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【月間表彰】栃木SCがバーチャルの世界に新スタジアムを建設。「VR TOCHIGI SC WORLD」がもたらすもの

2021.07.19

DAZNとパートナーメディアによって立ち上げられた「DAZN Jリーグ推進委員会」の活動の一環としてスタートした「月間表彰」。2021明治安田生命Jリーグで活躍した選手、チームなどを各メディアが毎月選出。フットボリスタでは「月間MIC」(Most Interesting Club)と題し、ピッチ内外で興味深い取り組みを行ったクラブを紹介する。

6月度はスマートフォン向けアプリ「VR TOCHIGI SC WORLD」を開発した栃木SCを選出。本アプリではアバターを利用し、バーチャルの世界に作られたスタジアム内で仲間との会話や、クラブ主催のイベントを楽しむことができる。開発の経緯や目的、今後の展開について、栃木SC代表取締役社長・橋本大輔氏に話を聞いた。

試合は近隣の方々と一緒に作っていくもの

――橋本社長、ご無沙汰しております。 6月度の「月間MIC」に『VR TOCHIGI SC WORLD』を開発した栃木SCを選出させていただきました。

 「ありがとうございます。オフ・ザ・ピッチの取り組みも記事として扱っていただけるのはうれしいです」

――『VR TOCHIGI SC WORLD』を開発したことを発表するプレスリリースには、コロナ禍によってサポーターとのコミュニケーションが減ったことが、開発の理由であると記載されています。クラブとしてどのような危機感があったのでしょうか?

 「まず、栃木SCは若い選手も多く、ホームタウン活動で選手たちを地域の方に知ってもらう機会が減ったこと。また、選手たちがプロサッカー選手として、どういう方々に応援してもらっているのか、支援してもらっているのかを知り、コミュニケーションを学ぶ機会が減ったことも危機感としてありました」

――『VR TOCHIGI SC WORLD』内で選手のオンライントークショーが頻繁に開催されている理由もそこにあるのですね。

 「選手は競技者でもありますが、クラブの事業面の観点では大切な経営資源でもあります。その資源を競技以外の場所で活用できなければ、収益にも影響してきますからね。選手にとっても、ファンとのコミュニケーションの場は自身の価値を確認し、奮起のきっかけとする機会です。自分に何が求められているのか。若手選手は(ベテラン選手である)矢野貴章選手のファンとの触れ合い方を見て、立ち振る舞い方を学ぶこともあるでしょうし、そういう場が減ってきていることを考えると、選手たちが学ぶ機会としてもトークショーは意味のあるものだと考えています」

オンライントークショーの様子

――収益面について少し触れると、2020年度の営業収益8億5500万円のうち、6900万円が入場料収入でした。今年は「カンセキスタジアムとちぎ」(2020年完成)を本格的に利用する最初のシーズンとなります。コロナが落ち着き、観戦者数の制限も緩和されていけば、入場料収入は増えると見込まれていますか?

 「正直、まだ全然わからないですね。今はカンセキスタジアムでの試合運営の支出をどれだけ抑えられるかを見定めている状況です。実は今シーズンも当初は多くの試合をグリスタ(栃木県グリーンスタジアム)開催で考えていました。ただ、グリスタでの試合運営は経費削減が限界まできていて、そっち(経費削減)よりも収入を増やすことに考え方をシフトした方がスタッフとしても前向きに仕事ができるということで、(収入増のポテンシャルがある)カンセキスタジアムでの試合開催を増やしたという経緯があります」

――昨年、橋本社長にインタビューした際、カンセキスタジアムでの試合開催時には、近隣施設とのコラボレーションを検討したいと話されていました。

 「スタジアムの隣に遊園地があるのですが、デーゲームの時は本来17時閉園のところを18時閉園に延長して、サッカー観戦とセットで楽しんでもらえるように施設から協力をいただいています。近隣施設との連携は取れつつあります。あと、コラボレーションではないですが、“新しいスタジアム”に興味を持って試合観戦される方もいるので、栃木SCにも興味を持ってもらえるように、来場者にTシャツを配布するなど、今年は新規のお客さんを意識した取り組みを増やす予定です」

