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ドルトムントにそびえ立ったコラー 恐竜は現代サッカーをどう見渡す?

2019.11.21

「ブンデスリーガだけでなくサッカー自体が大きく変わった」

Interview with
JAN KOLLER
ヤン・コラー
(元ドルトムントFW)

11月上旬、202cmの長身を生かしたポストプレーと打点の高いヘディングで2000年代前半の欧州サッカーシーンを彩ったドルトムントのレジェンド、ヤン・コラーが来日。ドルトムントのブンデスリーガ制覇、EURO2004でチェコ代表の快進撃に大きく貢献した“ディノ”(恐竜/コラーの愛称)の目に現代サッカーはどう映るのか? キャリアを振り返ってもらいながら、変わったもの、変わらないものについて語ってもらった。


――私たちは日本のフットボールメディアで(『月刊フットボリスタ第74号』を見せながら)この雑誌を発行しています。本日はよろしくお願いいたします。


 「マティアス・ザマーが載っているページもありますね。何を特集しているんだろう?」


――この号ではCBを特集しました。かつてドルトムントでプレーしたネベン・スボティッチのインタビューも掲載しています。


 「本当だ、ネベンもいますね(笑)」


――さっそくですが、今まで対峙した中で最も手ごわかったCBは誰でしょうか?


 「マルセル・デサイーとリオ・ファーディナンド。本当に手ごわかったです」

月刊フットボリスタ第74号に目を通しながらサインをしてくれたコラー


――では、敵味方問わず今まで同じピッチに立った中で最強のFWは?


 「ロナウドですね」


――“フェノメノ”(怪物)の方ですよね?


 「そうです。文字通りフェノメノでした(笑)」

02-03シーズンにCLの2次グループステージでロナウド擁するレアル・マドリーと激突したドルトムント。当時欧州王者の座に君臨した“銀河系軍団”を相手にコラーは2試合2ゴールを挙げた


――当時の現役選手から見ても突出した存在だったんですね。では、あらためて日本へようこそ。今回の来日の目的を教えてください。


 「ありがとうございます。今回はドルトムントの仕事で日本にやってきました。ドルトムントは日本との交流を深めるために、一昨年はラース・リッケン、昨年はカール・ハインツ・リードレロマン・バイデンフェラー、今年はパトリック・オボモイェラとドルトムントのOBで構成される『レジェンズチーム』を派遣しているんです。私もその一員として来日しました」

同じくレジェンズチームの一員であるバイデンフェラーはコラーの元チームメイト。18年に来日した際にはフットボリスタのインタビューに応えてくれた


――オボモイェラ氏には私も取材させていただきました。彼は2度目の来日だったそうですが、これで何度目の来日になりますか?


 「実は今回が初めてなんです。日本に到着したのはつい先日ですが、とても好印象を受けています。特に好きなのは日本の人々。みんなとても友好的だからです。名古屋にも行ってきましたが、その際に乗った新幹線もとても快適だった(笑)。今いる東京はいっそう混雑していて、とても忙しい街ですね」


――名古屋に行かれたのもお仕事でしょうか?


 「そうです。名古屋で運営しているドルトムント・サッカー・アカデミー(DSA)を視察してきました。日本の子供たちのフットボールに対する情熱がとても印象的でした。楽しそうにプレーしている姿を見て、私も幸せな気分になりましたよ」


――日本の子供たちのプレーにはどんな印象を受けましたか?


  「日本の子供たちは規律をしっかりと守ることができますし、技術的にとても優れています。しかもかなり敏捷性が高い。その中でも飛び抜けて機敏な子がいて驚きました。そして何よりも、フットボールへの情熱にあふれていたことが印象的でしたね」


――ドルトムントはそうした育成に力を入れているイメージが強いです。現在ユースチームでプレーしている選手で注目すべき逸材はいますか?


