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唯一無二ビエルサ戦術の“象徴”クレスポ、アイマール、ソリン

2019.07.03

最新戦術用語で読み解くレジェンドの凄み #3

過去から現在に至るまで、サッカーの歴史を作り上げてきたレジェンドたち。観る者の想像を凌駕するプレーで記憶に刻まれる名手の凄みを、日々アップデートされる現代戦術の観点からあらためて読み解く。

第3回は、アルゼンチンのエルナン・クレスポ、パブロ・アイマール、ファン・パブロ・ソリン。彼らが代表で同時期にプレーした時の指揮官であり、ジョセップ・グアルディオラをはじめ現在の戦術シーンを牽引する指揮官に多大な影響を与えている“エル・ロコ”ことマルセロ・ビエルサ独特の戦術を通して、3選手のスペシャリティを回顧する。

アイマールに見る、ビエルサ派におけるエンガンチェ

 アルゼンチンのサッカーは2つの顔を持っている。かつてはメノッティ派、ビラルド派と呼ばれていた。

 1978年ワールドカップでアルゼンチンを初優勝に導いたセサル・ルイス・メノッティ監督は攻撃型のプレースタイルだった。一方、1986年に優勝したカルロス・ビラルド監督のアルゼンチンは守備型である。どちらかと言うとビラルド派の方がアルゼンチン本来のスタイルで、メノッティが自国開催のワールドカップで軌道修正しているのだが、メノッティ監督に言わせると「アルゼンチン本来の姿への復帰」らしい。どちらが本来の姿なのかよくわからない、本家vs元祖みたいな構図になっていた気がする。

 そのメノッティ派vsビラルド派に終止符を打ったのが、第3派閥のビエルサ派だ。

 マルセロ・ビエルサ監督のプレースタイルは、メノッティ派のアグレッシブさと冒険心を持ちながら、ビラルド派の堅守と緻密さも備えていた。ビエルサ自身はワールドカップで優勝していない(2002年のアルゼンチン代表を率いたがGS敗退)。タイトルもニューウェルスで1度だけ。しかし、卓越した指導理論とあふれる情熱、さらに何といってもアルゼンチンの2つの顔を統合したことで、ビエルサ派は多くの指導者たちに影響を与えている。

 パブロ・アイマール、フアン・パブロ・ソリン、エルナン・クレスポの3人は、ビエルサがアルゼンチン代表を率いていた時期とピークが重なっている。3人ともリーベルプレートの出身でもある。

 アイマールはリーベルからスペインのバレンシアに移籍し、そこでの活躍が印象的だった。170cmの小柄な“エンガンチェ”だ。いわゆるトップ下、中盤と前線の中間に位置してラストパスやフィニッシュを担当する10番、アルゼンチンサッカーの花形ポジションである。ラファエル・ベニテス監督のバレンシアにこのポジションはなかったのだが、アイマールは直訴してエンガンチェに収まり、リーガエスパニョーラ連覇に貢献した。

 くるりとカールした髪の毛、童顔、軽量級らしい素早いフットワークと高い技術、抜群の創造性で観客を魅了し、遠く日本でもアイドル的な容姿もあってとても人気があった。

リーガ公式Twitterが公開したバレンシア時代のアイマールのハットトリック動画

 アイマールはビエルサ監督下のアルゼンチン代表メンバーではあったが、2002年ワールドカップの時はファン・セバスティアン・ベロンの控えという立場だった。ビエルサの[3-4-3]システムではエンガンチェのポジションが確保されていたにもかかわらず、アイマールはファーストチョイスではなかったのだ。

 この時期のアルゼンチンにはベロン、アイマールの他にフアン・ロマン・リケルメ、マルセロ・ガジャルドもいて、ウイングで起用されていたアリエル・オルテガを含めれば5人の優れたエンガンチェがいたことになる。ビエルサ監督はベロンをレギュラーに使い、アイマールが2番手。ガジャルドは02年のメンバーに入ったが、最もエンガンチェ的なリケルメは外れている。チームの細部までデザインしようとするビエルサ監督にとって、自らの眼と勘でプレーする古典的な10番は使い勝手が悪かったのだろう。

 ビエルサを代表監督に招へいしたのは当時GMだったホセ・ペケルマンだ。タクシーの運転手もしていたという苦労人は協会に強化プランを提示して認められ、育成年代の指導を任されて大きな成果を上げた。協会はペケルマンを代表監督に指名するつもりだったが、ペケルマンが固辞して代わりにビエルサを推薦した。

 ペケルマンはビエルサを非常に信頼していたようで、2002年ワールドカップでGS敗退に終わったにもかかわらず、引き続きビエルサに指揮を執らせた。ただ、ペケルマンとビエルサはあまり共通点がないようにも思える。

 1995年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)で、アイマールはベストイレブンに選出される活躍で優勝に貢献している。リケルメも同時にプレーしていた。アイマールとリケルメ、この世代を代表する2人のエンガンチェを平気で併用していたわけだ。ビエルサが代表監督を辞任した後、ペケルマンが監督に就任して2006年ドイツワールドカップを戦っている。この時のチームはリケルメが中心だった。個と全体のバランスについて、ビエルサとペケルマンはかなり考え方が違っていたのではないか。違うのに、ペケルマンが非常に高くビエルサを評価していたというところが興味深い。

