NEWS

セットプレーのスペシャリストを招聘したドイツ代表、その効果は大きい

2021.09.13

 就任後の3連戦で3連勝を飾ったドイツ代表のハンジ・フリック監督。少ない準備時間ながら、バイエルンでトリプル(3冠)を達成した手腕を発揮し、スタジアムに訪れたファンたちに笑顔を取り戻した。そのフリック監督の下で編成されたスタッフチームでとりわけ注目を集めたのは、“セットプレー専門コーチ”のマッズ・ブットゲライトだ。

デンマークからやって来たエキスパート

 ドイツ人とデンマーク人のハーフであるブットゲライトは、デンマークのFCミッティランやデンマーク代表の育成年代で活動してきたコーチだ。今夏、開催されたEURO2020では、デンマーク代表のセットプレー担当コーチとして準決勝進出に貢献した。

 バイエルン時代のハイプレスや戦術が取り沙汰されるが、フリック監督はセットプレーを重視しており、その重要性を理解している。アシスタントコーチを務めていた2014年のブラジルW杯では、セットプレーの重要性を納得させるために、ヨアヒム・レーブ前代表監督と“セットプレーで得点するかどうか”賭けをしていたほどだ。

 スタッフ紹介の経験の席で、フリックはバイエルン時代にブットゲライトを招集する意向を持っていたことも明かしている。とはいえ、デンマークにいたブットゲライトはそんなことを知るよしもなく、ドイツ代表のオファーのためにフリックから電話を受け取った際に「ドッキリでも仕掛けられているのかと思ったよ」と振り返っている。

“セットプレー専門コーチ”としてドイツ代表を支えるマッズ・ブットゲライト

 2018-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでの得点の36.6%がセットプレー(PKを含む)、2018年ロシアW杯の各グループリーグ第1戦の総得点の50%がセットプレーだったことを考えれば、セットプレーのエキスパートをチームに置く利点は大きい。EURO2020で優勝したイタリア代表でも、ジョバンニ・ビオがセットプレーのエキスパートとして手腕を発揮した。

 “見える化”で選手を納得させる

 データサッカーを展開するFCミッティランからやって来たブットゲライトは、サッカー界の外からもテクノロジーを活用する。その1つが“トラックマン・システム”だ。元々はゴルフの打球を分析するツールだったが、これをサッカーボールの分析にも使えるようにカスタマイズし、活用している。

 これにより、ボールの軌道や回転数などのデータを収集し、選手にも目に見えるデータとして提供することが可能になる。同じくFCミッティランでも活動するスローインエキスパートのトーマス・グレネマルクも強調するように、選手たちに目に見える数字としてデータを提供することで、成長ステップを認識させ、向上心を刺激する重要性を理解しているのだ。

 実際、ドイツ代表のトレーニングでは、キッカーを務めるヨシュア・キミッヒやイルカイ・ギュンドアンなどが興味津々にブットゲライトの持つタブレット端末を覗く姿が撮影されている。

 セットプレーのエキスパートがスタッフにいることは、GKにとっても心強いようだ。守護神マヌエル・ノイアーは「CKやサイドからのセットプレーでは、どこに立つのか、どうボールを対処するのかが決定的な意味を持つ。ブットゲライトとの話し合いを楽しみにしている。GKの自分にとってもとても重要だからね」と3連戦が始まる前に話していた。

スタッフ拡充が勝利を引き寄せる

 成果はすぐに表れた。実際に得点に繋がったのはアイスランド戦でのアントニオ・リュディガーのゴールのみだったが、セットプレーからフィニッシュが生まれる割合は非常に高く、懸念されていた守備でも3試合連続無失点で代表ウィークを終えた。

 サッカーという競技の特性を正確に把握し、最も費用対効果が高いところにスタッフを拡充することができれば、チームの成績は向上することを示している。チームの強化とは、選手の入れ替えのような目に見える部分ばかりではない。コーチングスタッフの役割分担や、トップチーム強化費の分配の割合などを見直すこともチームの成功につながるのだ。

 デビュー3連勝を飾ったこともあり、フリック監督の下でスタッフ陣の世代交代や拡充が進んだドイツ代表への期待が高まっている。


Photos: Getty Images

footballista MEMBERSHIP

TAG

アントニオ・リュディガーハンジ・フリックヨアヒム・レーブ戦術

Profile

鈴木 達朗

宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。

RANKING