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欧州の戦術パラダイムシフトは、サッカー版ヌーヴェルヴァーグ

2018.06.29

『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド 第1回

書籍『モダンサッカーの教科書』は、ヨーロッパのトップレベルにおいて現在進行形で進んでいる「戦術パラダイムシフト」を、その当事者として「生きて」いるバルディとの対話を通して、様々な角度から掘り下げていく一冊だ。

この連載では、本書の中から4つのテーマをピックアップしてモダンサッカーの本質に迫る。第1回は本書の前提になっている「モダンサッカーとは何なのか?」について、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者、五百蔵容氏の解釈を聞いた。

「新しいものはもう何もない」の先

 『モダンサッカーの教科書』で展開されるレナート・バルディと片野道郎の議論を踏まえつつ、欧州サッカーのトップレベルで展開されている実際の試合を観ると、サッカーというスポーツが新たな、爆発的で不可逆な発展に突き進んでいることが理解できます。

 ポジショナルプレーや5レーン理論という新たなサッカーの解釈。ゼロトップやセンターハーフ化するSB、ワイドでもインサイドでも仕事をするウイングなど、単なるマルチロールという水準を超えた、戦略的・戦術的な意味を多重に備えたポジションの再定義。それらに象徴されるタスク化のトレンド、等々。

 ただ、それら一つひとつは決して「新しい」ものではありません。

 現在で言うハーフスペースを用いて攻撃することの重要性は、かねてからペナルティボックス幅で攻撃すること、ボックスの角周辺を陣取ることの有効性という形で強調されていました。ワイドアタッカー、インナーのアタッカーとCFが連動し、中央でのマーキングを曖昧にさせて守備網を破壊すゼロトップの仕組みも、1950年代にいわゆるマジック・マジャールがすでに実践しています。センターハーフ化するSBについても、古くから事例が見られますし、近年ではメッシのゼロトップをプロテクトするためにシャフタールが効果的に用いていました。ハーフスペースを駆け上がってマークのミスマッチを起こし決定的な仕事をするSBといえば、ダビド・アラバよりもカイル・ウォーカーよりも前にレアル・マドリーのマルセロが挙げられるでしょうし、ポジショナルプレーの原型はルイス・ファン・ハールが90年代に一定の枠組みを提示しています。

1953年11月、マジック・マジャールと言われたハンガリー代表がイングランド代表を6-3で破った“世紀の対決(Match of the Century)”の1枚

 一般に、情報化が進んで鑑賞や分析の対象が数多くサンプリングされ、分析のノウハウが確立されると可視化可能な限りの現象、事象は白日の下にさらされ、急速に分析され、理解されていきます。

 欧州を中心に先進諸国が旧来の社会構造や富の蓄積を破壊された第二次世界大戦後、復興への強力なモメンタムが雇用の回復と旺盛な消費意欲を生み、そこにメディアの産業化と富の水平化などの諸条件が合わさって、現代の高度消費社会、情報化社会の礎が築かれます。一昔前の社会とはまったく異なるレベルの自由と余暇を得た人々は、とめどなく膨張する情報化を一身に受け止め、個々人の関心に引き合うありとあらゆる情報を摂取していきましたが、特に70年代以降、90年代にかけて一種の飽和状態が訪れます。「すべては見られ、経験され、試された」「新しいものはもう何もない」「あとは既知の事象の組み合わせだけ」という停滞感が現われました。ですが、その停滞は現在、様々な領域で打破されています。

「既知の組み合わせ」と「テクノロジー」

 例えば、映画の歴史は、典型的な情報化とサンプリング、分析と飽和のプロセスでした。

 古今東西の映画がアーカイブされたパリのシネマテークにこもった映画狂たちによって、古典的なスタジオシステムの中で閉じられていた技術やビジョンが「再発見」され、「情報」となり、爆発的に共有されて新しい映画作りの基礎となります(いわゆるヌーヴェルヴァーグ)。と同時に、「すべては撮影され、試みられなかったショットはもうない」「映画史的記憶(ノウハウ化された技術)に依存したオタク的で閉塞した映画制作」といった状況を生み出しもしました。

