『ディープスロート』著者・ディエゴ・トーレス過去インタビュー特別公開
世界屈指のメガクラブ、レアル・マドリーの裏の顔を暴くフットボリスタの人気連載を書籍化した『ディープスロート 内部情報が語るレアル・マドリー』。本書の“主役”と言っても過言ではないのが、会長フロレンティーノ・ペレスである。この男を知らずして、レアル・マドリーを知ることはできない。
そこで今回は、著者ディエゴ・トーレスがフロレンティーノの素顔を明かした月刊フットボリスタ第32号「レアル・マドリーを笑え」特集収録のインタビューを特別公開。これを読めば、『ディープスロート』もよりいっそう楽しめること間違いなしだ。
インタビュー・文 木村浩嗣
1 辞めさせられない謎
候補になる条件が厳し過ぎて、誰も会長選挙に立候補しない
――あなたはマドリディスタだから、(レアル・マドリーについて)批判的な記事を書くのは胸が痛むのではないですか?
「そんなことはない。民主主義にとって社会にとって企業にとって組織にとって批判は必要だし避けることができないものだ。自分が書く記事には自信を持っている」
――レアル・マドリーの取材を始めたのはいつですか?
「1997年のことだ」
――フロレンティーノ・ペレスが会長に就任する前ですね。彼がやって来たことで批判のネタは増えたのではないですか?
「組織が大きくなればなるほど、良くも悪くも批判されるべきことが増えるものだ。フロレンティーノはレアル・マドリーを経済的に豊かにし、知名度を上げ、政治の世界との関係を深めた。フロレンティーノ以前の会長は、政界への影響度の大きさを自慢したりすることはなかった」
――彼は政界にいた経験もありますよね?
「『ラ・セスタ』(スペインの民放)のインタビューで『政治家こそが天職だ』と言うのを聞いたことがある。彼は民主中道連合(※)に所属しマドリッド市議会で議員を務めていた。だが、政治では挫折しビジネスに転身しサッカー界にやって来た。企業やクラブから政治的な影響力を与える方を選んだわけだ」
――ジャーナリストをする前はファンとしてサンティアゴ・ベルナベウに行っていたそうですが、スタンドの雰囲気は当時に比べて大きく変わりましたか?
「あの頃のファンはもっと批判的だった。好きなこと嫌いなことをはっきりと表明していた。選手や会長に対して寛容ではなく、成績やプレー内容の悪さを我慢したりはしなかった。今のファンは従順だ。当時は観客席で外国人ファンを見かけることは稀だったが、今は欧州以外、中南米やアジアからも大勢がやって来る。レアル・マドリーのミュージアムはプラド美術館、レイナ・ソフィア美術館に次いでマドリッドで3番目に訪問者数が多いというのは驚くべきこと。その半数を外国人が占めている。今や世界ではマドリッドよりもレアル・マドリーの方が有名なくらいだ」
――フロレンティーノによってレアル・マドリーの名は世界に知れ渡った。
「そうだ。ただ、彼によって世界一有名なクラブになった一方で、スペイン人のソシオからは遠ざかった。昔ソシオはベルナベウに自由に出入りし、オフィスを訪れ、選手に挨拶もできたし、もちろん練習も見ることができた。今ではどれも何一つできなくなった」
――ジャーナリストに対しても練習取材は禁止されました。
「見られるのは最初の15分間だけだが、あんなものは“ 練習”とは呼べない。選手が三々五々出て来て、ストレッチしたり、冗談を言い合ったり、ちょっと走ったり、ボールを触ったりする。我われがいなくなってから本当の練習が始まる」
――レアル・マドリーが閉鎖的になっていることであなたのディープスロート(内部情報)に頼った情報の重要性も増したのではないですか?
「自由な報道をするための唯一の方法だ」
――自由な報道とは?
