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“赤信号を渡る国”スペインでVAR導入が「大成功」の理由

2018.11.29

スペインは赤信号を渡る国、つまり、誰も見ていなければルールは破っても良いというメンタリティの国である。そこにルールの監視者VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)がやって来た。当然、軋轢も……いや、意外に評判が良いのである。


 ロシアW杯での成功という後押しがあっても、リーガでVARがどう受け取られるかは未知数だった。なぜなら、スペインは「ピカレスク小説」という悪漢を主人公とする固有のジャンルが存在するほど、ずる賢さが一種の美徳とされている国だからだ。赤信号を平気で渡る国の人たちのメンタリティを一言で表現すれば、“誰も見ていなければルールは守らなくて良い”。これはサッカーでも同じで、ダイブや密集でのシャツつかみなどマリーシアは一種の技とされ称賛も推奨もされないが、厳然として存在する。

 さて、“騙し合いもサッカーの一部”という国でVARはどう受け入れられたか?

 これはもう大成功、と言っていい。

 プロリーグ協会(LFP)のレポートによると、第3節終了時の29試合(編注:1試合は延期された)でのVARの介入回数は10回(2.9試合に1回)と思ったよりも少なく、試合がぶつ切りになる印象はほとんどない。ロシアで有名になった審判がビデオを見に行くシーンも10回のうち3回だけ。ロスタイム9分という試合もあったが、失った分を回復するだけと思えば気にならない。

 そうした時間に関するマイナスよりも、その10回のうち9回がゴールとPKに関する判定であって、重要な場面で公正なジャッジを実現したプラスの方がはるかに大きい。わずか9回だが、そこでオフサイドで得点が取り消されたり認められたり、エリア外のファウルがPKとされたりしていれば、勝敗に決定的に影響するだけでなく、ジャッジへの不信感を募らせ、遺恨や論争の種になっていたはずだ。

10月末のクラシコで、VARによる確認の結果ペナルティスポットを指差しバルセロナのPK判定を下すホセ・マリア・サンチェス・マルティネス主審。VARが試合展開を大きく左右した


公正さ、気にならない中断、抑止効果…

 LFPに続き各メディアがVAR導入の影響を様々にレポートしているが、その効果のうち数字に表れているものが2つある。

 ①ファウルの減少
 ②イエローカードの減少

 である。

 いずれも“カメラに見られている”ということでダイブもできないし死角でのルール違反もできない。抑止効果が働いているからだとされる。②については、アピールの機会が減ったことも原因だろう。オフサイドのジャッジに血相を変えて抗議するシーンは、VARの登場によりほぼ消滅した。静止画像やスローモーションよりも正しく判断できる肉眼は存在しないのだから、機械の前に人間は黙って従うしかない。見苦しくスポーツマンシップにも反する行為が減少して、逆に試合はスムーズに進行している。

 もう1つの数字に表れない効果としては、ゴールセレブレーションが変わった、というのがある。「ゴール!」と「歓喜!」の間に「VARチェック」が挟まった。いちおう喜んだり悲しんだりした選手もファンも、VARの最終判断を待つ。その間にスタジアムに漂う沈黙はこれまでなかったこと。主審の身振りを全員が息を呑んで見守るあのシーンは、レフェリーの権威を高めるという意味でもプラスだと思う。

 こういうVARだから大多数には歓迎されている。ジャッジの公正さ=競技の公正さは誰にとってもメリットなのだから当然だろう。

耳に手を当てビデオ担当審判からのアドバイスに耳を傾けるメレロ・ロペス主審


唯一噛みつくサッカーショー番組

 「ロマンが失われる懸念もあったがうまく機能している」(ビセンテ・デル・ボスケ)。「懐疑派だったが今は擁護する。公正なツールだと思う」(キケ・セティエン)。「改良の余地はあるが、公正だ」(ディエゴ・シメオネ)。「万能ではないが、疑わしいジャッジに光を当てる」(ジューレン・ロペテギ)……。

 一方、懐疑の声はラングレを退場処分にされたエルネスト・バルベルデの「VARでも論争はなくならない」や、ロケ・メサを退場とされたパブロ・マチンの「バル(BAR)はビールを飲むところ」が代表的なもの。とはいえ、いずれもVARへの批判とはなり得ない。前者については、暴力行為か否かはビデオを見た審判の解釈の問題であってシステムの不備ではない。後者については、一発レッドの退場ではないのでVARは介入しなかった。これらは「苦情」であって「否定」ではないのは常識人2人のことだから承知済みだろう。

 唯一、VARに難癖をつけまくっているのは、これまでジャッジ批判で飯を食ってきたTVのサッカー“ショー”番組である(あれは報道では決してない)。

 微妙なジャッジに油を注ぎ、出演者同士の罵り合いを焚きつけて、最終的に“ビッグクラブ贔屓の陰謀論”という大火事まででっち上げて視聴率を稼ぐ連中である。映像技術者まで連れて来て、十数cmの差でオフサイドであったとかなかったとか騒いだ挙句、「VARは完全ではない!」とマッチポンプで大威張り。誰も完全だなんて言ってませんてば。映像をチェックしているのは人間なんですから……。


Photos: Getty Images

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VARリーガエスパニョーラ

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。