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新概念「ストーミング」考察:ボールを手放すことを厭わない概念

2018.11.26

「ポジショナルプレーとストーミングは本当に対立するサッカースタイルなのか、慎重に検証しなければならない」という結城康平氏に、新概念ストーミングについて考察してもらった。両者の差異から浮かび上がる、モダンサッカーのマトリックスとは――?

 『フィナンシャル・タイムズ』紙のコラムニストとして活躍する英国人サイモン・クーパーは世界を股にかける文筆家だ。その活躍のフィールドはフットボールの世界だけでなく、政治や文化を論じることも少なくない。彼が新たなトレンドとしてピックアップした「ストーミング」は示唆に富む概念であり、ここ数年で一気に市民権を得た「ゲーゲンプレッシング」や「トランジション」のような様々な戦術用語とも密接に関連している。ストーミングを定義する上では様々なアプローチが存在すると思われるが、まず本稿ではポジショナルプレーとの差異から考察してみたい。


UEFAテクニカルレポートでも「新潮流」

 ポジショナルプレーは「原則」であるがゆえに、解釈次第で広い範囲のフットボールを含む。例えば、ユルゲン・クロップの守備スタイルも「数的優位」と「位置的優位」で高い位置から相手の攻撃を妨害する、と解釈すればポジショナルプレーの一形態だろう。さらに、機動力に優れた3トップでのショートカウンターは「質的優位」を最大化している。実際、クロップを支えるコーチングスタッフの中でも、気鋭の戦術家として高い評価を得ているオランダ人指導者ペピン・リンデルスはポジショナルプレーを信奉している人物だ。一方、2つの哲学の同一視は拡大解釈という見方もできる。少なくとも、グアルディオラとクロップのフットボールには差異が存在し、サイモン・クーパーは新たに「ストーミング」という言葉によってそれを表現しようとしているのだ。

 17–18シーズンのCLを分析したUEFAのテクニカルレポートによれば、クロップは「新たなる戦術的潮流を担う」と評された。ポゼッションをベースとしたフットボールを打ち破る術が着目されたのは「総得点の51%がファイナルサードでのボール奪取を起点としており、敵陣でのボール奪回が得点に直結する傾向にあった」というデータと、バルセロナやマンチェスター・シティといった「ボールを保持する」チームを乱打戦で攻略したディ・フランチェスコのローマ、クロップのリバプールが印象的な結果を残したことに起因している。

 エバートンやマンチェスター・ユナイテッドを指揮したデイビッド・モイーズは「リバプールの3トップの両翼は極端に中央に絞っており、広くピッチを使うためにサイドライン際に位置する従来のウイングとは異なっている」と述べたが、それも1つの差異となる。


ボール保持とプレーエリア。「主導権」の解釈

 2つを層別することを目指していく中で、重要な鍵になるのが「ボール」の存在だ。ポジショナルプレーはボール保持を前提として成り立っている概念ではないが、相手の組織を不均等にする道具としてボールポゼッションを重視する。不均等な局面を作り出すのは「即時奪回」に繋がり、ポジショナルプレーの原則から考えれば「ボールを保持し続ける」ことが理想だ。

 一方、クロップを筆頭にしたストーミングの信奉者は「ボールを失うこと」に執着しない。むしろ、次の局面でボール狩りに移行する目的で「意図的にボールを手放す」こともある。これは単なる対立軸としてのポゼッションvsプレッシングではなく、「主導権」をどのように解釈するかという価値観の差に繋がっていく。ポジショナルプレーが「ボールを保持することで自分たちの位置を整えながら優位性を生み出し、主導権を奪おうとする」のに対し、ストーミングは「意識的にボールを手放してでも、手数をかけずに狙ったスペースにボールを運ぶ」ことをゲームにおける主導権と解釈する。ボールロスト後に陣形を整えることなくそのまま襲いかかるゲーゲンプレッシングを方法論として内包しながら、「ボールを手放すことを厭わない」ゲームモデルを便宜的に「ストーミング」と定義すれば、乱立していた戦術用語が整理されるのではないだろうか。

 非常に象徴的なのが、クロップ自身の「ゲーゲンプレッシングは最高のプレーメイカーだ」という発言だ。彼らは特定のプレーメイカーを配置することで組織的にゲームを作ることに固執せず、相手陣内でのボール奪取を前提にゲームプランを構築している。

 ストーミングを「ボールを手放すことを厭わない概念」と仮定した場合、彼らはボール保持とは異なる相手組織のバランスを崩す手段を保有していることになる。その手段こそ、複数人での連動したプレッシングとゲームのテンポを加速することである。彼らはトランジション・ゲームの高速化によって、両チームの攻守が混じり合う「バランスの崩れやすい」局面を作り出し、混沌の中でボールを奪い取る。同じように「攻守の境目におけるボール奪取」を狙うにしても、近い位置でのパス回しによるセットされた位置的優位をベースに取り囲むポジショナルプレーと、縦への勢いで押し寄せるようにボールを狙うストーミングは異なっている。


ルールによる意識づけvs条件反射

 クロップは自らのフットボールを「ヘビーメタル」にたとえ、不確定要素を受け入れている。しかし、彼の戦術的思想は単なるギャンブルでもない。ストーミングは主導権を相手との比較から判断しており、自分たち以上に相手を不安定な状態に陥れることができれば、それは彼らにとって「許容可能なリスク」となる。

 ポジショナルプレーが「自軍がバランスを保った状態」で「敵軍のバランスを崩す」という点で優位性を生み出そうとする一方で、ストーミングは「自軍のバランスが崩れること」を許容しながらも、「相手のバランスをさらに崩して」優位性を生み出す。

 同じように長いボールを使うにしても、グアルディオラはキック精度の高いエデルソンからの正確なフィードを受けた状態で、アグエロが3つの優位性を活用できる状況を作り出そうとする。前からのプレッシングを誘発することを目指した後方からのビルドアップも同じ目的だ。

 一方、クロップはロングボールを狙うにしても「相手の処理しにくいボール」を重要視する。彼らは苦しまぎれのクリアを誘発し、2次攻撃を意識した迅速なサポートによって、セカンドボールを回収しようとする。中盤での競り合いに持ち込めれば、自分たちの土俵だと理解しているのだ。

 「条件反射的」というのもストーミングにおけるキーワードの1つだ。ポジショナルプレーでも、攻撃と守備の間に空白を生み出さないことを意識しており、グアルディオラは「5秒ルール」の採用によって選手への意識づけを行っている。このルールは「ボールを奪われてから5秒間は、相手を取り囲んでのボール奪還を目指す」というシンプルな原則であるが、クロップの目指すプレッシングはさらに「反射的」だ。思考を削ぎ落したようなプレッシングによって、複数の選手が一気にボールを狙っていく。ポジショナルプレーとストーミングは、思考時間を短縮するという方向性を共有しているが、細かな特性の差は存在する。ロジャー・シュミットは、選手を“猟犬の群れ”にたとえ「相手がボールを持っている時は全員でボールを“狩り”に行く。猟犬を使って1匹のウサギを仕留めるように」と自らのプレッシング思想を表現している

 ポジショナルプレーを広範な概念だと主張する論者は2つを対立軸で語ることを避けるはずだ。しかし、ポジショナルプレーのスペイン的な解釈は、ストーミングの思想とは明らかに異なっている。現代フットボールにおいて様々な要素は混ざり合い、各チームが戦術的に共通点と相違点を持っている。だからこそ、比較方法や対立軸を慎重に定めていくことこそ、複雑化するフットボールを整理する鍵になるのではないだろうか。

Photos: Getty Images

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ストーミング戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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