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レオナルド・ジャルディンのモナコを躍進させた新理論、 エコロジカル・アプローチを解き明かす

2022.03.02

サッカーの学習理論として近年広がりを見せるエコロジカル・アプローチ(生態学的トレーニング)。その理論を取り入れ2016-17シーズンにモナコを率いて躍進を見せたのが、レオナルド・ジャルディンだ。発売中の『フットボリスタ第89号』のトレーニング特集でも取り上げたこの謎に包まれた新アプローチについて今回は名門ポルト大学で指導理論を学んだ経験を持つ植田文也氏に聞いた。

※『フットボリスタ第88号』より掲載

エコロジカル・アプローチとは何なのか?

── まずはエコロジカル・アプローチの成り立ちについてお聞きしたいと思います。

 「エコロジカル・アプローチというのはサッカーやバスケといった特定の競技に特化したトレーニングメソッドではなく、その背景理論にあたる運動学習理論になります。伝統的な線形的運動学習理論に反する形で立ち上がった非線形的運動学習理論であり、競技力向上からリハビリテーションまで様々な分野で使われています。戦術的ピリオダイゼーションや構造化トレーニングのようなサッカーに特化したメソッドも多分に影響を受けているものです。提唱者であるキース・デイビッズを中心に、ヨーロッパと北米でここ25年くらいの間に発展してきた新しい運動学習理論ですね。ジェームズ・ギブソンの生態心理学に直接影響を受けて生まれ、『知覚するために運動し、運動するために知覚する』というギブソンの理論がエコロジカル・アプローチの『スキルはアスリートそれ自体に存在するのではなく、アスリートと環境の中に存在し、試合環境に類似したトレーニング環境を作らない限り練習から本番への転移は生じにくい』という考え方に繋がっています」

── エコロジカル・アプローチを利用する目的や期待できる効果というのは、どのようなものなのでしょうか?

 「昔から支配的だった伝統的な運動学習観では、人間の運動学習モデルは10学習したら10伸びるようなトレーニング時間と比例関係にあるものと捉えられていました。しかし1980年代あたりで人間の運動学習というのはそんな線形的なものじゃない、という新しい主張が出てくるようになったんです。人間の学習曲線を描くとある時期に急に伸びたり停滞したり落ち込んだりと、必ずしも右肩上がりに成長するものではないですよね。従来の学習モデルではこういった非線形性を説明できないんです。

 じゃあそれをどうやって説明するかというと、人間の運動学習はある種の制約に対する適応、つまりは相転移現象であると考える学説が登場しました。例えば水を温めたら水蒸気になるように、一気に性質・位相・様相が変わる境界線がある。運動学習はこのようなドラスティックな相転移現象で、何らかのコントロール可能なパラメーター(例えばスキップ動作であればテンポなど)をいじると突如としてある運動ができるようになったり、またできなくなったりする。そういう生き物の現象として捉え出したのが、非線形運動学習理論です。要するに人間の運動学習というのはある種の『制約』に対する適応であって、その制約をうまく探してトレーニング環境に入れてあげると良いという理論ですね。それをもとに作られた具体的なメソッドが、制約主導型アプローチとなります」

── RPGでたとえるなら敵を倒して経験値を貯めるレベルアップ方法ではなくて、何らかのキーとなる条件を満たすと新しいスキルを習得するみたいなイメージですね。エコロジカル・アプローチ以外の非線形運動学習理論としてはディファレンシャル・ラーニングというものもありますが、違いはあるのでしょうか?

 「極端な言い方をすると、運動学習のための制約操作でより競技特異性から離れたやり方をするのがディファレンシャル・ラーニングです。学習理論としてはエコロジカル・アプローチと同じような考え方です。片やギブソンの生態心理学を借りており、片や確率共鳴や最適化アルゴリズムを借りている(共通して借りているのは動的システム理論)。援用している親学問が若干違いますけれども、結論は極めて似ている理論です。どちらも理論は難解ですが、結論としては制約操作に落ち着きます。その制約において競技に関係ないような制約操作まで含まれるのがディファレンシャル・ラーニングになります。

 サッカーのトレーニングにおける制約操作の代表例では、3~4号球を使ってボールコントロールができるように練習して、その後5号球でトレーニングすると簡単に感じるというものがあります。これがエコロジカル・アプローチの制約操作だとしたら、ディファレンシャル・ラーニングはテニスボールやゴルフボールを使い、さらに腕組みをするなどコーディネーションに制限をかけるような身体的制約操作をします。一見、我われの慣れ親しんだトレーニング観とは異なりますが、実験ベースでは従来のコーチが教え込むような指導をしのぐ学習パフォーマンスを見せています」

──「サッカーはサッカーでしかうまくならない」という有名な言葉がありますが、競技の枠組みの中で学習させるかどうかは大きな論点ですよね。フラン・ボッシュの『コンテクスチュアルトレーニング』も競技特性にこだわりますよね。

 「ボッシュの考え方も非線形学習理論に多分に影響を受けていますが、最も競技特異性にこだわるのがボッシュでトレーニングの感覚運動特性が似ていないと競技場面へ転移しないという考えが強い。エコロジカル・アプローチがその中間、ディファレンシャル・ラーニングはむしろ競技特異性から外れたトレーニングをしないと既存の得意な運動が邪魔をして新しいスキルが身につかないと考え、かなりクレイジーな制約操作をします」

── その中でエコロジカル・アプローチを具体的なメソッドにしたものが制約主導型アプローチということでしょうか?

