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【月間表彰】「強化の仕事は農業に似ている」――水戸ホーリーホック西村卓朗GMが語る、クラブ価値の高め方

2021.10.20

DAZNとパートナーメディアによって立ち上げられた「DAZN Jリーグ推進委員会」の活動の一環としてスタートした「月間表彰」。2021明治安田生命Jリーグで活躍した選手、チームなどを各メディアが毎月選出。フットボリスタでは「月間MIC」(Most Interesting Club)と題し、ピッチ内外で興味深い取り組みを行ったクラブを紹介する。

9月度は新規事業「GRASS ROOTS FARM」を立ち上げた水戸ホーリーホックを選出。農業従事者の高齢化や、耕作放棄地の増加などの課題解消及び、将来的には収益化も目的としている本事業の背景について、同クラブGMの西村卓朗氏に話を聞いた。

農業がもたらす、数字では測れない意義

――2021年9月度の『月間MIC』に水戸ホーリーホックの『GRASS ROOTS FARM』を選出させていただきました。まずは新規事業として農業を始められた経緯を教えてもらえますか?

 「MICの選出ありがとうございます。経緯としては(ホームタウンである)茨城が農業県であることが大きくて、クラブが理念として掲げる『地域に根ざし、地域と歩み、地域に貢献し、地域と共に発展する』を体現する上で(農業が)意義のある取り組みになるのではないかと、以前から考えていました」

『GRASS ROOT FARM』のロゴ

――『GRASS ROOTS FARM』の活動を紹介するnote を拝読すると、農業に関しては検討と断念を繰り返してきた過去があったようですね。

 「断念してきた理由を一言で言えば、『リソース不足』や『組織風土』ということになると思います。私自身も強化部長(2016年~2018年)時代は事業面に関与していませんでした。ただ、2019年のGM就任後からクラブ全体について考えるようになり、2020年には新規事業担当として(『GRASS ROOTS FARM』も担当する)佐野(元則)が入社してきて、クラブ内で新しいことに挑戦していく気運が高まったことが今回の立上げにつながりました」

――本事業の開始を発表する記者会見やクラブ公式HPなどの情報からは、クラブが農業に参入する理由としては大きく『地域課題の解決』と『クラブの収益増化』であると理解しています。

 「まず前者に関しては、農家の方々が『人手不足』『卸先の減少』『ブランディング』を課題として抱えている中で、その解決をクラブとしてお手伝いできるということがあります。具体的にはクラブスタッフをはじめ、アカデミーのスタッフや選手が農作業を手伝ったり、スタジアムでファン・サポーターに直売やPRしたり、ホーリーホックを通じてリーチできる市場があるということですね」

――“Jリーグ×農業”に関しては先行事例がいくつかありますが、参考にした他クラブの取り組みはありますか?

 「正直に言って、あまり参考にしていないです(笑)。もちろん、一定のリサーチはしました。ただ、サッカーの強化と同じで、他の地域で成功した方法論が水戸でも上手くいくとは限らない。リサーチし過ぎて動けなくなることってあるじゃないですか。だから、まずはトライしてみることを重視しました。特に農業の世界で相手にするのは自然。予想できないことも多いので、遊びや柔軟性を持つことが大事かなと考えています」

――気候や土壌、育てる農作物も地域によって違いますからね。そういった点から一つ伺いたいのが、『GRASS ROOTS FARM』が最初に育てる品目としてなぜ“ニンニク”を選んだのでしょうか? 環境面で条件の近い茨城県で実績のある、ピーマンやレンコン、メロン(すべて産出額全国1位)という選択肢もあったと思うのですが。

 「畑の状態を知ることを今年の活動目的としています。比較的難易度が高いと言われるニンニクが無事育てば、他の農作物でも上手くいく(土壌である)と確認することができるという考え方です。今後育てる農作物に関しては、近隣の農家さんとの兼ね合いや、利益率、サッカークラブらしく栄養面なども考えながらアイデアを出し合っているところです」

――つまり、もう1つの農業参入理由である『収益増加』に関しては、ニンニクでは考えていないということでしょうか?

