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「笑いは求めていない」「話さなくてもいい」――Jリーグのメディアトレーナーが語る、アスリートの情報発信論

2021.10.07

Jリーグでは毎年、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせた選手たちを対象に新人研修を実施している。そこで「メディアトレーニング」を指導するのが片上千恵である。約10年間のNHK松山放送局キャスターを経て、現在は帝京大学経済学部の准教授を務めている他、Jリーガー以外にもさまざまなアスリートのメディアトレーナーとしても活動している。

コロナ禍でアスリートとファンの直接的なコミュニケーションが制限され、メディアを通じた情報発信の重要性が高まる時代に、片上はアスリートに何を伝えているのか。

柏レイソルからのオファーで始まったキャリア

――まずは自己紹介も兼ねて、アスリートを対象としたメディアトレーニングの講師を務めることになった経緯を教えてもらえますか?

 「NHK松山放送局でキャスターを務めていた際、定型文のような形でメディアもアスリートも言葉を発している現状に課題を感じていました。私も含めアナウンサーは『最後にファンの方にメッセージをお願いできますか?』と毎回同じことを聞いて、アスリートは『次も頑張ります。応援よろしくお願いします』と答える。その繰り返し。だけど、カメラが回っていない時に『実はあのプレーには裏があってね……』なんて言うんです。それを本番でもリラックスして話してくれるコミュニケーションスキルや、メディアの使い方を(アスリートに)伝えたいと思ったことが始まりです」

――その問題意識がアナウンサーからメディアトレーナーへの転身を決意させたのですね。

 「聞き方が定型化しているという問題はありますが、メディア側が選手にファンへのメッセージを求めるのは、視聴者がそれを聞きたいからなんですね。メディアはあくまでも視聴者を代表してマイクやペンを握っています。つまり、世論を変えないとメディア側を変えることは難しい。だったらまずはアスリート側の対応から変えていこうと。そのためにも、スポーツのことを勉強し直すために局を辞め、2002年に筑波大学大学院に入学しました。修士論文のテーマはもちろん『アスリートのメディアトレーニング』です。

 研究室は、Jリーグの観戦者調査を担当されていた仲澤眞先生のところに所属していたのですが、調査を通して、先生に『元アナウンサーで、アスリートのメディア対応について研究している人がうちの研究室に入りました』と紹介してもらったところ、クラブの方から『メディアトレーニングをやってもらえませんか?』という話をいただいたのが、メディアトレーナーとして初めての仕事ですね」

――レイソルからはどのような内容のトレーニングをリクエストされましたか? メディアトレーニングと聞くと「話し方教室」のような内容を想像してしまうのですが。

 「それもあります。ただ、私のメディアトレーニングでまず必要だと考えているのは、“アスリートとしての自覚を促す”ことです。つまり、プロである以上、そのスポーツや、ピッチ外も含めたクラブの活動、自分自身の魅力をPRする役目があることを理解してもらうことが最大の目的だと考えていて、そこは当時のレイソル広報部も同じ意見でした」

――逆に言えば、当時はまだ選手間でそうした意識が乏しかったということでしょうか?

 「Jリーグには『百年構想』という理念がありますよね。地域貢献をする、社会課題を解決する……そのために選手は何をすべきなのか。プロになるような選手は競技力を高めることに集中して暮らしてきているので、閉鎖的と言うか、これまでの人生で社会との接点が少なかったというケースがあります。その結果として、個人差はありますが、スキルや意識が抜けて落ちていたという部分はあったと思います。そこをメディアトレーニングで埋める。プロとして持つべき意識を促すことがプログラムのベースでした」

――今の話を聞くと、育成年代の選手に対してもメディアトレーニングを実施してもいいのではないかと思いました。

 「その通りです。例えば、アメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)ではドラフト候補選手に対してもメディアトレーニングが実施されています。それはドラフトに指名された時点で、リーグが目指す選手像に相応しい言動が求められているからです。メディア対応の良し悪しでアスリートとしての価値が左右されるという考えがアメリカでは定着しているんですよね。

 実はレイソルでもトップ選手とは別にユースの選手を対象に実施していました。プロとしての意識を高めることが、競技力向上にもつながると考えていたのだと思います。よく覚えているのは、酒井宏樹選手や工藤壮人選手ら5選手がトップに昇格した世代(2008年)ですね。吉田達磨さんが監督だった時代です。対メディアの言動というよりも、論理的な思考を身に着けることをベースにしたコミュニケーションスキルを指導していました。カメラを用いたロールプレーでは『お前、格好つけんなよ』といった冷やかしが時どき起きるのですが、あの世代は互いに盛り上げながら楽しんで臨んでくれている空気があり、とても意識が高かったので印象に残っています」