 「ムスファ・ムココですね。まだ14歳なのにU-19でプレーしているんですよ。雑音に耳を貸さないし、努力を惜しまない。すでにメンタル面で成熟しているので、次世代を担うことができると思います」

古巣ドルトムントの今昔話


――将来が楽しみですね。トップチームに話を移すと、今季のドルトムントをどのようにご覧になっていますか?


 「今季のブンデスリーガは混戦模様で、バイエルンだけでなく6、7チームが優勝争いに加わっています。現時点ではボルシアMGが首位に立っていますが、昨季以上に見ごたえがありますね。その中でドルトムントは序盤こそ苦戦が続きましたが、真価を発揮しつつある。これからは上位チーム相手に結果を残して自信を得ていくことが大切だと思います」


――今夏は新加入選手も多いですから、時間が必要でしょうね


 「そうですね。今季加わったニコ・シュルツやトルガン・アザールらには時間が必要ですが、彼らがチームのレベルを一段と引き上げてくれるに違いありません。そろそろ適応期間を終えて安定した活躍を見せてくれるのではないでしょうか」


――ルシアン・ファブレ監督の下では、パコ・アルカセル選手とマリオ・ゲッツェ選手が9番のポジションを争っていますが、かつて同じポジションでプレーした先輩としてどのように見守っていますか?


 「チーム内で競争があるのはいいことです。同じポジションに2人選手がいればその選手たちはもっと成長できますから。それに、2人とも異なる特徴を持った選手です。パコはボールを受けたらゴールを狙うクラシックな9番ですが、マリオはより10番に近いタイプ。少し下がってパスを出すこともできるので、相手に応じて使い分けられるでしょう」


――今季のドルトムントにはどんな期待をしていますか?


 「いつも最高の結果を期待していますよ(笑)。だから、リーグを制覇してほしいですね。バイエルンも今はそこまで良くないし、まだまだチャンスは転がっています。CLでは一戦一戦が決勝戦。決勝ラウンドに進めることを祈っています」


――あなたの現役時代に話を戻しましょう。ドルトムント時代は加入初年度(2001-02)に11ゴールを挙げ、リーグ優勝に貢献しましたよね。なぜそれほど早くブンデスリーガに適応できたのでしょうか?


 「1つは経験です。その前に母国のチェコからベルギーへ移って5年間プレーしていましたから、そこで適応力を身につけることができたんです。異国でプレーするということがどういうことか理解できていたことが大きかったですね。もう1つはチームメイトと監督の存在ですよ。ユルゲン・コーラーやザマー監督が温かくチームに迎え入れてくれました。特にユルゲンは私のアイドルで、ユベントスでも活躍していたしドイツ代表でも世界王者に輝いていた。それだけ経験豊富な彼がチームの案内役を買って出てくれたんです。今では良き友人の1人ですよ」


――当時プレーされる中で、 ブンデスリーガにどのような印象を受けていましたか?


 「ブンデスリーガはプレーするのがとても難しいリーグ。実力的にも欧州でトップレベルのリーグですし、ピッチ外でもメディアからの重圧が凄まじい。フットボール選手はいつもメディアの標的になってしまうんです。ドイツで最も人気のあるスポーツとして、選手にもリーグ全体にも大きな重圧がのしかかる。メンタル的にもフィジカル的にも難しいリーグですね」


――昔と比べて現在のブンデスリーガはどのように変化しているのでしょうか?


 「大前提としてフットボールという競技そのものが大きく変化しています。よりアスリート性が求められているので激しく動かないといけませんし、技術面でも要求が高くなっています。ピッチ外ではメディアからの重圧もいっそう強まっていますし、市場も拡大してビジネス化が進んでいる。15年前と比べてフットボールは一変していますね」


――ドルトムントでの最高の思い出は何でしょう?


