すれば君の動きは向上する。第2にボールを持っていない相手は攻撃できない

――あなたがバルサにやって来た時には、具体的にどんなプレーアイディアを持っていたのでしょう? どんな2、3の基本的なコンセプトを操って、大きなアイディアを作ろうとしたのですか?……

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バルセロナヨハン・クライフ

Profile

マルティ ペラルナウ

1955年バルセロナ生まれ。走り高跳びでスペイン王者となりすべての年代の記録を塗り替え、1980年モスクワ五輪出場を果たした。いくつかの新聞のスポーツ部門や『スペイン国営放送カタルーニャ』ではサッカー番組『エスタディオ2』を率いた。20年以上前からマネージメントの世界にも飛び込み、1992年バルセロナ五輪のメディア本部長を務めた後、マドリッドで音響映像会社数社のGMに就任。バルセロナの下部組織ラ・マシアへ向けた『王者への道』を出版した他、『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう』は世界14言語に翻訳された。 その後、弊社刊『グアルディオラ総論』も執筆。現在はスペインメディア『TACTICAL ROOM』の編集長を務める。