 「現時点では詳細な事業計画は作っておらず、収益化を本格的に図っていくのは数年後を想定しています。収益増加は目的の1つではありますが、それがすべてではないとも考えていて、アカデミーの選手たちへの食事として活用するとか、地域の方とのコミュニケーションが増えるとか、数字では測れない意義についても評価したいと思っています」

「GRASS ROOTS FARM」記者会見は城里町上古内にある国登録有形文化財「島家住宅」で行われた

――今の話を聞いて、栃木SC・橋本大輔社長が『クラブの人間が地域の魅力を理解することで、地域からもクラブを応援してもらえるようになる』 といった趣旨の話をされていたことを思い出しました。

 「とても共感します。『ファン、サポーター、スポンサーのために頑張ります』って、選手なら一度は言ったことがある台詞だと思うのですが、その人たちの顔を具体的に思い浮かべることはできるのか。その人たちの仕事や価値観を理解できているのか。クラブに関わる人たちの想いを知り、使命感を背負ってプレーすることで戦える選手になれる。組織の規模が大きくなると、いろんな“間”が生まれます。選手とサポーター、選手とフロント……農業は多様な交流を生み、そういう間を埋めてくれる機会にもなります」

――西村さんも実際に農作業をされた中で、発見したこと、感じたことはありますか?

 「先日、ニンニクの種むき作業を黙々と続けていた時に思ったのですが、『こういう時間は日常の中でなかった』と。さきほどの収益化の話にも通じますが、すべての行動が目的化するような生活において、(種をむくという)単純作業の時間が心地よかったんです。通常の業務とは違うシチュエーションなので、(社員間の)会話もいつもと違う話題になって、相手のことをより知る機会にもなりました。脳科学の見地からも(単純作業は)意味があるという話も聞いたことがあるので、ストレスフルな仕事であるサッカー選手にとっても効果があると思っています」

ニンニクの種むき作業の様子

――『GRASS ROOTS FARM』は農業をきっかけに、クラブの活動範囲を広げていくアプローチの1つであるということでしょうか?

 「そうですね。我われは『サッカーに勝った、負けた』だけの組織ではないと思っています。事実、サッカー以外の多様なコミュニティとも関わりがあります。『GRASS ROOTS FARM』を多くのメディアで紹介してもらえたことで、『一緒に手伝わせてほしい』といった問い合わせもありますし、すでに活動の広がりは生まれつつあります。

 あと、日本の農家は8割以上が兼業なんですよ。うちのクラブにも副業人材が6名いますが、フロントスタッフやアカデミースタッフ、選手も含めて、多様な働き方を考えるきっかけにもできればとも、個人的には考えています」

クラブ価値の高め方

――ここからは少しマクロな視点で話を聞かせてください。一般的にサッカークラブのGMは『編成』(人事)をメインに、チームを強化する仕事というイメージが強いと思うのですが、西村さんは『農業』など、事業面にも関わるGMとして活動されています。西村さんはご自身の仕事をどのように捉えていますか?

 「私も強化部長出身のGMなので、強化色が強いと思っています。ただ、働き方のスタイルは常識や既存の考え方にとらわれず、新しいことに挑戦し続けたいです。クラブ、選手の価値の高め方は多様な方法があると思っているので。

 事業面にも関わっているのは、約30年のJリーグの歴史で、サッカーがまだまだサッカーファンだけのもので、そのパイを広げる必要性を感じているからです。農業もその一環ですが、新規事業に力を入れていて、サッカーと親和性のある新しいコンテンツとの掛け合わせを常に探していますね」

――強化における“新しい取組み”の1つが、『Make Value Project』(様々な業種の方を講師として招き、仕事に対する考え方を知ることで、選手たちにプロサッカー選手としての存在意義や価値を考えてもらう取組み)です。キャリアコーチとの個別面談を年間の中で数回行い、自分のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を考えられています。こうしたプロジェクトを通じて、選手たちは自身が目指す未来像を策定しているそうですが、西村さんのそれも教えてもらえませんか?

 「理念っぽい言葉になるのですが……『スポーツ産業に関わる人の社会的な地位が向上して、生涯を通じて心身ともに豊かな生活を送る』ことが1つ目です。かなりの大義ですが身近なところから考えていて、サッカー界、最小単位では、まずは水戸ホーリーホックを良くしたい思いがあります。働きがいがあって、心身の健康があって、経済的な充実もあって……まあ、すべてですよね。選手も、テクニカルスタッフも、フロントスタッフも、アカデミースタッフも『水戸ホーリーホックで働きたい』という状態を作って、その先にスポーツ産業全体に広げていくイメージです」

――『1つ目』ということは、他にも目指す未来像があるのでしょうか?

