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「パスソナー」サッカー界の外で進化する新概念が可視化する世界

2019.08.16

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 フットボール統計の世界は飛躍的な進歩を遂げており、多くのクラブがデータ分析の有用性を認めている。デンマークではミッティランが統計学的な手法を取り入れ、データ分析のパイオニアとなる。先鋭的な取り組みを続ける彼らは「フットボール版マネーボール」と称され、データ革命における成功例を示した。フットボール分析サイト『StatsBomb』のCEOを務めるアメリカ人テッド・ナットソンは「フットボール界におけるデータ分析の活用は、始まりに過ぎない」と主張する。多くのクラブがデータアナリストを雇用する中で、重要となっているのが「データの提示方法」だ。明確にデータ分析から読み解くべき意図を伝えるのは簡単ではなく、分析の活用に苦慮しているクラブも少なくない。

「ゴール期待値」と「パスマップ」による変化

 以前もこの連載で取り上げた「ゴール期待値(xG)」は、すでに『BBC』のハイライト番組「マッチ・オブ・ザ・デイ」や『スカイスポーツ』の「マンデー・ナイト・フットボール」にも導入されており、一般の視聴者にとっても身近な分析になりつつある。従来のデータ分析との大きな違いは、シュートの位置や回数が「一目瞭然」ということだろう。単なる数値の羅列ではなく、ピッチ図上に描かれた点の大きさと位置でシュートの「期待値」や「位置」を示す形式は、従来から重視されているポゼッション率と比べても視覚的であり、スムーズな理解を可能にする。

 そのような「図示」が重要視されていく流れの中で、フットボール分析の世界で注目を浴びているのが「パスマップ」だろう。これは端的に説明すれば、パスの出し手となる選手と受け手となる選手の位置関係や、選手間でのパス本数などを含む情報をピッチ図に示したものである。このパスマップにもいくつかの種類があり、おそらく最初に使われ始めたのが「1本ずつのパスを矢印で表したマップ」だ。これは動き回る選手が点として表示されており、それぞれのパスが矢印で表現されている。

 ただし、この方法では特定の選手間で交換されたパスを表すことが難しかった。さらに発展したパスマップは、イタリアの現代的なWEBメディアとして知られている『ウルティオ・ウオモ』の記事でも散見される「平均的な選手のポジションを示しながら、選手間のパス本数を線や矢印の太さによって可視化したマップ」だ。このスタイルのパスマップが使われるようになったことで、チームのパスネットワークが明確化。どのゾーンで多くのパスが交換されているかが明確になったのは、ビルドアップや攻撃面の分析などに活用されるようになっていく。

『ウルティモ・ウオモ』の分析において用いれらているパスマップ

 もう1つは、パスの方向性が矢印で区別されているものだ。これは太さの違う矢印を使いながらも「A→Bのパス」と「B→Aのパス」を明確化している。フットボールにおいて「チームの攻撃」の核となるパスネットワークの分析に注目が集まっていくのは、ポジショナルプレーのような原則が注目されていくことに伴う自明の理だったのかもしれない。

 前述した「ゴール期待値」と同様に、「パス期待値」というものも存在する。これは主要因として「シュートを撃つ位置」からゴールの期待値を算出しようとする「ゴール期待値」よりも若干複雑な概念だ。ピッチを複数のエリアに区切り、「エリアAからエリアBへのパス」の期待値を各エリアで算出。このようなパス期待値によって、チームや選手が「期待値を超えるだけのパスを繋いでいるのか?」という疑問に答えていく。パスの中でも比較的データ量が少なくて済み、数値化が容易なのは「アシストパス」だろう。ゴールに繋がりやすいパスの種類を分析し、期待値を算出するのが「アシスト期待値(xA)」。同様に、チャンスを創出するパスを数値化した「パススコア」という手法も使われている。

薬学部の講師が「野球」から発想したアイディア

 そのようなパスデータ分析において、新たなる手法として開発されたのが「パスソナー」だ。このアイディアを最初に編み出したのが、エリオット・マッキンリー。テネシー州のバンダービルト大学で薬学と哲学の学位を取得し、現在は同大学で薬学部の講師として働いている青年は、フットボールのデータ分析を愛している。彼は野球の分析における「外野手の方向によるプレー精度」に注目。野球の外野手に「平均値よりも広い範囲をカバー可能な方向と平均よりも狭い範囲しかカバーできない方向が存在する」ように、サッカー選手にも「得意とするパス方向」があると考えたのだ。

