SPECIAL

筆頭はペップ以上の原理主義者 『バルセロナ・レガシー』次代の継ぎ手

2019.09.24

近代サッカーの成立からおよそ1世紀半。時代とともに進化を遂げてきたサッカー戦術の歴史を紐解けば、いくつかのターニングポイントが存在する。中でもヨハン・クライフによって確立されたボール中心のスタイルは、彼が選手として、監督としてそのイズムを体現したバルセロナを中心に現代まで受け継がれている。

ペップ・グアルディオラを筆頭とした信奉者から、ルイス・ファン・ハールやジョゼ・モウリーニョのように袂を分かった者まで――バルセロナを舞台に、クライフ哲学の申し子たちによって連綿と紡がれてきたサッカースタイルをめぐる熾烈な闘争。

9月21日に発売となった『バルセロナ・レガシー』ではその“スタイル抗争”の「過去」と「現在」を、博覧強記の世界的サッカー史家ジョナサン・ウィルソンが丹念に記すとともに、フットボリスタでもおなじみ戦術分析の“日本代表”西部謙司さんが解説している。

今回はその西部さんに本書の「未来」、今まさにサッカー戦術史を牽引するグアルディオラや対抗勢力モウリーニョの次に『バルセロナ・レガシー』を担うのは誰になるのか、所感を綴ってもらった。

文 西部謙司

直系=シャビ・エルナンデス

 オランダのアヤックスで産まれたトータルフットボールにも遠い祖先がいる。生みの親とされているリヌス・ミケルス監督は「我われの前にはブンダーチームがあった」と話している。

サッカー史に名を残す名将リヌス・ミケルス
トータルフットボールの“開祖”リヌス・ミケルス

 ブンダーチームとは1930年代にヨーロッパ最強だったオーストリア代表のことだ。ただ、1928年生まれのミケルスがこの時のオーストリアを直接見ていたわけではないだろう。ミケルスを出発点とすると、ミケルスのチームでエースだったヨハン・クライフがその継承者である。

“ドリームチーム”と称されるバルセロナを作り上げたヨハン・クライフ

 クライフ監督はトータルフットボールを整理し、より洗練された形で進化させ、バルセロナでドリームチームを作り上げた。第3の継承者は、そのドリームチームの中心だったジョゼップ・グアルディオラだ。

バルセロナ時代のジョセップ・グアルディオラ(中央)

 グアルディオラ監督は、クライフの理想をより鮮明に具現化した。ドリームチームは素晴らしいプレーを披露しのちのペップ・バルサの土台になっているが、ペップはドリームチームを再現させたわけではない。ペップは自らを「ラファエロの弟子」と言っている。クライフ(=ラファエロ)のデッサンを工房の弟子として完成させたに過ぎないという謙遜だが、クライフの原画は色もついておらずラフスケッチに近かったとも言える。クライフ監督の時代には実現できなかったことを、グアルディオラ監督は現実のものとしたわけだ。

 では、グアルディオラを継ぐ者は誰なのか。

 おそらくシャビ・エルナンデスなのだと思う。クライフ監督のチームでプレーしたグアルディオラが後継者になったように、グアルディオラ監督のチームの選手が後を継ぐとすればシャビが一番手だ。バルサの後にカタールでプレーしたのもグアルディオラと同じである。2019年からはアルサッドの監督を務めている。

 洗練されたパスワークのスタイルは、その真髄を極めたクライフ、グアルディオラ、シャビにリレーされるのがふさわしい。監督としてのシャビはまだキャリアをスタートさせたばかりだが、その発言にはすでにこのスタイルの正統継承者らしいところがうかがえる。ペップよりもむしろクライフに近いかもしれない。隔世遺伝ということだろうか。

「(インサイドMFでプレーするなら)360度ターンしながら周囲を見られること」

 現役時代のシャビは「カラコーレス」と呼ばれるターンがトレードマークだった。ちなみにカラコーレスとは有名な舞踊で、その演目にカタツムリ(カラコーレス)売りが出てくるところから呼ばれているらしいが、シャビはボールをコントロールしながら旋回し、相手をきりきり舞いさせるプレーが得意だった。360度回ってしまえば元に戻ってしまうのだが、それは置いておいて(こういう比喩もクライフと似ているのだが)、ボールを足につけたまま周囲を見ることができるかどうかで、インテリオール(インサイドMF)でプレーできるかどうかが決まるという見方は、ペップよりもクライフ的だと思う。

バルセロナ時代のシャビ・エルナンデス
足下にボールを置きつつ周囲の状況を視認するシャビ。群を抜く認知力と、思い描いたプレーを精緻な技術によって具現化してみせる実行力でゲームを支配した

 クライフは机上の理論より常に実践を重んじた。まずは技術、さらに技術。ペップはそれに比べると、やや机上論も導入している。バイエルンではトレーニングフィールドに線を引いて5つに区切り、「5レーン」の戦術理論を選手に理解させていた。たぶんバルサでそれはやっていないが、バイエルンの選手たちに短期間でトータルフットボールを仕込むには、技術だけに頼っていたら時間切れになると考えたのだろう。

 クライフは対戦相手のビデオ分析を「退屈だから」という理由でコーチングスタッフに丸投げしていたが、ペップは周到に対戦相手を研究する。両者の性格の違いと言えばそうなのだろう。

 ではシャビがどちらかと言うと、クライフの方に近い気がする。選手としてのペップとシャビは酷似しているが、シャビの方がよりインスピレーションと大胆さがあった。守備的な対戦相手に対して、「フットボールをしていない」とバッサリ切り捨ててしまうところもペップよりクライフに近い。ペップとシャビはどちらもカンテラ育ちでバルサ原理主義者だが、シャビの方が「濃い」印象がある。