柏レイソルではユースとトップチームの両方で監督を務めた吉田氏

――面白い話ですね。クラブ内に意識の高い選手が増え、そうした選手がチームの主力になることで、メディアに対する考え方が、クラブの伝統として次世代にも受け継がれていきやすくなるのかもしれません。

 「中心選手の影響はありますよね。レイソルであれば、大谷秀和選手。インパクトのあるワードを発するタイプではないですが、若い時からアスリートとして自分が何を発信すべきか整理されていました。ありきたりな定型文に逃げることなく、試合の勝因敗因、プレーの分析など自分の言葉で実直に話している姿は若手選手のお手本になっていると思います」

――昨年実施した大谷選手へのインタビューでは、ベテラン選手として、レイソルの歴史やサポーター文化を伝えていく必要性も語られていました。

 「今はチームを代表する立場として、クラブの考えも理解した上でメディア対応していますよね。大谷選手を含め、アスリートは2011年の東日本大震災や、コロナ禍を経験して、ピッチ外で自身の発信力をどのように使うべきかをより考えるようになったと思います。SDGsやダイバーシティ……いろいろな社会変革も起きていますし、そこにスポーツがどのように関われるのか。ピッチ上で結果を出しておけばいいという時代ではなくなりました。Jリーグが行っている調査で『選手を好きになったきっかけは何ですか?』という問いに対して【プレー・成績】より、【個性・人柄】が上回ったという結果が出ていることにも象徴されていると思います」

2003年から柏レイソルでプレーを続ける大谷

――大谷選手以外にメディアトーレ二ングの場で印象に残っているサッカー選手はいますか?

 「レイソルで経験を積ませていただいた後、横浜F・マリノスや川崎フロンターレでも若手選手を中心に定期的なメディアトレーニングを行ってきました。マリノス時代、五輪代表として活躍していた齋藤学選手は、聞き手に与える印象を常に意識していて、こちらが指摘したことをすぐに反映できる勘の良さを持っていました。ユース時代から見ていたフロンターレの田中碧選手は、クラブの偉大な先輩たちのインタビューの真似から入って、次第に自分のスタイルを築いた選手だと思います。今、代表での力強いコメントを頼もしく聞いています」

現在は名古屋グランパスでプレーする齋藤

“ラスカル”ばかりではなく……問われる「メディアの在り方」

――片上さんはサッカー以外のアスリートとも親交があり、先の東京五輪で「カエル発言」が話題になったボクシング・入江聖奈選手を大会前に指導されたそうですね。

 「ボクシング連盟として、五輪代表候補の男女選手を対象にメディアトレーニングを行いました。入江選手がテレビ番組で自由に話す姿を見ながら『いいぞ!いいぞ!』と応援していました(笑)。アスリートは全般的に「そうですね」の口癖が多いのですが、改善策の一つとして『そうですね』ではなく『はい』を使うことを提案しました。イメージは『今日の試合の感想を教えてください』『はい。良かったと思います』という形だったのですが、実際は『今日の試合の感想を教えてください』『良かったと思います。は~い』になっていて、『逆!逆!』って(笑)。

 だけど、入江選手も含め、今回の東京五輪では特に新種目でのびのびと発言していた選手が多かったのは良かったと思います。話題になった『ラスカル』の西矢椛選手(スケートボード)もそうですし、競技(サーフィン)の普及を強く意識した発言をしていた五十嵐カノア選手も素晴らしかった。有名になったことで、今後はメディアや組織の人にいろいろ指導される機会は増えると思うのですが、自分らしさを持ち続けてほしいです」

ボクシング女子フェザー級で金メダルを獲得した入江

――東京五輪では、そうした発言内容が話題になった選手がいた一方で、喜友名諒選手(空手)のインタビューに代表される “沈黙”も言葉以上に伝わってくるものがありました。

 「喜友名選手の場合、空手という競技や本人のキャラクターとの合致もあって、沈黙が価値を生み出したのだと思います。だって、喜友名選手が『YouTubeのチャンネル登録お願いします』みたいな発言をしたらファンはがっかりすると思うんですよ(笑)。サッカーで言えば、久保竜彦さんのような“話さないこと”が自身のブランディングに繋がっている例もありますよね。メディアトレーニングをしていると、『僕は面白いことを言えないので、メディア対応が嫌いです』と言う選手が時どきいるのですが、アスリートに笑いは求めていない。ファンが面白いと思うことは笑いではなく、興味があることです。それを素直に話せばいいと伝えています」