ソリン&クレスポ:ビエルサ・スタイルの申し子

 誰が監督でも関係なく起用されていたのがソリンだ。リーベルでデビューした後、ブラジルのクルゼイロで活躍。左利きの左SBだが、MFでもFWでもプレーできる万能型だ。背中まで届く長髪を振り乱しながら、フィールド狭しと躍動する。攻守にハードワークするソリンは、どの監督にとっても使い勝手が良かったに違いない。ただ、あまりに活動範囲が広く、左SBなのに右サイドまで行ってしまうことすらあった。自由奔放、しかし献身性も抜群というタイプである。

写真のビジャレアル時代には、ビエルサ戦術にはフィットしなかったリケルメと共闘したソリン。精力的なプレーで王様を支えた

 クレスポはビエルサに寵愛されたストライカーと言っていいだろう。リーベルからイタリアのパルマへ移籍しラツィオやインテルでもプレーした後、03年にロマン・アブラモビッチがオーナーとなったチェルシーに引き抜かれた。高額の移籍金で、一夜にしてリッチクラブに変身したチェルシーを象徴するような存在になっている。

 長身で頑健、しかし非常にクレバーなチームプレーヤーだった。味方のためにスペースを作り、ポストプレーを正確にこなし、守備もさぼらない。得点力もあったが、そうした目立たないけれども重要なプレーをできたところがビエルサ監督にとってはありがたかったのだろう。2002年ワールドカップ前のチームでは堂々たるエースだった。

古典的な9番ではなく、現代的な9番としてチャンスメイクから守備までマルチタスクをこなしたクレスポ

 ところが、大会直前にガブリエル・バティストゥータが調子を上げてきた。年齢はバティの方が上だが、典型的な点取り屋であるバティはビエルサ監督の構想には当初入っていなかった。しかし、あまりに好調だったために大会中に「バティかクレスポか」という迷いを抱えることになり、それが早期敗退の一因になったとも言える。

 大会本番までのアルゼンチンは優勝候補だった。前回優勝のフランスと南米予選で圧倒的に強かったアルゼンチンがともにGS敗退と期待を裏切ったわけだが、それまでのアルゼンチンは確かに史上最強クラスの強さだった。

 ビエルサはルイス・ファン・ハール監督が率いたアヤックス(オランダ)に衝撃を受け、アヤックスを独自に研究して[3-4-3]を作り上げた。守備では息もつかせぬハイプレス、攻撃は圧倒的なボールポゼッション。技巧的でありながら機能的でアグレッシブなプレースタイルはメノッティ的であると同時にビラルド的であり、アルゼンチンサッカーの二面性を統合した偉大なチームとしての顔を持っていたのだ。

史上最強クラス、緻密なチームを崩壊させた「血」

 しかし、肝心な時に緻密に作り上げたチームにヒビが入ってしまった。ヒビが入ったのはストライカーとトップ下、攻撃の要となる2つのポジションだ。バティストゥータが点取り屋としてのエゴでクレスポを脅かし、逆にその献身性でベロンがポジションを確保していたトップ下は、アイマールやリケルメの創造性が足りなかった。ビエルサが信念を持って作り上げたチームを崩壊させたわずかな揺らぎ。ある意味、あまりにも人工的に作り過ぎたために、アルゼンチンサッカーの「血」に反逆された結果にも思える。

 アテネ五輪で金メダルを獲得した直後にビエルサ監督は辞任。しかし、彼のチームからは“未来の監督”が数多く生み出された。アトレティコ・マドリーではディエゴ・シメオネ監督と右腕のヘルマン・ブルゴスがスペインリーグに新風を吹き込んだ。マウリシオ・ポチェッティーノはプレミアリーグのトッテナムで確固たる地位を築いている。アイマールはアルゼンチンU-17代表監督になった。ビエルサの描いた理想、アルゼンチンサッカーの血、その両方が統合されて新たな潮流ができつつある。

◯ ◯ ◯

 華麗なスルーパスで味方の得点を演出すれば、巧みな動き出しでボールを引き出し自らネットを揺らす典型的な10番としてバレンシアでその名を轟かせたパブロ・アイマール、ビエルサの下では不遇をかこったリケルメの相棒として、ビジャレアルのクラブ史に残る躍進に一役買ったファン・パブロ・ソリン、現代では当たり前となった守備にも貢献するCFとして、行く先々のクラブで確実に結果を残したエルナン・クレスポ。アルゼンチン代表を彩った3選手が、大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム「プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド」(サカつくRTW)に登場する。

 「サカつく」未経験の方もこの機会にぜひ、ゲームにトライしてみてほしい。

<商品情報>

商品名 :プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド
ジャンル:スポーツ育成シミュレーションゲーム
配信機種:iOS / Android
価 格 :基本無料(一部アイテム課金あり)
メーカー:セガゲームス

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Photos: Getty Images

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。

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