SPECIAL

【月間表彰】ロティーナ監督、“現役復帰”の裏側。清水エスパルスの広報戦略

2021.05.20

DAZNとパートナーメディアによって立ち上げられた「DAZN Jリーグ推進委員会」の活動の一環としてスタートした「月間表彰」。2021明治安田生命Jリーグで活躍した選手、チームなどを各メディアが毎月選出。フットボリスタでは「月間MIC」(Most Interesting Club)と題し、ピッチ内外で興味深い取り組みを行ったクラブを紹介する。

4月度はエイプリルフール企画として発表した「ロティーナ監督 現役復帰のお知らせ」が大きな反響を呼んだ清水エスパルスを選出。同発表翌日には関連グッズの発売を決定するなど、そのスピード感とマネタイズ術は各クラブが取り組んだエイプリルフール施策の中でも際立っていた。本企画はどのような経緯で実施されたのか。清水エスパルス広報部部長・森谷理氏に話を聞いた。

ロティーナ監督、背番号11へのこだわり

――「Jリーグ推進委員会 月間MIC」の受賞おめでとうございます。

 「ありがとうございます。オフ・ザ・ピッチの取り組みに注目される機会は少ないので、月間MIC選出は励みになります」

――昨年の「山室晋也社長の退任および用具担当への就任」発表に続き、清水エスパルスのエイプリルフール企画が話題になるのは2年連続となります。

 「(昨年の企画は)社長の山室から『もっと面白いことをやっていこう』と、よく言われていて。4月1日は良いタイミングだったので、トライアル的に実施してみたというのが経緯です。当初は違う企画も検討していたのですが、コロナで社会情勢的に賛同を得ることができず、山室のネタ1本に絞りました。ただ、結果的にはそれが話題を呼ぶことになりました」

――お話された通り、エイプリルフール企画は炎上リスクもある施策です。

 「正直、直前で私も少し躊躇したのですが、山室は『逆にコロナで社会が暗い状況だからこそ、少しでも笑ってもらえるのであればやろう』と。当然、批判的な意見もありましたよ。『用具係を下に見ているんじゃないか』とか。ただ、それは逆で。用具係はチームを支える不可欠な存在であり、リスペクトしているからこそ社長が現場からサッカーを勉強しますという意味で企画しました」

――実際に山室社長はボールを運んだり、スパイクを磨いたり、用具係の仕事を経験されています。清水エスパルスのエイプリルフール企画はやり切る姿勢が素晴らしいですね。

 「山室も(『もっと面白いことをやっていこう』と)言った手前もあるかもしれません(笑)。やると決めたら徹底的にやると決めていました。リリースだけではなく、実際に従事しているビジュアル(動画)も撮った方がインパクトもありますしね。山室からも、もちろんNOはありませんでした」

――そして、今年の「ロティーナ監督現役復帰」企画に繋がるわけですが、クラブ内ではどのようにアイディアを検討されているのですか?

 「(エイプリルフールを企画した)広報部は3人いるのですが、私が好き勝手言って、部下の2人が具現化して、膨らませてくれるという形が多いかもしれません(笑)」

清水エスパルス広報部の3名(写真左から若杉亮介氏、森谷理氏、高木純平氏)

――広報部の雰囲気の良さが伝わってきます。そうした関係性の賜物でしょうか、今年の企画も「選手紹介動画」を作るなど、細部までこだわりを感じさせるものでした。

 「『ロティーナ監督現役復帰』のアイディアが出たとき、それだけでは面白くないと思ったので本人にユニホームを着てもらって、選手紹介動画も作ることは最初から決めていました。背番号は空き番号から探そうと思ったのですが、本人が現役時代に付けていた『11番がいい』と言ってきて(笑)。11番は中山(克広)選手の背番号なので『中山選手から奪っちゃった』というストーリーが面白いなと思って、彼も巻き込んで『ロティーナ監督の熱い想いに応えてあげたいとの思いが強くなり、今回、背番号を譲ることに同意しました』とコメントも出してもらいました」

ロティーナ監督現役復帰に伴い、中山選手の背番号は41に変更された

――「ロティーナ監督×エイプリルフール」という意外性が魅力の本企画ですが、ロティーナ監督に最初に説明した際の反応を教えてください。

 「ロティーナさん、試合中のベンチで苦渋に満ちたような表情をしているじゃないですか。あれは普段も同じです。この企画を説明した際も笑顔はなく『シーシー(わかったわかった)』って感じで。でも、ファンサービスへの理解は深くて、ユニホーム姿の写真撮影ではいろんなポージングの要求にすべて応えてくれました。表情には出さないですけど、ノリノリだったように見えました(笑)」

様々なポージングの要求に応えるロティーナ監督

――ロティーナ監督、いい笑顔ですね。多くのメディアが本企画をニュースとして報じましたが、広報部の手ごたえとしてはいかがでしょうか?

 「想定以上の反響でした。テレビもいくつかの局から『ニュースで紹介したいから画像提供してください』と連絡がありました。NHKやフジテレビの『めざましテレビ』とか。けど、同じ日に有吉弘行さんと夏目三久さんの結婚発表があった影響もあり、結局は放送されなかったのですが(苦笑)」

――それは残念でした。ただ、この企画は露出量だけではなく、グッズ発売という形で、マネタイズにも繋げた点もコロナ禍のクラブ経営において意義があったと思います。

 「エイプリルフール企画は単純にファンに楽しんでもらうということを目的としていますが、反響が大きかったのでグッズ担当から商品化の提案をもらって。結果的にロティーナさんの写真を使ってTシャツやフェイスタオル、キーホルダーを作って100万円を超える売上がありました。あと、『HATTRICK(ハットトリック)』というオークションサイトを利用してロティ―ナさんが着用したユニホームを出品したら約20万円の値が付くなど、収入面でも成果をあげられたのはクラブとして手応えを感じています。収益はファンサービスなどで皆様にお返しできたらと考えています」

――グッズ発売決定はエイプリルフール翌日に告知されています。このスピード感が実現できている要因を教えてもらえませんか?

