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隠れたエコロジカル実践者、アレグリ・ユベントスに内在する“文化的危機”

2022.06.13

21-22シーズンのCLを制したレアル・マドリーは「個のクオリティ」の高い選手たちをそろえ、彼らが長年ともにプレーする中で培われたコンビネーションを武器にするボトムアップ型のチームと言えるだろう。再現性にはやや欠けるものの、どんな展開にも対応できるレジリエンスが強みの1つだ。実は過去に同じようなコンセプトで大きな成功を収めたチームがある。アレグリのユベントスだ。ところが、2年ぶりに指揮官がクラブに復帰した今季は大きな壁にぶつかってしまった。その理由を考察した『フットボリスタ第89号』に掲載されたコラムを、シーズン終了のタイミングで大幅に加筆修正して特別公開!

 まだ前回ユベントスを解任される前だからもう3、4年前の話になるが、マッシミリアーノ・アレグリに近いある人物と彼の戦術やトレーニングメソッドについて話をしたことがある。興味深いことに、そこで語られた内容を今振り返ってみると、最近大きな注目を集めている「エコロジカル・アプローチ」にきわめて近いものであることがわかる。

重要なコンセプトは「ラジョナメント」

 筆者は『footballista』本誌でこのところ3号続けて、イタリアで最も先鋭的なエコロジカル・アプローチ実践者の1人であるペルージャU-19監督アレッサンドロ・フォルミサーノにインタビューしてきた。3月号の特集「トレーニング×学問化」に前後編で掲載された長い対話の中で彼が語ってくれたサッカー観、それに基づく具体的なトレーニングメソッドは、イタリアサッカー界においては「異端」と言うべき位置にある。

 「戦術」というのは、チームに創発的な自己組織化による状況への最適な反応を促すための「環境」であり、監督が自らの考えるサッカーを遂行させるための「マニュアル」ではない、というフォルミサーノの考え方は、要素還元主義的な発想が染みついた耳には「不自然」にすら聞こえる。しかし、それを受け入れることによって見えてくる世界は、非常に豊かで新たな発見に満ちたものだ。そしてそれはかなりの部分、アレグリのメソッドと共通しているように見えるのだ。

 特定のゲームモデルは設定しない、あらかじめ決められた戦術メカニズムを設定せず、基本的な枠組みを決めたらそこから先は選手間の意思疎通と連係による解決に委ねて、監督は異なる人選や配置を試しながらチーム全体がバランス良く機能するよう調整していく、システムもメンバーもチームの振る舞いも試合ごとに、そして試合の中で柔軟に変えていく、トップレベルの選手が揃ったユベントスのようなチームでは、監督の存在感は薄ければ薄いほどいい――というのがその骨子である。「環境」「自己組織化」「創発性」といった独特のタームは使われていないが、中身はかなり「エコロジカル」だ。

 当時の取材メモの中からいくつかのコメントを拾ってみよう。

 「アレグリはグアルディオラと比べると、ずっと多くを選手の解釈と判断に委ねている」

 「彼はシステムを固定することを好まない。起用する選手、攻守の局面や状況に応じて柔軟に変えるし、それができるようにトレーニングしている」

 「システムに選手を合わせるのではなく、選手にシステムを合わせる」 

 「ボールはそれが必要な時に保持すればいい。ボール非保持の局面をネガティブなものだと考える必要もない」

 「いつも同じ選手をピッチに送って相互の連係を高め、スペクタクルなサッカーを見せ大勝することに興味は持っていない。すべての戦力を使いながら安定した結果を出し続けることを重視している。だから試合ごとにメンバーを数人入れ替える」

 「選手たちに伝えるべき最も重要なコンセプトは『ラジョナメント/ragionamento』(理に適った判断)。同じボール保持にしても、どのようにそれを行うかは様々な要因に左右される。相手、得点状況、試合展開……。それらの状況を的確に読み取り解釈してプレーすることが重要だ」

 「トレーニングでは試合がもたらす様々な心理的、感情的状況を再現し経験させることを重視している」

 そのアレグリが2シーズンぶりに復帰した今シーズンのユベントスは、前半戦を通して一度もCL圏内(4位以内)に進出できないままウィンターブレイクを迎え、1月の移籍マーケットでは7500万ユーロという大金を投じてブラホビッチを獲得するなど予定外のテコ入れまで行ったものの、何とか4位確保がやっとという、誰の期待をも裏切る不本意な結果に終わった。

 この不振の理由はどこにあったのかを考える上で、チーム構築やトレーニングに関する彼の考え方とアプローチは、重要な鍵となるように思われる。

「序盤の低迷→V字回復」が訪れない理由

 今シーズンも含めて、率いるチームがうまく機能していない時のアレグリに対しては、システムやメンバーが固まらない、戦術的な決まり事が明確ではない、といった批判が集まることが多い。

 こうした批判の背景にあるのは、システムやメンバーは固定されるべき(ベストメンバーを見出すべき)、戦術的な決まりごとが明確に定められチームに浸透しているべき、という考え方だ。しかし、もしアレグリ自身がそうした考え方に立ってチームを構築しようとしていないとしたら、こうした批判はあまり意味を持たなくなってくる。

 むしろ立てるべき問いは、それではなぜアレグリは、1シーズンをまるまる費やしてなお、チーム全体が同じ1つの「ラジョナメント」(=目の前で起こっている状況に対する解釈と判断)に基づいてバランス良く機能するような状態に導くことができなかったのか、というものではないか。……

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マッシミリアーノ・アレグリユベントス戦術文化

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。