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「リバプールはロングスローを使わない」トーマス・グレネマルク:スローイン専門コーチの使命(前編)

2021.01.16

リバプール、アヤックス、ミッティラン。20-21シーズンのCLグループステージD組で顔を合わせた3チームには共通点がある。世界初のスローイン専門コーチ、トーマス・グレネマルクの教えを受けているのだ。

去る12月、世界各国の様々なチームでスローインを指導するスペシャリストがポッドキャストにゲスト出演。スローインコーチ誕生の秘密からリバプールと契約を結んだ経緯まで幅広く聞いた動画を公開したのは、リバプール公式サポーターズクラブ・オースティン支部のメンバーが運営するYouTubeポッドキャスト『The Liverpool Connection Podcast & ATX Reds Press』だ。その管理者ダズ・オコーナー(現在はアメリカ在住のスカウサー)とグレネマルク両氏の許可を得て、トーク内容をインタビュー記事として掲載する。

<トーマス・グレネマルク公式サイトはこちら>

https://thomasgronnemark.com/

< 『The Liverpool Connection Podcast & ATX Reds Press』 はこちら>

https://www.youtube.com/channel/UCOnGXxTi6-ZmC0MeNbYhREA

スローイン専門コーチ誕生秘話


――まずはあなたご自身の競技者としてのキャリアについて教えてください。

  「サッカー選手としては、デンマークのU-19リーグでプレーしました。のちにセルティックやレアル・マドリーでプレーしたトーマス・グラベセンとも対戦しましたね。私は足が速く、当時からロングスローも投げられましたが、プロサッカー選手になれるほどうまくはなかったので、1990年代の半ばに陸上競技に転向しました。1年も経たずしてデンマーク代表チームの一員に選ばれ、100m走、200m走、400m走、そしてリレーの選手として6年間にわたり国際大会に出場しています。デンマーク国内の大会は何度か制していますよ。2000年にパリで開かれた(クラブレベルの)欧州主要大会でも400mリレーで優勝しました。私は最終走者を務めることができ、素晴らしい経験になりましたね。

 2002年には100m走と200m走で個人記録を更新しましたが、その頃にはモチベーションが下がっていました。そんな時にのちに私の妻となる女性と出会い、デンマーク西部にあるスキーベに引っ越しましたが、そのような小さな街に陸上の指導者がいるはずもありません。1人で練習を始めたのはいいものの、記録は伸びなくなってしまいました。人は恋をするとバカなことをするものですね(笑)。でも、それほど素晴らしい恋だったんです(笑)。伸び悩んだ私は、競技転向を考えました。私のアスリートとしての強みは足の速さ、力の強さ、そして体の重さでした。この3つを生かせるスポーツを探した結果、ボブスレーを選ぶことにしました。子供の頃、私はジェットコースターに乗れない少年だったので、最初は怖かったですが、2002年にはボブスレーの代表チームの選手になり、2002年から2006年まで国際大会に出場して世界各地を回りました。ヨーロッパ、カナダ、アメリカ…。素晴らしい4年間でしたね」


――スローインコーチになった経緯を教えてください。

 「2004年1月、ドイツのボブスレー協会のご厚意でドイツ代表チームのトレーニング施設を使わせていただいていた時、私たちはウォームアップとして室内コートで何度かサッカーをする機会がありました。そこで私がスローインを投げると、ボールがピッチの反対側の端まで届いたので、みんなに驚かれてしまいました。それをきっかけに『ロングスローの投げ方を教えられないだろうか?』と考え始めたのです。デンマークに戻った後も、近所の図書館でスローインに関する本を探しましたが、1冊もありませんでした。インターネットでも探しましたが、ほとんど何も見つかりません。だから『独学でスローイン理論を編み出すしかない!』と決心して、約半年をかけてスローインのビデオ分析を徹底的に行いました。ボブスレーでもビデオ分析を取り入れていましたから、手慣れた方法でしたね。ロングスローに最適な助走の仕方や足腰の位置、グリップなどを研究しました。

 同じ2004年のうちにロングスローの指導講座を開く決意をしました。正直なところ、興味を持ってくれるクラブがあるかどうかは未知数でしたけどね(笑)。最初はユースチームやアマチュアクラブに声をかけてみてもよかったかもしれませんが、自信があったのでデンマーク・スーペルリーガ(デンマーク1部リーグ)のビボーに声をかけてみました。すると、『ぜひお願いします』とお返事をいただき、スローインコーチとして初めての仕事をすることになりました。多くの選手たちが飛距離を伸ばしてスローインからゴールを量産でき、ビボーはクラブ史上最高順位でそのシーズンを終えました。

 翌年、ビボーより大きなクラブ、ミッティランからスローイン指導のオファーがありました。今季、スーペルリーガで首位に立っているクラブです。CLにも出場して、リバプールと同じグループで戦いましたね。約3シーズンにわたり、スーペルリーガの複数クラブでスローインの指導を行いましたが、当時指導していたクラブの1つ、シルケボーの試合を見ていた時のことです。ピッチ中央付近でスローインを行った後、ボールが相手に渡ってしまうことが立て続けに3回もありました。プロチームがこんなに簡単にボールを失っていいはずがありません。ところが、プレミアリーグでもブンデスリーガでもCLでも、多くのチームのスローイン後のボール保持率は50%以下であることが判明したのです。そこで、スローイン後にボールを失わない方法の研究を始め、2007年には『長いスローイン』『速いスローイン』『賢いスローイン』という『スローインの3原則』を確立しました。どうすればスローイン後にボールを保持でき、チャンスを作ってゴールに繋げられるかを探究するようになりましたね」

自身のYouTubeチャンネルで「スローインの3原則」を解説するグレネマルク

ロングスローだけではないスローイン戦術

――スローインの名手として、私の記憶に残っている選手はロリー・デラップくらいですが、当時彼のスローインを分析したりする人はいませんでした。リバプールがあなたをクラブに迎えた時、アンディ・グレイやスティーブ・ニコルズなど、あなたの仕事に懐疑的な評論家がいましたが、そうした批判的な意見についてはどう捉えていましたか?……

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スローイントーマス・グレネマルクリバプール戦術

Profile

The Liverpool Connection Podcast & ATX Reds Press

テキサス州オースティン在住のスカウサー、ダズ・オコーナーが、リバプール・サポーターズクラブ・オースティン支部(OLSC Austin)会長のスティーブ・ウィルソンとともに2020年2月に開設したYouTubeポッドキャスト。リバプールFCにゆかりのあるゲストが登場し、リバプールと恋に落ちたきっかけやクラブを応援する喜びを語ってくれる。ゲストの多くが現地のファンやジャーナリストであるのは、彼らに現地の文化やコミュニティの魅力についても語ってもらうことで、海外のファンにリバプールの街をもっと身近に感じてもらいたいから。