 「全部で5つあります。2つ目は『スポーツで培った要素を競技後にも発揮し、社会の課題を解決する』……社会という言葉を使いましたが、いきなり大きなことはできないので、選手やアカデミーの子たちに教育の場を提供するなど、近いところから始めているというフェーズです」

――『GRASS ROOTS FARM』や『Make Value Project』のベースとなっている考え方ですね。

 「私の中では現役時代を通して『教育』と『健康』がキーワードとしてあります。特に『健康』は現役時代から突き詰めて考えていて、心身両面において健全な状態を保てるような風土作りを今の立場においても心がけています。

 そして、3つ目は『世界で活躍する日本人選手を輩出する』。これは強化に特化した部分。4つ目は『志を共有できる仲間とともに次世代の若者・子どもたちへの支援をする』。今、行っている選手教育にも繋がりますが、同じ想いを共にできる仲間をクラブに集めて、若い人や子供たちの環境改善をクラブとして行っていきたいなと考えています。最後は個人的な話になりますが『家族とともに幸せな非日常を過ごす』です。 以前は「日常を過ごす」としていましたが、昨年コロナがあって、当たり前はないと実感し、言葉を変更しました」

――どれも興味深い話ですが……3つ目の『世界で活躍する日本人選手を輩出する』について、もう少し聞かせてください。この夏、水戸ホーリーホックから3選手(平野佑一選手、柳澤亘選手、住吉ジェラニレショーン選手)がJ1クラブへ移籍しました。この移籍をステップアップと捉えれば、西村さんの目指す未来に一歩近づいた訳ですが、一方でチームの戦力的には痛手であることは間違いありません。複雑な心境があるのでないかと想像しています。

 「長く在籍して欲しいと思いますが、選手の移籍金で新しい事業を作れますし、新しい選手を獲得することもできます。良い選手を輩出できるのは、良い選手を育てることができる土壌があるということなので、リクルーティング的には良い影響もあるんです。強化の仕事は農業に似ていますよね。良い素材を、良い土壌で育て、大きな芽が出る。感情的には複雑ですが、このサイクルが回ることでクラブの規模は大きくなりますし、一定のタイミングでは選手を引き止めながらバランスを取っていければと思っています」

現在は浦和レッズでプレーする平野佑一

――選手個人のキャリア、チームの強化、クラブの収益……水戸ホーリーホックのGM職は多方面にバランスを取った判断が求められますね。

 「大切なのはホーリーホックに在籍した選手に『あのクラブに成長させてもらった』『あのクラブに恩返ししたい』と思ってもらえるような、深く、丁寧な関わりをまずはすること。そういう人を増やすことがクラブの価値に繋がります。多分、私たちの業界だけではなく、(組織の)人の入れ替わりを最小限に留めるというのは今の時代にも合っていないとも思っています。(予算規模の大きい)J1クラブでも若い年齢で選手が海外に移籍していますし、良い意味で選手が循環するということを前提として、その環境下で、どのようにチームを強化できるのかという考え方に頭を切り替える必要性を感じています」

プロサッカー選手の仕事は2つ

――2019年に西村さんがGMに就任し、2020年には小島耕さんが社長に就任。西村さんはnoteの情報発信が定期的に話題 になっていますし、小島さんはエルゴラッソの立上げメンバーというキャリアもあって、メディア戦略に長けていらっしゃいます。情報発信に積極的に取り組まれているお二人の存在によって、水戸ホーリーホックがどのような考えをもつクラブなのか、浸透しつつあるように感じています。

 「情報発信も世の中の流れ的に当然なことになりつつありますよね。私が現役の時代はクラブの事業面の情報なんてほぼなかったですよ。けど、今は大学から『Zoomで講義して欲しい』なんて話もある時代になって。情報を発信することは、クラブを理解してもらうこと、信用してもらうことにもつながりますし、おっしゃる通り、クラブの考え方が浸透することで、選手やスタッフのリクルーティング的にもミスマッチのリスクが減ります。情報発信に関してはこれからも積極的に行った方がいいかなと思っています」

――小島さんをクラブに誘ったのは西村さんだとお聞きしましたが 、背景にはそうした情報発信を推進したいという思いもあったのでしょうか?

