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ジダンがいればなぜか勝てる。誰も説明できない不思議な魔力

2018.08.01

『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY


フットボリスタの人気シリーズ『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』の発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。


 ミステリアスなプレーヤーだった。ジネディーヌ・ジダンは歴代のスーパースターとは少し違っていた。寡黙でシャイなところはリオネル・メッシのようだったが、そんなに点は取らないしアシストもしない。稀代のボールアーティストなのだが、それがどう試合に影響しているのかわかりにくかった。中盤でボールを受け、相手のプレッシャーなど存在しないように平然とキープし、短いパスを味方にさばく……その繰り返し。そのうちに相手が崩れてジダンのチームは勝利する。ボルドー、ユベントス、レアル・マドリー、フランス代表、すべてそうだった。理由はよくわからないが、ジダンがいれば勝てることだけはわかっていた。


ジダン監督を支える4人の「ジダン」

 ジダン監督は同じようにミステリアスだ。ペップ・グアルディオラのような戦術家ではない。ジョゼ・モウリーニョのような勝負師にも見えない。タイプとしてはコーチとして補佐したカルロ・アンチェロッティに近い中庸型で、レアル・マドリーという特殊なクラブでの機能性はビセンテ・デル・ボスケに似ているかもしれない。デル・ボスケ監督は何か目に見える仕事をしている感じではなく、むしろ何もしない監督だったが、彼の在任中にロッカールームの問題はなく、戦績も抜群だった。ジダンとデル・ボスケはそこに「いる」ことが重要な監督なのだろう。

 レアルの勝ち方は現役時代のジダンのプレーぶりと重なる。泰然自若、自信満々。ボールとゲームを支配してまったくブレがない、バタつかない。そのうちに対戦相手が勝手にミスを重ねて自滅する。

 ジダン監督になってからのレアルには2つの変化があった。1つはプレーの重心が前線から中盤へ移行したこと。相変わらずエースはクリスティアーノ・ロナウドだがBBCは事実上解体され、最も重要な選手はルカ・モドリッチ、トニ・クロース、イスコ、マルセロになった。この4人の技術とパスワークがジダン監督率いるレアルの土台であり、崩れないブレない戦い方の根拠になっていた。もともと技術の高い4人だが、ジダン監督の下での彼らは「ジダン」になった。

 ジダンの分身たちは、ボールを完璧にコントロールすることで早く自分の体をコントロールする。ボールと体を早く止められるので、相手がまだ動いているのが見える。自分は止まっていて、動いている相手の隙を突くのは非常に容易だ。4人の「ジダン」は現役時代のジダンのように、難なく相手のプレスを無効化する。敵はハイプレスが瓦解してカウンターを食らうか、プレスを諦めての撤退を余儀なくされる。4人の「ジダン」は試合の構図を決めることができる。彼らがいることで、レアルは勝てることがわかっている。

 もう1つの変化は、試合の計画が明確化したこと。シャビ・エルナンデスは「レアルは根拠なく勝つ」と喝破したが、無計画というわけではない。準決勝のバイエルン戦では相手のサイド攻撃に蓋をした。決勝のリバプールにはボールを持たせてスペースを消した。バルセロナとのクラシコではコバチッチにメッシをマークさせてそれなりの成果は出した。重要な試合では、必ず相手の長所を削る対策を立てる。どれも奇策というほどではないのだが、レアルではかなり珍しいことであり、歴代監督でこれに成功した人がほとんどいない。ジダン監督にそれが可能なのは選手との信頼関係が厚いからに違いない。スーパースターの威名もあるが、世界一プライドが高く貪欲な選手たちにそれが通用するのはせいぜい数カ月だろう。

厚い信頼関係を築き、スター軍団をまとめ上げたジダン

 普段のジダンは選手ファーストの監督である。無理な要求はしないし、気持ち良くプレーさせている。レアルのスターたちを細かい指示で縛ることなどできない。自身がレアルのスターだったジダンはそれを熟知している。しかし、必要な時にはシンプルな対策を立てて選手に実行させる。ジダン監督がそれをやるのは特別な試合だけなので、選手たちも特例として納得できる。


封印された祟り。決して怒らせてはならない

 それと、ジダンには高僧のように温厚な顔とは別の一面がある。現役時代は何度かその修羅の顔を見せた。怒った時のジダンは何もかも破壊する災厄となり、W杯すら捨てたのは知らぬ人がいない。監督としてのジダンが暴発したことはないが、同じ人間なのだからレアルの選手たちが何かを感じていても不思議ではない。この人を怒らせたら大変なことになりそうだという察しはついていると思う。デル・ボスケを失望させてはならず、ジダンは決して怒らせてはいけない。タブーであり封印された祟りだ。それがなければ、たとえ1試合限定でもロナウドにサイドを上下動させたりはできないし、イスコやベイルをベンチに座らせることもできないのではないか。

 3連覇しても依然として謙虚、公正、冷静なジダン監督は表面上退屈なぐらいわかりやすいが、歴史的な快挙の後に突然辞任してしまったようにミステリアスで底の見えない不思議さは現役時代と何ら変わらない。その偉大さは誰も否定できないが、誰も説明できないままだ。


『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY

・第1回:トータルフットボールの理想のボランチ像はベッケンバウアー?
・第2回:ブラジル「10番」の系譜。PSGのネイマールは「ペレ」
・第3回:FKの名手、ピャニッチの凄さ。ユベントスは名キッカーの宝庫
・第4回:コンテからサッリへ。チェルシーとイタリア人監督の不思議な縁
・第5回:ジダンがいればなぜか勝てる。誰も説明できない不思議な魔力
・第6回:組織でなく組織の中の個を崩す。U-20代表に感じた風間メソッド


Photos: Getty Images

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ジネディーヌ・ジダン戦術リストランテV

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。