SPECIAL

サッカーとフットサルの融合 AFC U-20フットサル選手権優勝をもたらしたもの

2019.09.06

イランで開催されたAFC U-20フットサル選手権で悲願の初優勝を成し遂げた日本代表。同代表の特徴の1つとして普段はサッカーをプレーしている選手を招集している点が挙げられる。そこにはどのような狙いがあったのか。自身も大学までサッカーをプレー後、フットサル界に挑戦した経歴を持つ鈴木隆二監督が考えるチームマネジメントとは。

 U-20日本代表がアジアの頂点に立った。

 U-20フットサルのアジア選手権が6月にイランで行われ、日本はタジキスタン(3-1)、ベトナム(2-1)、イラク(2-0)、イラン(8-4)、アフガニスタン(3-1)を倒して優勝。日本フットサル界にとって、史上初の快挙だ。この結果を手繰り寄せた大きな要因のひとつに鈴木隆二監督の手腕がある。

 鈴木監督は「アジア選手権で優勝できて、大変満足しています。優勝できた要因はいろいろあると思いますが、やはり多くの人々の支援が一番の要因だったのではないかと。日本フットサル界の強化、育成に携わってくださるすべての関係者の皆さんの日頃からの積みあげの成果だと思っています。改めてコーチングスタッフをはじめ、応援メッセージをくださったサポーターの皆様、選手達、関わってくださった皆様の成果であることを確認し、支えてくださったことにお礼を伝えたいと思います」と大会を振り返っている。

 2016年8月に、U-19日本代表の監督に就任した鈴木監督は「サッカーとフットサルの融合」を大きなチームコンセプトとして掲げてきた。

 「(U-19フットサル日本代表の)チームを編成するとき、(監督就任前に指導していた)スペインと異なった育成環境を持っている日本では、独自のプロジェクトを持つべきだと考えました。つまり、リーグ戦がなく、普段試合の出場機会をあまり持てていないフットサルプロパーの選手たちだけでは日本代表を組むのは無理があると思ったのです。それでサッカーからフットサルプロパーの選手が持っていない、ポテンシャルの高い選手に入ってもらい、フットサルと融合させてみたいと思いました。当然、サッカーの選手はフットサルの技術、戦術面で課題はあります。でも、逆にサッカーをやってきた選手がフットサル選手に優位に立てるものもあると感じたのです。それを発信する必要があると思いました」とその意図を説明する。

 サッカー選手がフットサルの選手に対して優位に立てるものとは何だろうか。第一に、フィジカルベースの高さが挙げられる。サッカーとフットサルで必要なフィジカルは異なるが、サッカー選手がフットサルに必要なクイックネスやアジリティに特化したトレーニングを行うことで、身体のコーディネーションが向上する。変化には苦労が伴うものの、元来のフィジカルベースが生きてフットサルプロパーの選手を上回る可能性が十分にある。

 また、時空間認知能力が高いサッカー選手がフットサルに移ることで、より力を発揮するということが起こっている。11対11の状況で鍛えられた選手が、5対5のフットサルでその能力をサッカー以上に引き出されるのだ。

 「ただ、サッカーとフットサルの融合が必要だと感じた時から3年が経ちました。今年(2019年度)の第6回全日本U-18フットサル選手権では、Fリーグの下部組織のチームが上位3チームを占め、サッカーのチームが優勝しない初めての大会となりました。フットサルのチームの競争力が上がってきた結果です。そうなると今度は、サッカーのチームの方がどうしたらフットサルのチームより優位に立てるか考えるようになりますね。そういう経過を経ながら、日本独自のサッカーとフットサルの融合が進み、フットボールの文化が深まっていくのではないでしょうか」

サッカーとフットサルの融合意図を語る鈴木監督

サッカーとフットサルの融合

 今大会、U-20フットサル代表には大塚尋斗、本石猛裕など普段はサッカー部に所属する選手や長くサッカーをプレーしてきた選手が招集されている。

 大塚尋斗は矢板中央高校サッカー部在籍時に全日本U-18フットサル選手権に参加し、19得点を記録した活躍が認められ、U-19フットサル日本代表に招集された。しかし、当初は戸惑いもあったようだ。「最初は『なんで?』と思いました。フットサルの戦術も分からないですし。サッカーからフットサルに行くのは自分の中で想像できなかったので不安もありましたが、隆二さんから必要だと言われて(鈴木)隆二さんには何かしら狙いがあったはずで、それに自分が必要ならば挑戦しようと」とは大塚の弁だ。

