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サンティ・カソルラが起こした執刀9回、22カ月後の奇跡

2019.04.17

“人生にはもっと厄介な問題がいくらでもある。僕は特別ではないよ。誰でもできたことだと思う”

Santi CAZORLA
サンティ・カソルラ
MF19|ビジャレアル
1984.12.13(34歳) SPAIN

 昨年11月『エル・パイス』紙のインタビューで、――レジリエントな能力(精神的回復力)の高さを証明しましたね? という問いにカソルラはこう答えている。

 「僕はいつもちょっとだけ頑固だった。サッカーをまたプレーしたくて、それを信じてついに成し遂げることができた」と。

 2016年10月にアーセナルで右足首を負傷して以来、18年8月にビジャレアルで復帰するまで実戦から2年近く遠ざかっていた。その長い道のりがまるで平坦だったかのように聞こえる。

 代表でもクラブでも前に出て脚光を浴びるのではなく、控え目にその偉大なテクニックで周りを輝かせるプレーを好んだ好漢らしい、控え目な言葉だ。復帰の目途が立たないままアーセナルが契約更新をし、古巣ビジャレアルが門戸を開いたのもその人柄ゆえだろう。

 「周りが言うように自分が模範であるとは思わない。人生にはもっと厄介な問題がいくらでもある。僕は特別ではないよ。誰でもできたことだと思う」

 誰でもできたことではない。右足首のケガは、イニエスタやメッシ、テニスのラファエル・ナダルを治療したこともあるスポーツ医学界のベテラン外科医にしても初見だったほどの酷いものだった。ギザギザの太く大きな縫い後が残るアキレス腱からかかとにかけては、全部で9回のメスが入っている。

 全治3週間ほどでの予定で受けた16年12月の最初の手術の経過が思わしくない。イングランドの医者には「問題ない」と言われたが、少し動くと傷口が開き膿が止まらない。患部を開いて洗浄し抗生物質を塗る手術を受けたが改善しない。その際にイングランド風のジョークなのか、「息子と庭を散歩できるようになったら、それで満足すべきだ」と言われて不信感を抱いたこともあり、見切りをつけてスペインに帰った。

 名外科医のもとを訪ねて傷口を開けてみると、イングランドで治療していたのとは違う種類のバクテリアの繁殖が確認された。どうりで抗生物質が効かないはずだ。バクテリアがどこまで体を蝕んでいたかを調べるために深く深くメスを入れ続けた結果、明らかになったのはかかとの骨の一部が削り取られ、アキレス腱が8cmも失われていたこと。足首の痛みの治療のはずの手術が、バクテリアの特定を誤ったせいで患部を化膿させ、逆に酷いダメージを負って、骨と腱の組織を移植して再建する大手術になってしまったのだった。これがカソルラの復帰が1回の執刀で全治3カ月という診断に反して、リハビリ後の1回を含め9回の執刀で、22カ月間も復帰に要したことの真相である。

原因も治療法も不明という恐怖

 冒頭で紹介したように、本人は苦労を口にしたがらないが、この何度も手術を繰り返した時、原因も根本的な解決策がわからず、痛み止め化膿止めの対症療法としてメスを入れ続けた時が、最も辛かったのではないか、と想像する。先も見えないまま、商売道具である足を傷つけているのに、一向に光が見えない。

 大ケガをした選手の体験談には辛いリハビリの話が付き物だが、リハビリに進めるというのはある意味幸せなことである。治療が終了し復帰への道が開けたという意味なのだから。リハビリの成否はケースバイケースだがメソッド自体は確立し見通しはつく。しかし、カソルラの場合はその手前、治療の方法すらわからない状態で足踏みが続いていた。

 もちろんリハビリが常に成功するわけではない。志半ばにしてもう一度芝生を踏む夢を断念せざるを得なくなった選手は何人もいる。ケガが完治することとプロレベルのパフォーマンスを回復することは別の話なのだから。だが、こんなことを言ってはプロ生活を諦めた彼らには残酷かもしれないが、それでも最後には普通の生活が残っている。その足を引きずらず、苦痛に顔を歪めないで済む日常がカソルラには、見えていなかった。それこそ、将来、子供との散歩すらできないかもしれなかった。原因と治療法が不明という、絶望の一歩手前の不安や恐怖はいかほどだったろう?

 こう考えていくと、治療法の発見、再建手術、リハビリを経て、普通の生活どころかビジャレアルのユニフォーム姿でのプレーを今、目撃できていることが、奇跡のように思えてくる。ホーム、アウェイを問わず彼の名がアナウンスされるとスタジアムがスタンディングオベーションで迎える。ヒーロー扱いは性に合わないのだろうけど、選手として憧れるのではなく、人として励みとする者が出てくるのは当然だろう。

 カソルラにとって強く蹴る方の足、右足は常に痛みの種であった。

 13年9月にスペイン代表戦で蹴られて亀裂骨折し、16年3月には最初のアキレス腱の痛みによる欠場を経験している。その間、15年11月に大ケガである左膝の靭帯を断裂し、接合する手術をしているのだが、その1年後から始まる茨の道を考えると、この経験はお花畑のように思える。痛みは完全に引いたわけではなく我慢しつつプレーを続けているようだが「やれるだけ現役を続ける」ことに揺らぎはない。このスペインでまたしばらく彼のプレーを楽しめる奇跡に私も感謝したい。

Photos: Getty Images

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。