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「マジック」ではなく「ロジック」。緻密過ぎるオランダ式のジレンマ

2020.08.28

『戦術リストランテVI』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#6

フットボリスタ初期から続く人気シリーズの書籍化最新作『戦術リストランテⅥ ストーミングvsポジショナルプレー 発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。

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 ハンス・オフトが日本代表監督の時、「オフト・マジック」と称賛されたが、オフト本人は「ロジックだ」と話していた。また、「基本を教えている」という論調に対しては「ディテールである」と反論している。基本の上に何かを乗せるのではなく、どれもゲームを構成する要素であって等価であるという考え方だった。

相容れないオフトとラモスの価値観

 トライアングル、スリーライン、コンパクトなど、わかりやすい英語で要点を絞ったオフト監督の指導は日本代表を一変させた。現象としては相手にボールを支配されるのではなく、支配できるようになったのが最も大きな変化だった。ある意味、典型的なオランダの指導者だと思う。

 ボールを中心とした技術と戦術。パズルの一部のようなディテールが組み合わさって全体が構成される。組み上げると調和が取れていて、整理されたチームは無駄なく力を発揮するようになる。まるで魔法のように効果が表れるが、実体は論理の塊だ。オフト監督が「マジックではなくロジック」と言ったのは謙遜ではなく、まさにその通りなのだ。

 オフト監督が日本代表で採用したのは主にオランダ式の[4-3-3]ではなく[4-4-2]だったが、中身はオランダ方式そのままである。当時は現在の5レーンではなく、4レーンの区分けだったが、例えば右から2番目のレーンにいる福田正博は1つ左または右には移動できるが2つ目は禁止だった。ポジションバランスは過不足なく調和が取れていなければならないからだ。

 「ヨーロッパの考え方は角がある」

 ラモス瑠偉はそのようなことを当時話していた。直線的でどこか「あそび」がない。硬直しているという感覚的な指摘だった。当初、ラモスはオフト監督に反発している。ラモスは直感的に全体を把握する高い能力を持つが論理はない。理詰めではオフトに敵わない。が、何かおかしいという感覚は2人が和解してからも持ち続けていた。ラモスは左サイドから右端まで行ってしまうMFで、所属クラブのペペ監督は「頭に地図が入っている」と全幅の信頼を寄せていたが、その地図はオフトとは相容れないところがあった。

 結局オフトはラモスを必要とし、ラモスもオフトと協調する他なかった。ある種、妥協的な2人の関係は最後のW杯予選イラク戦に集約的に表れている。ラモスのインスピレーションは日本を救いかけたが、オフトの論理から逸脱したポジショニングによってチーム自体はメルトダウンしている。オランダの論理は選手の粒がそろっていれば非常に効果的だが、突出して大きな個を扱うのにあまり向いていない。そのサンプルみたいな試合になっていた。

「異分子」を許容できないファン・ハール

 オランダ論理サッカーの権化のようなルイス・ファン・ハール監督は、ことごとくエースと衝突している。ファン・ロマン・リケルメとは水と油、フリスト・ストイチコフには拒絶され、リバウドともうまくいかなかった。オランダの指導者が全部そうではないのだが、ファン・ハールはその論理の緻密さと頑固さが相まって角が立ち過ぎていた。

 11個のボールは大きさが同じならば1つの袋にきれいに収まるが、1つ2つ大きさが違うと収まりが悪くなる。その「いびつさ」を許容できない監督は大きい方を排除してしまいがちだ。ファン・ハール監督は大きな粒がそろっていたアヤックス、小さな粒がそろっていたAZでは素晴らしかったが、バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドではチームを平板化させ硬直させてしまっていた。ある意味、真面目に仕事をし過ぎていた。

アヤックスの黄金時代を作ったファン・ハールだが、“兄弟クラブ”のバルセロナではスターの扱いで苦戦。その反面、若手の才能を見抜く目は確かで、バルセロナではシャビやイニエスタ、バイエルンではミュラーやアラバ、バドシュトゥバー、マンチェスター・ユナイテッドではラッシュフォードやリンガードを抜擢した

 マルセロ・ビエルサ監督はディテールを細分化して練習に落とし込み、組み上げてまとめる特異な手腕に定評がある。アルゼンチン人だがオランダ的だ。

 ファン・ハールのアヤックスを理想としていたのもうなずける。そして、やはり大きな個を組み込むのは得意ではない。ペップ・グアルディオラ監督はこのカテゴリーでは許容量の大きな方だが、リオネル・メッシが現在ほど大きな存在だったらうまくやれなかったかもしれない。

 すべて選手に任せてしまうなら監督はいらない。かつてブラジルのロナウドがバルサに在籍していた時、ボビー・ロブソン監督は「戦術はロナウド」と開き直っていた。これも1つの正解なのだが、勤勉に監督の仕事を遂行しようとすると、大き過ぎる才能を持てあますようになる。特に緻密なオランダ方式にとって才能は監督を試す壁になる。

 ブレンダン・ロジャーズ監督はレスターで粒のそろった選手を率いて調和の取れたチームを作っている。ここまでは選手の才能と戦術は相乗効果を上げているのだが、さらに進化しようとすればいずれ壁に直面するのだろう。さすがに全部の個を等しく大きくするのは無理なので、「いびつさ」と付き合わなければならないはずだ。レスターの躍進はマジックのようだが実体はロジックそのものである。巨大な個を獲得して、それをチームに組み込む時にこそマジックは必要とされる。

レスターをプレミア5位に導いたロジャーズ監督。チームをまとめ上げたその手法はオランダ的と呼べるものだった

Photos: Getty Images

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。