 「やはりドイツ王者に輝いたシーズンですね。前線でともにプレーしていたエベルトンが試合終了16分前に優勝を決定づける逆転弾を決め、スタジアム全体が喜びを爆発させたんです。ファンも雰囲気も最高でしたね」

01-02シーズンのブンデスリーガを席巻したコラー(右から1人目)、アモローゾ(右から2人目)、エベルトン(右から3人目)のトリオ


――ドルトムントはそうした熱いファンも象徴的ですよね。


 「ドルトムントに住む人々全員にとってフットボールは最優先事項なんです。私にとってドルトムントのファンは世界最高のファンです。“イエローウォール”と呼ばれる素晴らしい雰囲気を作り出してくれますからね。南スタンドでは2万5千人ものファンが一気に感情を爆発させるんです」


――アウェイでも熱いですよね。先日敵地で行われたルールダービー(同じくルール地方に本拠地を置くシャルケとの一戦)でも大勢のファンが駆けつけていました。


 「シャルケとの対戦はいつだって独特の雰囲気に包まれます。いつも苦戦を強いられるんです。もしかすると、バイエルンとの対戦よりも厳しいかもしれません。とにかくファンの敵対心が凄まじいんです。近年ではドルトムントの方が結果を残しているので、ドルトムントがいつもバイエルンに対してモチベーション高く挑んでいるように、シャルケもドルトムントに対して特別なモチベーションを抱いているのではないでしょうか」

10月末に敵地で行われたルールダービーにも大勢のドルトムントサポーターが駆けつけている

「選手にとっては本当に難しい時代になったけど……」


――ここからは代表キャリアを振り返りましょう。2004年には日本代表と対戦していますが、覚えていますか?


 「確か0-1で負けた試合ですよね? 覚えていたくない思い出だから忘れていました(笑)。EURO2004に向けていい準備になりましたね」


――そのEURO2004ではチェコ代表の一員としてベスト4進出に貢献しています。躍進の秘訣は何だったのでしょうか?


 「当時はチーム一丸となっていて、雰囲気も素晴らしかったです。パベル・ネドベド、カレル・ポボルスキ、ペトル・チェフ、トマシュ・ロシツキー……そうそうたる顔ぶれがそろっていましたし、一人ひとりが優れたパーソナリティを発揮していたおかげで成功できました。決定的だったのは、彼らのようなスーパースターも含めてチームが一体となっていたこと。すでに彼らはお金や名声を勝ち獲っていましたが、チームの一員として身を捧げていたんです。私たちをまとめていたカレル・ブリュックナー監督の存在も大きかったですね。彼はかなりの戦略家だったので。今でも決勝に進めなかったことが悔やまれます」

当時のチェコ代表にはコラー(後列左から1人目)、チェフ(同列左から3人目)、ポボルスキ(前列左から1人目)、ネドベド(同列左から3人目)、ロシツキー(同列右から3人目)ら豪華メンバーがずらり


――ブリュックナー氏は日本でも知将として知られています。あなたから見てどんな人物でしたか?


 「懐の大きい人でしたね。戦略家としての一面だけでなく、心理学者としての一面もあったんです。たくさん話しかけてくれて、私たちの感情を理解してくれる。人心掌握術に長けていましたよ」


――EURO2004ではあなたのポストプレーが猛威を振るいましたよね。


 「それが私の役割でしたからね。自分の高さと強さを生かすことがチームの戦術となっていたんです。まずは私がロングパスを収め、ネドベドやロシツキーにボールを渡すことで攻撃が始まる。でも、この戦術は現代フットボールでは機能しないでしょう。FWには一切スペースが与えられませんし、展開が恐ろしく速くなっていますから」


――当時は役割がかなり明確だったと。


 「その通りです。ドルトムントでも私がボールを収めて周りの選手にパスを出すことが求められていました」


――ただ、現代フットボールではポストプレーを専門とするFWは少ないですよね。一人の選手が複数の役割を担うことが当たり前となってきていますから。


 「個人的には今も昔も一つの役割に集中させて、やるべきことを明確にした方がいいと思いますが、もうそれでは現代フットボールについていけないでしょう。一人のフットボールファンとしても、一人の選手が当然のように複数の役割をこなす様子を興味深く見ています。今の選手たちは次に起こる状況を予測しながら即座に対応していきますから凄いですね。例えば先日のドルトムント対インテルでは解説を務めさせてもらいましたが、アクラフ・ハキムの戦術的柔軟性には驚きました。右SBのポジションでプレーしながら2ゴールを決めていたくらいです。選手にとっては本当に難しい時代になりましたが、ファンにとってはより楽しめるフットボールになったでしょうね」


――解説者もされているのですね。スカウトもされていたとうかがいましたが、現在はどんなお仕事をされているのでしょうか?