――栃木SCはカンセキスタジアムの指定管理者という立場ではないので、各所との調整も大変ではないかと想像します。

 「カンセキスタジアムや周辺施設管理は4、5団体くらい関わっているので、イベント等を開催する際には多くの方々にご協力いただく形にはなります。ただ、ネガティブには捉えていません。そこはグリスタでの運営経験が活きていて、向こうでも渋滞を考えてキックオフ時間を調整したり、駐車場の在り方を検討したり、試合は近隣の方々と一緒に作っていくものだという考えがクラブには根付いているので。グリスタと同じ関係性をカンセキスタジアムでも築いていこうと思っています」

カンセキスタジアムとちぎ

ポジティブなコミュニケーションを取りたい

――本題の『VR TOCHIGI SC WORLD』に話を戻します。橋本社長が推奨する“バーチャルスタジアム”の楽しみ方はありますか?

 「今はコロナ禍ということもあり、サポーターが大人数で集まって会話することができません。新しい出会いも減っていると思います。そういうオフラインではできないことを、このアプリで楽しんでもらえればうれしいです。もう少しアプリに慣れてもらった後にサポーター同士が音声で会話できる機能追加も考えています」

――このアプリはファンタスティックモーション社との共同開発です。栃木SCとして同社にリクエストしたポイントがあれば教えてください。

 「ファンタスティックモーション社は長年お世話になっている映像制作会社で、栃木SCの意向はもちろん、サポーターの特徴も理解してくれているので安心して開発を任せました。重視したのはファン・サポーターが楽しんでもらえるコンテンツは何かを突き詰めて考えること。リリースした後もコミュニケーションを続けている部分です」

――オンラインの施策は地域差が生まれにくいことが長所の1つです。コロナ禍で県外のサポーターが栃木に行きにくい状況も踏まえて、アプリ内にアウェイサポーターも対象とした機能を追加する予定はありますか?

 「今回、豊田(陽平)くんが(栃木SCに)移籍してきてくれた。この加入はアプリにとっても良いきっかけになると思っています。つまり、サガン鳥栖のサポーターから豊田くんのオンライントークショーに遊びに来たいというニーズがあった時に備えて、アウェイサポーターの方にも楽しんでもらえるように(アバターに着せる)他クラブのユニホームを用意するなど、難しいかもしれませんが(他クラブから)許可いただけるのであれば、そういう機能追加は検討したいですね」

――KPIに関してはいかがでしょうか? DL数やマネタイズなど、重視されている点はありますか?

 「DL数は今年中に3,000という数字を掲げています。マネタイズに関しては、企画段階ですが、バーチャルスタジアム内の看板が空いている状態なので、個人も含めてスポンサーを募集できればいいなと。ただ、ここで大きな利益を上げようとは思っておらず、スタジアムへの集客やリアルの場でのグッズ購入に結びつけることを重視しています」

――コロナ禍で入場料収入が減った分を、デジタルコンテンツで補うアプローチは各クラブが試行錯誤を続けていますが、大きな収益を得るまでには至っていない印象です。

 「デジタルコンテンツでマネタイズできるのはもう少し先になるのではないかと考えています。今は『VR TOCHIGI SC WORLD』の運営や、YouTubeの配信など、デジタルに関する知見を溜めている状態。現状は不慣れな部分もあって、ご迷惑をおかけしているところもあるのですが、社員のスキルは上がってきています」

――大企業が運営するネットサービスでもたびたび障害が起きていますし、難しい部分があるのだろうなと外からも感じます。

 「そうですね。昨年も栃木SCのYouTubeアカウントがBAN(チャンネルが停止・削除されてしまうこと)されて何週間が使えなくなってしまって(苦笑)。まあ、うちらしい気もしますけどね。今の経験が今後役に立つはずです」

――社長が長期的な目線で考えてくれると現場の社員さんは働きやすそうです。最近はそういうクラブ社員や関係者の“裏側”の活動をオウンドメディアで紹介するコンテンツが増えつつありますが、栃木SCでは何か計画はありますか?