「会長の許可をもらう必要がない報道のことだ。もし君がクラブに都合の良い情報だけを流すのだとしたらそれは報道ではなく、プロパガンダ(宣伝)だ。そしてそのプロパガンダに従事しているジャーナリストですら監督、選手、クラブ職員に自由にインタビューすることは許されていない。最近レアル・マドリーの選手のインタビューをどこかで見たり、読んだりしたことはあるかい?」
――ラジオ番組には選手が出て来ることがありますよ。あとはクラブを通さない記者の個人的な繋がりでのインタビューでしょうか。
「正面からは無理だ。ラジオに関しては特に名は秘すが、会長に都合の良い情報を流すのと引き換えに、シーズン中に監督や2、3人の選手が生出演するというラジオ番組がいくつかある。半年に1回15分間選手と話をすることは、そんな犠牲を払う価値のあるものだろうか? 聴取者への裏切りではないのか? 選手だってクラブに管理されているから本当のことを言わないに違いない。レアル・マドリーにとって情報とはそんなものに変わってしまった。ル・マドリーほど極端にコントロールする力は持っていない。例えば、バルセロナでも練習取材は禁止だが、選手やクラブ職員と話をするのは比較的簡単だ。レアル・マドリーほど会長を怖がっていないからね。バルセロナでは会長選挙はいつでも起こり得る。あそこでは会長の寿命は選手の寿命よりも短いのが普通だ」
――でも、レアル・マドリーでも会長選挙は4年ごとに行われますよ。
「規定ではそうだ。しかしレアル・マドリーでは2006年を最後に選挙は行われていない。候補になる条件が厳し過ぎてフロレンティーノ以外、誰も立候補しないからだ。スペイン人でソシオ歴が20年以上あり、供託金9000万ユーロ(約117億円)をスペインの銀行の口座に用意しなければならない。君が立候補しようとしても日本の銀行の口座では駄目だ。スペインの有力銀行の頭取はほぼ全員、フロレンティーノと関係がある。だから君に金を貸して彼の対抗候補を擁立しようとは思わないだろう」
――立候補の条件を厳しくしたのはフロレンティーノ自身だと聞いています。
「そう、2012年のことだ」
――選挙が存在しない体制を独裁と呼びますが……。
「実質的にフロレンティーノは独裁者化している。クラブ理念としては民主的だとうたっているが、実際はそうではない」
2 11年連続売上高世界一の謎
偉業は政治家たちの助けがなければ成し得なかった
――しかし、フロレンティーノは良いこともしている。例えばレアル・マドリーを世界一裕福なクラブにしたのは彼です。
「人類史上、最悪の独裁者たちでも何か良いことはしているものだよ(笑)。フロレンティーノは確かに良いこともした。クラブに大きな利益をもたらしたのは間違いない。ただ、そこには政府や地方自治体の“サポート”があったことは忘れてはならない。マドリッド市役所が土地の有効利用についての法令を変えたおかげで、旧練習場の土地の値段は何倍にも跳ね上がり、高値で売ることができた。超高層ビルが建てられるようにフロレンティーノが政治力を使って市役所を動かしたんだ」
――今4つの超高層ビル(45~57階までのビルが寄り合うように立っている)があるカステジャーナ地区ですね?
「そうだ。これは“良いこと”だろうか? 誰のために?何のために?環境や景観のため?」
――新しい練習場は素晴らしい施設だと聞いています。カンテラーノにとっては喜ぶベきことなのでは?
「バルデベバス練習場の建設はフロレンティーノの最大の功績だと思う。ただここにも政治の影がつきまとう。レアル・マドリーがあの土地を手に入れた時には、開発が禁止されている土地だったから非常に安かった。その後、法令が改定され、原野扱いだったものが市街地として組み込まれたのだ。フロレンティーノの偉業は政治家たちの助けがなければ成し得なかった。施設は素晴らしいよ。まるで5つ星ホテルのようだ。ただ、問題が1つある。なかなかトップチームに上がって来る選手が出ないことだ」
――その理由は何ですか?