 これを彼は、Directional Passes Over Expected(DPOE)と名づけた。日本語にすると、「期待値以上の数値を記録するパス方向」となる。シアトルのデータ分析家マティアス・クロバツが作成した「パス期待値」のデータを使用し、マッキンリーは「図示」に挑んでいく。DPOEも面白い概念だが、より「シンプルな可視化」に成功したのが「パスソナー」だろう。魚群を探知するソナーのように、選手の周囲となる360°の範囲を表現した円を「60°」ごととなる6つのエリアに分割。平均となるパス距離を色で表し、頻度を長さで表現している。言葉で説明するよりも、具体的に見てもらった方がいいだろう。

 欧州フットボールを「パスソナー」から解読する試みに挑んでいるのが、パリ在住のブノワ・ピンポー。彼の本職は、フランスのインテリア専門店メゾン・デュ・モンドのデータアナリスト。サッカーとは無関係の分野で働きながら、趣味とは思えないレベルの分析データを提供している。

ピンポー氏が自らのTwitterアカウントに投稿した、昨季CL決勝を戦ったトッテナムとリバプールのパスソナーとパスネットワーク図

 上の投稿の2枚目の画像は、18-19シーズンのCLで栄冠を勝ち獲ったリバプールの決勝における「パスソナー」を図示したものだ。興味深いことに、右サイドのモハメド・サラーは縦方向へのパスが皆無に近い。高い位置に残るようなポジションを保っており、前に走り込む味方とは絡んでいないことがわかるだろう。対照的に全方向にパスを供給しているのが、前線のロベルト・フィルミーノ。非常にバランス良く、全方向にパスを散らしており「影の司令塔」としての役割を完遂。サディオ・マネがプレーする左サイドへのパスだけが唯一、距離が長いパスになっているのも特徴的だ。つまり、マネはフィルミーノと比較的離れた位置関係でプレーしていたことも見えてくる。DFラインでは、フィルジル・ファン・ダイクからサラーの背後を狙うようなロングボールが増えていたようだ。マティプは高い確率で、相方となったファン・ダイクへの横パスを選択している。リスクを避ける目的で、ファビーニョの横に下がってくる場面が目立ったワイナルドゥムは印象通り、SB方向へのバックパスが目立つ。

マンチェスター・シティの18-19プレミアリーグにおけるパスソナー図

 マンチェスター・シティのシーズンを通した「パスソナー」も示唆に富む。特にラヒーム・スターリングベルナルド・シルバといった「万能型」のアタッカーと、レロイ・サネやリヤド・マレズのような「ウイング型」のアタッカーに、大きな差があることは歴然だ。マレズやサネはパスの方向が内側に偏っているが、スターリングやB.シルバは全方向にボールを散らせており、特にスターリングはセントラルMFに近いデータになっている。ペップ・グアルディオラの指導で「周囲を使うスキル」を飛躍的に向上させたセルヒオ・アグエロも、左右に散らすようなパスを積極的に狙っている。斜め前の方向にはショートパスを繋ぎながら、縦や横方向にはミドル・ロングレンジのパスを使っていくイルカイ・ギュンドアンのパスマップも象徴的で、18-19はバランサーとしての意識を高めていたことがわかるだろう。

 また、データによって可視化される意外な事実として、ジョン・ストーンズはアイメリク・ラポルトよりも「長いレンジの縦パス」を狙う傾向にある。伝家の宝刀としての「くさびの縦パス」が印象的なラポルトだが、実際は中~短距離のパスが多いのだ。このようにデータは我われの印象を補足しながら、時には新たな発見へと導いてくれる。

 データ分析の世界は、統計学のアカデミックな知見によって支えられている。データ愛好家がそろうアメリカは「新たなる分析大国」となる資質を秘めており、「外界」からもアイディアが集結する時代になっていることは面白い。インテリア専門店でデータアナリストとして働きながら、趣味でサッカーの統計データ分析を楽しむ青年が「フットボールの世界に影響を与える」未来がもう訪れつつある。


Photo: Bongarts/Getty Images

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戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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