 フットサルに転向してアジリティの面で苦労したという大塚だが、今大会では持ち前の体の強さを発揮した。開幕戦のタジキスタン戦と最難関だった準決勝イラン戦では得点を挙げている。球際の強さ、肉弾戦で戦っていけると手応えを得ていた。

 鈴木監督は、大塚について「左利きのピヴォで、フィジカルベースが高くて、体が大きくて、シュートが強い。現在の日本フットサル界で、僕が不足していると考えるプロファイルを、彼は持っていた。ただ、サッカーをプレーしてきた選手なのでフットサル面での課題もあります。ひとつは、ピヴォとしてパスを受けるタイミング。パスラインを読む能力を高めることが必要でした。もうひとつは守備。ボールホルダーに激しく寄せながらも裏を取られない高いクイックネスを求めました」と語る。

 フットサルへの適応に苦しんだものの大塚のような左利きのピヴォはフットサル界では少なく、貴重な存在だ。右利きのフィクソや右利きのアラとしては左利きのピヴォにはボールを当てやすいからだ。課題であったフットサル選手として求められるクイックネスも身に付け、アジア選手権ではイラン戦以外で失点を1点以下に抑えている。

現在は法政大学に所属する大塚尋斗選手 ©JFA

 本石猛裕はフットサル大会出場時に鈴木監督の目に留まり、代表招集された。「(鈴木)隆二さんからは『日本人にはない体格だから』と言われました。呼ばれたからには頑張ろうと思いましたけど、最初の合宿で心が折れそうになりました。サッカーとフットサルはまったく違うスポーツだったので。サッカーは曖昧にできるところがあるんですけど、フットサルはそうはいかない」と当時を振り返る。

 サッカーとフットサルの異なる戦術やピッチの狭さに当惑しながらも、本石は少しずつ順応していき、ピヴォとしてチームに欠かせない存在になった。「(海外の選手と戦う時に)まだ対人に課題が残ります」と語るが、恵まれた体躯を生かして前線で起点になった。イラン戦では、終了間際にPKを決めて延長戦に持ち込む貴重な同点ゴールを記録。フットサル選手として、ひとつ壁を打ち破った。

 「右利きのピヴォとして、身体の優れたコーディネーション、パワー、スピードが備わっていました。それと怒りっぽい性格に強い関心を持ちました。点が入らない時や、ピヴォにボールが当てられないと、彼はすごくイライラした感情を表に出す。そのことは得点を決めるポジションの選手には必要だというのが僕の見解です。本石選手は重要な選手になる条件を備えている。将来的には日本代表のピヴォを担う選手になってくれる可能性を感じました」と鈴木監督は期待を口にする。

鈴木監督から高いポテンシャルを評価される本石猛裕選手©JFA

 日本では、フットサルの育成年代でリーグ戦がまだ普及していない。フットサルプロパーの選手が、戦術面で優位性を示す。あるいは、サッカーの選手が、フィジカルベースで優る。競争することで相乗効果がもたらされる。鈴木監督が描くフットサルとサッカー融合のビジョン。当初は批判もあったようだが、アジア選手権の優勝で判断が正しかったことを証明して見せた。

 サッカーとフットサルを融合させる流れはできた。今後、大塚や本石のような例は増えるだろう。フィジカルベースや戦術理解における優位性だけではなく、サッカー選手とフットサル選手の比較や競争を通じて新たな発見がされるかもしれない。その挑戦はこれからも続いていく。

Ryuji SUZUKI
鈴木 隆二

1979年5月7日生まれ。東京都出身。小学校でサッカーを始め、大学卒業後フットサルへ転向。2005年フットサル日本代表に選出。日本、スペインでプロ選手としてプレー。スペインサッカー協会フットサル指導者資格トップレベル3取得。14年以降スペイン2部Bリーグ監督、育成年代監督、U-12,14カタルーニャ州選抜コーチ。16年U-19フットサル日本代表監督就任、フットサル日本代表監督(暫定)も務めた。

Photos: ©JFA

TAG

戦術鈴木隆二

Profile

森田 泰史

東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。カンプノウでメッシの5人抜きを目の当たりにして衝撃を受ける。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。過去・現在の投稿媒体は『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』等。『Foot! MARTES』出演。