 「この世界、メディアは切っても切り離せない重要なステークホルダーで、その業界の事業に詳しいのはもちろんですが、(小島氏を誘ったのは)年齢的に若いこと、茨城出身で地元への忠誠心があることが素晴らしいなと思って。ただ、私が(小島氏を)社長に抜擢した訳ではないですよ。そこはクラブ役員の方々が決めたことなので」

――情報発信は選手たちも行っていて、森勇人選手が9月21日に公開した『ピッチ外の発信』の重要性について書いたnoteの記事 は、ホーリーホックらしさを感じる素晴らしい内容でした。同時に、西村さんが現役時代に雑誌『サッカー批評』で連載していた「哲学的思考のフットボーラー 西村卓朗を巡る物語」(2007年~2011年)にも通じる思想も感じました。

 「こういう情報発信を行う選手が出てくるのは素直に嬉しいですし、サッカー界にとっても良いことだと信じています。サッカー批評の連載は、定期的にインタビューを受ける形で自分の考えを発信するものでした。アウトプットすることでフィードバックを得られるという経験は、『自分がどう見られているのか』『自分が本当にしたいことは何なのか』など、自分を見つめる重要な機会になっていました。もちろん、厳しい意見もあったのですが、それも含めて『自分は何者なのか』を考える機会が増えたのは良かったと思っています」

noteでの情報発信が話題になった森勇人

――GMとしては、秋から冬にかけて忙しくなる時期だと思います。ホーリーホックでは今回お話しいただいたような『ピッチ外の貢献』も選手の評価対象になるのでしょうか?

 「うちのクラブでは(ピッチ外の貢献に対して)一定の評価をしています。強化部長の時代から選手には言い続けていることですが、『プロサッカー選手の仕事は2つあります』と。1つはオン・ザ・ピッチでの追求。サッカーをプレーすることが本業なので。もう1つは『オフ・ザ・ピッチの発信』。イベントの参加、メンバー外でスタジアムにいるときの振る舞いも大切な仕事。もっと主体的なものであれば、noteの情報発信も含みます。評価の割合は違いますが、両方から選手を評価しています」

――GMは時に一緒に戦ってきた仲間(選手)に契約満了を伝える必要がある仕事です。精神的にもハードなので、農作業の時間が少しでも西村さんのストレス軽減に繋がればいいのですが……。

 「今シーズンの始めに、選手たちには『私は11月から1月の仕事が好きじゃない』と伝えました。クラブのために厳しい判断をしなくてはいけない。人に値段を付けることは、そんな良い仕事とは思わないと、正直に話しています。評価の仕事は見せられる範囲で選手たちには開示しようと思いますが、分かってくれとまでは思いません。ただ、それでもやります。クラブのために、応援してくれる人のために、やらなければいけない。気が進まない業務も時としてもちろんありますが、逆にシーズンが始まると、一番近くで選手を支援、サポートができます。これは非常にやりがいのある仕事です。またその先に勝利の喜びや多くの方々の歓喜や熱狂があると考えれば、やはり素晴らしい仕事だとも思っているので」

――西村さんの素直な情報発信はホーリーホックの魅力の1つだと今回の取材であらためて感じました。本日はありがとうございました。シーズン後半~来シーズン開幕までお忙しい日々と思いますが、体調には是非お気を付けください。

 「ありがとうございました。ホーリーホックは選手、サポーター、フロントスタッフ、スポンサー……関係者の距離が近いことが魅力だと思っています。お互いに関わりがあって、親近感を感じる関係性がこのクラブには合っていると思いますし、今後もそういうクラブであり続けたいと思っていますので、そういう部分にも注目してもらえれば嬉しいです」

TAKURO NISHIMURA
西村卓朗

1977年8月15日生まれ、東京都出身。浦和や大宮などで11年間プロサッカー選手として活動。引退後は、指導者を経て2016年より水戸ホーリーホックの強化部長となり、2019年9月から現職につき、様々な事業を手掛けている。

Photos: Mito HollyHock, Getty Image

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。

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