 後継者は前任者の良いところを受け継ぎながら、口には出さなくても前任者を反面教師とする部分もある。ペップは、クライフの天才ゆえのわかりにくさを、より選手たちに消化しやすいものにした。シャビもペップを反面教師にするだろうが、クライフとは接点がない。流れている「血」は同じなので、シャビは父(ペップ)より祖父(クライフ)に似るのではないかと思っている。

シャビ・エルナンデスとジョセップ・グアルディオラ
今まさに戦術の進化を牽引するグアルディオラと、監督として歩み始めたばかりのシャビ。2人が指揮官として相まみえる日はそう遠くないかもしれない

傍流、似て非なる者の末裔

 トータルフットボールにはバルセロナ以外の系譜もある。アヤックスはいわば本家であり、クライフ直系の後継者としてはフランク・ライカールトとマルコ・ファン・バステンがいた。クライフはファン・バステンを高く評価していたが、オランダ代表とアヤックスでの監督業は失敗続きだった。ライカールトはバルセロナの監督として成功し、グアルディオラにバトンを渡しているが、クライフの後継者と言えるほどの成功は収めていない。ファン・バステンはクライフの欠点ばかりが似ていて、ライカールトは逆にクライフを反面教師にしたのか、もともと性格が違い過ぎるのか、監督としてまったく似ていない。2人ともフットボール哲学は継承しているが、言ってしまえばそれだけである。

 アヤックスの系譜としては、クライフに似て非なる者だったルイス・ファン・ハール監督の後継者たちがいる。フランク・デ・ブール、ダニー・ブリントなどがそうだが、成功者はもう少し遠い「親戚」になる。

 ファン・ハールのアヤックス時代のスタイルに感銘を受け、独自に研究して発展させたマルセロ・ビエルサは、言わばペップの同志とも言える関係だった。そのビエルサの直系がマウリシオ・ポチェッティーノだ。ポチェッティーノはペップの後継者というよりライバルだが、フットボールの血統としては遠い親戚とも言えるかもしれない。

 ペップの最大のライバルであるユルゲン・クロップも、実はかなり遠いが親戚筋と言えないこともない。クロップ監督の志向するスタイルはペップとはまったく違うが、クロップの高インテンシティのフットボールの源流であるミランのプレッシングは、もともとオランダやアヤックスのトータルフットボールを範としているからだ。

ユルゲン・クロップとマウリシオ・ポチェッティーノ
戦術史をたどってみると、意外にもバルセロナの系譜の“遠縁”に当たるというクロップとポチェッティーノ

 ミランでゾーンディフェンスとプレッシングを組み合わせたアリーゴ・サッキ監督は、「我われの前には1950年代のハンガリー、1970年代のオランダとアヤックス、1980年代のリバプールがあった」と、ミケルスと同じようなことを言っている。ただ、サッキがトータルフットボールの守備から着想を得たのは本当だろうが、形としてはリバプールのイングランド型[4-4-2]を踏襲していた。

 ファン・ハールを独自解釈したビエルサと同じく直系ではなく、ビエルサがファン・ハールに近いフットボールを作ったのに比べると、サッキのスタイルはミケルスとはかなり違う。クライフのバルサにおける戦術は同時代の主流だったプレッシングのアンチテーゼであり、サッキのスタイルは位置づけとしては対極なのだ。

 サッキのDNAは広く世界に流布したので誰が直系とは言いがたいが、ドイツではラルフ・ラングニックがサッキ流の信奉者であり、多くのドイツ人指導者はラングニックの影響を受け、クロップもその1人だ。クロップのゲーゲンプレッシングはサッキ流を受け継いだものであると同時に、ペップのバルサの守備を参考にしている。守備のアイディアの元が同じなので、これは不思議なことではない。そしてクロップのチームの出来上がりがペップとは対照的なのもまた自然である。

 シャビのライバルとしては、RBライプツィヒのユリアン・ナーゲルスマン監督が有力かもしれない。20歳で現役引退、選手としてのキャリアはないに等しい。この経歴はサッキやラングニックと同じで、クライフ、ペップ、シャビとは正反対だ。「ラップトップ世代」きっての理論派。ペップのスタイルを信奉していながら、サッキ流の後継者であるラングニックの後釜という複雑な関係性もシャビのライバルらしい。近親憎悪的だったファン・ハールやジョゼ・モウリーニョの色も帯びつつ、現在ペップの天敵であるクロップのように、シャビに対抗していきそうなプロフィールの持ち主である。

RBライプツィヒのユリアン・ナーゲルスマン監督
今季からRBライプツィヒを率いるナーゲルスマン。現チームでプレッシングとポゼッションの融合を目指している気鋭の指揮官が『バルセロナ・レガシー』の対抗勢力となっていくのだろうか

◯ ◯ ◯

「原典」クライフ、そして後継者たちによる攻防の歴史を詳らかにする超大作!

『バルセロナ・レガシー』

<商品詳細・購入はこちら>

Photos: Getty Images

プレミア会員になってもっとfootballistaを楽しもう!

プレミア会員 3つの特典

有料記事が読める

動画が観られる

雑誌最新号が届く

「footballista」最新号

フットボリスタ 2020年11月号 Issue081

高度化するピッチ外の戦い。FFPを軸にモダンになったクラブ経営を読み解く。 特集➀FFPを理解するためのサッカーファイナンス入門。 特集②20-21欧州展望。新時代を切り開く戦術家たち

10日間無料キャンペーン実施中

TAG

シャビ・エルナンデスバルセロナ

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。