 「今年から『Fanatics(ファナティクス)』というマーチャンダイジング企業と業務提携している効果ですね。グッズに関しては包括的に委託して、うちはロイヤリティをもらう形です。彼らは“ホットマーケット”と言っていますが、『通算●ゴール』とか『ハットトリック』といったメモリアルなことが起きた際、その熱を逃してはいけない。製造、流通、企画のスピード感が特出しているプロ集団です」

――Fanaticsとはどのような経緯で業務提携を決められたのですか?

 「山室がロッテ(マリーンズ)の社長を務めていた時代に面識を持っていて。プロ野球界ではソフトバンク(ホークス)や日本ハム(ファイターズ)と提携していて、アメリカのNFLやMLB、NBAなどメジャースポーツもグッズ制作はほぼFanaticsです。欧州サッカーにおいてもマンチェスターユナイテッドやパリ・サンジェルマンなどを手掛けた実績もあります。日本サッカー界ではエスパルスが初で、1年近くかけて交渉し、10年間という長期契約に合意しました。今のところ順調に推移していると思います」

スタジアムにあるメガストアの様子

オウンドメディアでは“裏”を伝える

――ここからは広報戦略についても少し聞かせてください。まず清水エスパルスを取り巻く環境ですが、テレビとラジオを中心に、地元メディアでの露出が非常に多いです。

 「ありがたいことです。今年はコロナの影響もあって実現しませんでしたが、ホーム開幕週は“メディアジャック”を行っていて、(静岡県の)すべてのテレビ局の番組に選手が1、2人出演して開幕戦の告知をするんです。過去1度だけ、どのチャンネルをつけてもエスパルスの選手が出演している時間帯があった時もあります」

――やはり静岡県民のサッカーへの関心は依然として高いんですね。

 「(コロナ感染前までは)毎日、新聞各紙など番記者さんが5~6人練習場にいるような環境ですから。我われとしても記事になるようなネタを提供したいと思っています。だから、新加入選手には静岡がそういう街であることは必ず説明して、理解と協力をお願いしています」

――先日、静岡市の2021年度予算に「新スタジアム調査費」が300万円計上されるという報道を見ましたが、生活の中にサッカーがあることが当たり前だということでしょうか?

 「特に旧清水市はそうだと思います。ほとんどの子供は小学生になると少年団に入ってサッカーボールを蹴って、親は審判ライセンス4級を取るみたいな(笑)。私も息子がサッカーをする時はゴールネットを張ったり、練習の手伝いをしたり、審判ライセンスも取りましたから。だから、地域のプロチームである清水エスパルスへの興味は持ってもらっていると思います」

清水エスパルスのホームスタジアム「IAIスタジアム日本平」

――外部(地元)メディアでの露出が多いことを踏まえ、オウンドメディアでの情報発信は差別化を意識されていますか?

 「オウンドメディアの情報発信で意識しているのは“裏”というか、ロッカールームの様子などサポーターが普段は目にできないところ。今年のキャンプ中に、金子翔太選手と西澤健太選手にMCを務めてもらい、『笑っていいとも』のテレフォンショッキングを真似て、選手に直接電話して、入れ替わり立ち替わり呼び出すみたいな番組をYouTube配信したのですが、そういう選手のキャラクターを伝える施策も広報の役割だと思っています」

――特に今年はコロナで物理的にファンと選手は距離を取らざるを得ない状況ですし、オンラインでも選手の様子を知れるのは喜ばれそうですね。

 「今は練習も非公開ですし、情報に飢えているファンの方もいらっしゃると思います。先日、YouTubeを使って『Jエリートリーグ』を配信したのですが、名古屋戦は視聴回数が2万を越えていることからもオンラインでの情報発信の重要性を認識しています」

Jエリートリーグの配信は多くのファンに視聴された

――いろいろ活動内容についてお聞きしてきましたが、広報の最終的な目的とは何でしょうか?

 「すべてはスタジアムへの集客ですね。そこは山室も常に口にしています。プロスポーツクラブは行き着くところ、興業屋だと思います。お客さんにチケットを買ってもらって、スタジアムで飲食やグッズを買ってもらう。この数が多ければクラブの価値が上がり、スポンサーも増える。そういう捉え方です。広報活動がどれだけ集客に貢献したかのデータは明確には出せません。ただ、我々の広報活動がファン作り、その先の集客に寄与できているという理解で取り組んでいます」

――本日はありがとうございました。来シーズンのエイプリルフール企画も期待しています。

 「我々自身でハードルを高めましたかね。(今回の受賞で)今から来年のエイプリルフールが少し怖くなってきました(笑)。ただ、今回の企画に限らず私たちが面白いと思ったことは、ファンの方々にも絶対に面白いと思ってもらえる。ロティーナ監督の企画もみんなで笑いながらミーティングしていましたから。また、チームが思うような結果を出せていないときは、とかく発信したものに批判や厳しいご意見もあります。しかし、一方で喜んでいただける方々がいる限り、一定の節度は保ちつつも、ブレずにやろうと部内では言い続けています。山室が背中を押してくれていることもあり、そこは私のポリシーとなっています。ファンの皆さまには期待していただきたいです。その期待が『もっと面白いことをやってやろう』という我々の活力になります」

Photos: ©S-PULSE

footballista MEMBERSHIP

TAG

ビジネス清水エスパルス

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

RANKING