 「はい。制約主導型アプローチは、競技問わず用いられている指導メソッドです。もともとはアメリカの運動学者であるニューウェルが提唱していたもので、それがキース・デイビッズのエコロジカル・アプローチと途中でリンクしていった関係だと理解しています。制約主導型アプローチを理論的に補強する意味で、言語的で教えるコーチングよりも環境的で探索させるコーチングの方が影響力があるというエコロジカル・アプローチの説明が機能するということで、理論とメソッドという関係になったわけです。

 制約主導型アプローチでは、適切な制約操作が非常に重要視されています。トレーニングで制約を操作すると、プレーヤーはそれに適応する必要があり、それが『学習する』ということになります。トレーニングを経て学習して、パスやポジショニングなどある種の運動パターンが固まってきたらまた制約を操作して、再び新たな状況を経験させる。最終的に目指すのはいかなる状況でも目的に向かって解決策を出せる技術やサッカーIQを育むことですね。

 1つの制約だけで学習させると、サッカーなら5対5だけをずっとやっていたら、オーバーフィッティングといって5対5だけの技術・戦術がうまくなってしまいます。そうではなくて、いろいろな人数で数的有利も不利も含めた制約操作を繰り返して学習させれば、ゲーム全体がわかるようになる、という考え方です。要するに抽象度が一段高い学習をさせて、適応力を育むということですね。キース・デイビッズは普通の運動学習を『Learn to Move(運動を学習する)』、一段抽象度の高い運動学習、すなわち制約主導アプローチ的な学習を『Learn to Learn to Move(運動を学習することを学習する)』と表現しています」

── エコロジカル・アプローチの話で合わせて出てくることの多い「アフォーダンス」という概念についても、説明していただけますか?

 「アフォーダンスの定義は、環境から与えられる『行為の可能性』というものです。例えば、マクドナルドで食事をする時あまり長居はしませんよね。なぜかというと、彼ら企業は店内の椅子の硬さ、空調や冷暖房、照明の度合いなどのコントロールパラメーターをうまく操作することで客の回転率を上げているわけです。逆に、スターバックスコーヒーなんかは単価が高い代わりに長く居られる雰囲気を作っています。ソファは座り心地が良く、店内の雰囲気やBGMも落ち着く感じに設定してある。それが彼らのビジネスモデル、サッカーで言うゲームモデルなんです。

 また、エコロジカル・アプローチにおいて運動するということは、自由度を縮減すると考えるんですよ。人間は本来どのようにでも動けるはずなのに、なぜか一定の運動に落ち着く。環境をはじめとした様々な制約が選択肢を絞ってくれているから、一定の運動を選択できると考えられたわけです。そういう意味でアフォーダンスというのは環境から与えられる行為の可能性であり、我われ人間の自由度を制限してくれる制約と言えます。だから練習でも実際の試合の中のアフォーダンスと似ていないと競技場面で行われる運動への転移が生じませんよ、という話です。それが適切な制約操作を施したトレーニングということです。言語的なコーチングを軽視するわけではありませんが、アフォーダンスが人間の運動学習を引き出す力にも着目しようと考えるのがエコロジカル・アプローチです」

── 例えば指導者が選手に「試合中にミドルエリアでハーフスペースを空けるな」と口で言うよりも、トレーニング中にハーフスペースにミニゴールを置いた方が自然と選手もそこにポジションを取るようになる、みたいなことですね。

 「そういうことです。ハーフスペースを空けるなと言われたら、確かにその試合では選手は指示を守るでしょう。しかし来週の試合でも来月の試合でもその能力が保持されるかというと、やっぱりできない場合が多いじゃないですか。一方で、ハーフスペースにミニゴールがあって自分がそこに立たないと失点する――そう選手が判断して“結果的に”ハーフスペースを潰す動きをすれば、試合本番で同じアフォーダンスを知覚した場合に転移する可能性があります。ですから、『ただ命令に従事する』のか『ソリューションとして自分で導き出すのか』によって、スキルや運動パターンの本番への転移可能性が全然違ってくるということです。これがエコロジカル・アプローチにおける、規定的組織化(言葉によるコーチング)と自己組織化(環境によるコーチング)の違いです」

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エコロジカル・アプローチモナコレオナルド・ジャルディン制約主導型トレーニング戦術的ピリオダイゼーション

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。