 「そのあたりは(栃木SCマーケティング戦略部長の)江藤(美帆)に任せているので詳しいことは言えないんですけど(笑)、サポ―ターとクラブの距離が遠くなり過ぎないことは意識していますね。サポーターの意見を運営に取り入れるとか、質問にはちゃんと答えるとか。SNSやYouTubeも活用しつつ、大切なことはフェイストゥフェイスでも話したい。古いタイプの人間なんです(笑)」

――各クラブのサポーターカンファレンスの議事録などを読んでいると、参加者から人事や編成についてなど、クラブが答えられない質問や意見も散見されます。社長という立場で直接コミュニケーションを取るリスクもあると思うのですが。

 「もちろん強化とか、成績に関する質問には一切答えないなど、線引きはします。ただ、昔はアウェイの試合後に居酒屋でサポーターとばったり会って、みんなで飲みながら会話する機会が頻繁にあったんですよ。顔を見合わせて話すと話題がポジティブなものになることが多くて。コロナ禍ではオンライン中心のコミュニケーションにならざるを得ませんが、サポ―ターの方々とポジティブなコミュニケーションをもっと取りたいという気持ちは常に持っています」

――サポーターとのコミュニケーションを重視するようになったキッカケや出来事はありますか? 橋本さんは栃木SCがJ3に降格した(2015年)直後の難しいタイミングで社長に就任されたという経緯もあります。

 「栃木SCがJ3へと降格した時にサポーターの方々から言われた『クラブと距離ができた』『意見を聞いてもらえない』という言葉はずっと頭に残っています(※当時、橋本氏は栃木SCの非常勤取締役)。同時に、J2に昇格する時にはサポーターの力の大きさを感じました。私の考えが正しいかは分かりません。でも、今のクラブの規模感を考えれば、(サポーターとの)距離は近くていいのかなと思っています。私のことを好きな人も、嫌いな人も、クラブを応援してくれる人は宝ですよ」

――橋本社長のパーソナリティが、オンラインアプリである『VR TOCHIGI SC WORLD』上のコミュニケーションが、どこかアナログな雰囲気と言いますか、温かみを感じるものになっている理由の1つなのかなと感じました。

 「どうですかね。そういえば先日、バーチャルスタジアムに子供と一緒に入ったら子供が迷子になったんです(笑)。『子供が迷子になって困っています』と投稿したら、サポーターが子供を見つけて、場所を教えてくれました。良い意味での隙や、アナログ感も含んでいるアプリだとは思います。バーチャルスタジアムには時々遊びに行っているので、気軽に『あっ、社長』と、コミュニケーション取ってもらえればうれしいです」

――今日はありがとうございました。またバーチャルスタジアムにも遊びに行かせてもらいます。

 「お待ちしています。バーチャルスタジアムならではの楽しみ方が見つかると思います。私たちもより多くの方に楽しんでもらえるようにアップデートを続けます」

Daisuke HASHIMOTO
橋本大輔

1976年4月7日生まれ。栃木県宇都宮市出身。高校卒業後アメリカシアトルへ留学。在学中はオーディオエンジニアリングなど音響全般の学科を専攻。卒業後、シアトルマリナーズのスタジアムであるTモバイルパークで飲食関連の企業に就職、またMLBがオフシーズン中にはドイツ音響機器メーカーのアメリカ支社にも勤務しマニュアルの翻訳業務等を担当。帰国後、都内ベンチャー企業に就職した後、地元栃木県宇都宮市に戻り株式会社新朝プレス代表取締役に就任(現任)。また現在の株式会社栃木サッカークラブ設立時に発起人として立ち上げをおこなう。2015年に同クラブがJ3降格したことを機に2016年3月から代表取締役社長に就任(現任)

Photos: ©︎TOCHIGI SC

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Jリーグ月間表彰 月間MIC(Most Interesting Club)

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ビジネス栃木SC

Profile

玉利 剛一

1984年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリ開発等を担当。2018年より筑波大学大学院に所属し、スポーツ社会学を研究。修士号取得。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」管理人。footballista編集部。

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