 「3年前までスカウトとして働いていましたが、ここ2年間はU-19チェコ代表のアンバサダーを務めています。仕事の中で現場に立って指導に携わることもありますね」


――第一線でプレーするだけでなくスカウトもされていたので様々な選手をご覧になられていたと思いますが、平凡な選手と特別な選手の違いは何でしょうか?


 「大きな違いはインテリジェンスにあります。インテリジェンスは頭だけでなく心にもあるんです。クリスティアーノ・ロナウドは最高のお手本でしょう。彼は技術や戦術理解度でずば抜けているだけでなく、メンタリティがとてつもないんです。それこそが別格の選手たるゆえんですよ。彼は数多くのタイトルを勝ち獲っている名実ともに世界最高の選手ですが、他の選手以上に努力を惜しまない。今はユベントスで副会長をやっているネドベドも『ロナウドは誰よりもハードワークしているんだ!』と明かしていましたね」

現ユベントス副会長のネドベドが絶賛していたというロナウド(右)。その飽くなき向上心は34歳となった今も衰えを知らない


――現在はU-19チェコ代表でアンバサダーを務められているとのことですが、年頃の選手をマネジメントするのは大変ではないでしょうか?


 「U-19チームをマネジメントするということは、単にスケジュールを作ればいいということではありません。一番の仕事は彼らとコミュニケーションを取ることです。フットボールだけでなく人生を語り合い、選手とチームを繋ぐ架け橋になることが重要なんです」


――一人の人間として接することが大切なんですね。今はドルトムントのOBとして来日されているわけですが、一番楽しみにされていることは何でしょう?


 「食事ですね(笑)」


――ここまで食べた中で一番おいしかった物は何でしょうか?


 「寿司と天ぷらです。一日中食べていても飽きないでしょうね(笑)」


――ぜひ、他の日本食にも挑戦してみてください(笑)。では最後に、日本の熱心なドルトムントファンに向けてメッセージをお願いします。


 「日本はとても温かく私を迎え入れてくれたので、ドルトムントでお返しがしたいです。私たちはいつでも大歓迎ですのでぜひドルトムントにいらしてください。これからも日本とドルトムントやブンデスリーガの絆を深めていければいいですね」


――また日本にいらしてください! 本日はありがとうございました。

Jan KOLLER
ヤン・コラー

(元ドルトムントFW)
1973.3.30(46歳) FW CZECH

PLAYING CAREER
1994-96 Sparta Praha
1996-99 Lokeren (BEL)
1999-01 Anderlecht (BEL)
2001-06 Dortmund (GER)
2006-08 Monaco (FRA)
2008      Nürnberg (GER)
2008-09 Krylia Sovetov (RUS)
2009-11 Cannes (FRA)

チェコ・南ボヘミア州出身。94年に母国の名門スパルタ・プラハでFWとしてキャリアをスタートすると、96年にはベルギーのロケレンへ移籍した。98-99シーズンにリーグ戦33試合で24得点を挙げて得点王に輝き、強豪アンデルレヒトへステップアップ。99年のチェコ最優秀選手にも選出された。01年にドルトムントへ加わり、初年度から11ゴールを挙げてブンデスリーガ制覇に貢献。その後はモナコ、ニュルンベルク、クリリア・ソベトフ、カンヌを経て11年に現役を退いた。チェコ代表ではEURO2004でのベスト4進出、06年のW杯本大会出場の原動力となり、歴代最多となる55得点を記録。現在はU-19チェコ代表でアンバサダーを務めている。


Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images

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ドルトムントヤン・コラー文化

Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。