「若い選手に賭けるには勇気がいる。たとえ試合に敗れても使い続ける覚悟がいる。必ず育つことを信じて長期的な視点を持たなければならない。だが、フロレンティーノの価値観はそうではない。彼は短期的な目標を立て、すぐに成果を得たいというタイプのリーダーだ。こういう考えでは優秀なカンテラーノが出て来るのは難しい。もう1つの理由はビジネスに関することだ。カンテラーノでチームを作るということは、外から選手を買ってこないということだ。移籍数が減れば、売買によって発生するコミッションも少なくなる。そうなれば困る人たちがサッカー界にはいる。明確な必要性もなく機械的に選手を右左に動かす。商品が動けばお金が発生する。これはレアル・マドリーだけでなく今いろいろなクラブで起こっていることだ。スポーツの論理ではなく投機の論理で選手が動いている。もし君のクラブが、こうした仲介人の介入を許せば出費は当然かさむものの、ビジネスを活性化することができる。
カンテラーノが上がって来ない3つ目の理由は、マーケティングやパブリシティに関するものだ。『スターを獲ってきた』と休みなく発表することは人気上昇に繋がる。例えば君のチームにカルバハルがいたとする。彼は非常に良い右SBだが、ダニーロを獲ってきて『欧州ナンバー1でいずれ世界一になる』と宣言することの方が、ファンに好まれるのだ。3000万ユーロを払うことにはなるが、ファンやメディアにもてはやされる。ソシオの大部分は選手獲得が大好きであり、それがカンテラーノのトップチーム入りを妨げることになる」
――フロレンティーノの功績にはウルトラスを追放したというのもあります。これについてはどう思いますか?
「フロレンティーノは15年間、彼らを利用してきた。ウルトラスは会長を支持し指示通り動いた。モウリーニョがいた3年間、サンティアゴ・ベルナベウのファンの彼に対する意見は割れていた。だが、南ゴール裏にいた彼らはモウリーニョを無条件に支持した。フロレンティーノはウルトラスと手を結び、支持を取り付けていた。モウリーニョが去り、用済みになってフロレンティーノは彼らの追い出しを決めた。だが、一部は残されて他のグループとともに『若者応援席』を占めることになった。無料チケットの見返りに彼らは会長、フロントの意に沿って応援歌を歌い、拍手している」
――なるほど裏があるんですね。フロレンティーノ会長はどんな人柄なんでしょう?
「冷静で計算高い人間だ。公で言っていることと、プライベートの場で言っていることを使い分けている。と同時に、人当たりが良くて冗談好きな性格でもある。隣にいると笑わせてくれるよ」
――外から見るイメージとは違いますね。直接会ったことはありますか?
「メディアとの食事会や遠征の移動中に一緒になったことは何度もある。電話番号を持っているから話をすることもあるし、メッセージのやり取りをすることもある。ウマが合うかって? 何でもコントロールしたいという欲望を抱いている彼と友だちにはなれない。友人ですら彼に従属することを求められるから」
――よく知っているんですね。
「15年の付き合いだからね。妻と知り合う前からの知り合いだ。当時は彼をコントロールする夫人もいたし、自制心もあったが、夫人が亡くなりリミッターが外れている印象を受ける。自分のやりたいままに振る舞っている。15年前は限度をわきまえていた」
――とはいえ、あなたを出入り禁止にしたりはしていない。
「出入り禁止に値するような記事を書いているつもりはない。クラブのイメージを傷つけたり、ある人物に法的処置を取らせるようなことはしていない。スポーツ面とマネージメントについて批判すべき時は批判しているだけだ。ある選手や監督を獲るべきではないと意見したり、ロッカールーム内で起こっていることを明らかにする行為が追放処分に値するとは思わない」
――ただ、クラブにとって都合の悪い隠したい情報なのでは?
「レアル・マドリーは記者を出入り禁止にはしない。知っている限りでは出入り禁止にされたメディアは2、3社ある。私が『エル・パイス』の記者でなくWEB媒体の記者であればあるいは出入り禁止となっていたかもしれない。これは推測だが」