空手男子形で金メダルを獲得した喜友名諒選手

――YouTubeと言えば、片上さんは槙野智章選手(浦和レッズ)の動画をよくご覧になられていると聞きました。

 「槙野選手はメディアでの情報発信が本当に上手ですよね。特にメディア対応について解説している動画は、秀逸でした。メディア対応で気を付けるべきポイントを惜しげもなくレクチャーしてくれています。そこからは、メディアに取り上げられてなんぼという槙野選手の意識の高さがストレートに伝わってきました。YouTubeなど選手自身による情報発信が増えたことで、プライベートな部分をファンが知れるようになり、心理的な距離が縮まった効果はあると思います」

――ただ、アスリート自身による情報発信は第三者の“編集”が入っていないケースも多く、リスクもあると考えています。例えば、選手が「言いたくないことは言わない」可能性や、情報の受け手が「アスリート発信の情報=メディアより常に正しい」と解釈してしまう風潮です。無論、アスリートの立場としてはメディアの編集が入ることへの不信感も背景にはあるのですが。

 「元メディア側の人間として、その指摘は理解できます。(アスリート発信の情報は)アスリート側に都合のいい編集が入っている可能性もあります。そこはアスリートとメディアのせめぎ合いですよね。メディアだからこそ引き出せるアスリートやスポーツの魅力や時に問題点なども示すことで、アスリートやファンからの(メディアに対する)見る目も変わってくる。メディアの力量が問われている時代だと思います。先ほど名前が出た西矢椛選手に関するメディアの報道は残念ながら『ラスカル』ばかりでした。競技の本質を伝えるためにも、メディアの在り方を考え直す時期にあるのではないでしょうか」

――サッカー界では選手としての経験が豊富な方が、引退後に解説者などメディア側の人間として活動されるケースが増えており、少しずつ報道の在り方に変化の流れがあると感じます。

 「内田(篤人)さんに鋭い質問をされると選手も身構えますよね。そうしたコミュニケーションの繰り返しで視聴者のスポーツを見る目が育ってくる。それは日本のサッカー文化が豊かになるということでもあると思います。また、元選手がメディア側の立場で活動することで、メディアの構造……視聴率やPVを上げないと存続できないとか、メディアとアスリートの相互理解が進むことも期待したいですね」

現役引退後はメディア出演が続く内田氏

――近年、アスリートが社会問題や政治問題など、スポーツ以外に関する意見を求められることが増えてきています。アスリートを指導される立場として、この傾向をどのように捉えられていますか?

 「東京オリパラでもアスリートは開催是非やLGBTQに関する意見を求められていましたね。スポーツ選手が良い意味で特別視されず、社会に生きる一員として認められてきた証拠でもあるので、悪いことではないと解釈しています。メディアトレーナーとして、そうした質問に対して『こう答えるべき』という指導はすべきでないと考えています。選手のおかれた立場によってステークホルダーも異なりますので、当然取るべき態度は違ってきます。選手はこれまで以上に自分で考え、発信する能力が求められます。大切なのは『なぜならば……』という理由をしっかりと言えること。立場を明確にし、一生懸命考えて答えた意見であれば相手も誠実に聞いてくれるものです。」

――アスリートにとっては喜ばしい側面もありつつ、難しさもある時代ですね。メディアトレーナーとしての指導の幅も広がっていきそうです。片上さんの今後の活躍も楽しみにしています。本日は貴重な時間、ありがとうございました。

 「こちらこそありがとうございました。この記事を読んでいただいた方には『アスリートは競技だけではなく、メディア対応も影で努力しているんだな』と、温かい目でヒーローインタビューなどを見守ってもらえれば嬉しいです」

CHIE KATAKAMI
片上 千恵

放送局勤務を経て、メディアトレーナーとして活動を開始。18年のキャリアの中で様々な競技の日本代表選手やプロ選手のメディア対応指導を行ってきた。Jリーグ、Bリーグ、Vリーグ、ラグビートップリーグの全体新人研修において「メディアトレーニング」講師を担当。また指導者やクラブ幹部の研修や広報コンサルティングにも携わり、JFA・JBA公認S級コーチ養成講習会講師も務める。一般企業の幹部やスポークスパーソンを対象にしたメディアトレーニング、プレゼンテーションや危機管理対応トレーニング等も数多く手掛けている。

Photos: Getty Images

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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