 けれども、過去の試みがそういった形で広く、深く、大量に集積され、明確化される……アーカイブされ広く共有されることで、単なる「既知の情報の組み合わせ」にとどまらない「組み合わせ」そのものの新しさと質を問う動き、文化が生み出されます。個々の「情報」は映画というジャンルの固有性、具象に縛られた可視的なものですが、「組み合わせ」自体は不可視的な思考のレベル、抽象に属するものであり、それゆえジャンル内外の様々な知見、教養を導入することができ、閉塞を打破することができたのです。

 テクノロジーの発展も重要でした。撮影技術やSFX、CG技術の向上が「かつては撮れなかった映像の実現」をもたらし、ネットワーク技術の進展は劇場からリビング、個人端末まで映画を届け得る状況を導き、今やその供給形態の変貌が映像言語そのものに新たな更新をうながす時代が来ています。現代の映画(もしくは映像を用いて物語やビジョンを表現するメディア)は表現としても産業としても、劇的な発展を遂げていると言えます。80年代末から90年代にかけてクラブ文化、DJ文化の隆盛のお陰で過去のアーカイブ化が劇的に進行した音楽の分野でも、同じことが起きています。

 テクノロジーの発達、可視化されない領域におけるアイディアの更新によって、「すでに知られたもの(アーカイブ化されたもの)」の結びつけ方に発明が起き、爆発的な発展が訪れる。現代サッカーにおいて、それはまさに現在進行形で起きていることだと言えるでしょう。

「ポスト・グアルディオラ世代」の知的高度化

 すでに2000年代の初めには、「戦術的な発明はもうないのではないか?」といったことが語られていました。グアルディオラを中心とした世代は指導者としてのキャリアをそこからスタートしたわけですが、先述したような過去の膨大なアーカイブを、彼らはほとんど躊躇なく、自らの新たなアイディアによる新たな組み合わせのために貪欲に利用していったように見えます。

 例えばモウリーニョは、同時に進行していた「サッカー選手のアスリート化」を的確に捉え、最先端のトレーニング理論と組み合わせて利用することで、ハイ・インテンシティなゲームモデルを作り上げ[4-3-3]システムの用い方やワイドなロングカウンター戦術に新たな相貌をもたらしました。グアルディオラは、その状況を違った形で応用します。ポジショナルなポゼッションワークと自らのゲーム支配に必要なエリアの占有といった戦略的企図に、ハイ・インテンシティな即時のボール奪回という要素を加えて攻・守・トランジションすべての局面を循環的に設計可能な驚くべきゲームモデルを作り出しました。

 彼らはまさに、「すでに知られていた方法を、新たな考え方や文脈を利用して組み合わせ」、新たなものを生み出したと言えます。特にグアルディオラの仕事は、サッカーというゲームを基礎づけているシームレスな性質に見合う、シームレスなゲームモデルを追求するという過程で、過去のアーカイブを底なしに取り込んで一体成形するかのような様相を呈しており、サッカーというゲームの原理をあらためて浮かび上がらせ、不可視なものを不断に可視化していると言えるでしょう。

 本書の共著者であるレナート・バルディや、戦術ブロガーからレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチになったレネ・マリッチらポスト・グアルディオラ世代は、そのような仕事をキャリアの始めから目撃し続けることにより、「アーカイブ化された過去の知」を踏まえた上でそういった抽象レベルの構想力で違いが生まれる、というグアルディオラ世代のテーゼをもはや「常識」として捉えているはずです。また、これからの世代はテクノロジーを当然のように活用し、どんなハードウェア、ソフトウェアをどのように分析やトレーニング、戦術の立案に役立てるか、そういった面での構想力も当たり前に備えることになるでしょう。抽象の領域で何を考えるか、どういった企図で既知の事例を結びつけて戦術化しテクノロジーを応用して戦うか、というレベルで勝負が占われるとなると、思考の質、知的な奥行き、情報技術への理解力がより求められることになります。

 映画や音楽で起きてきたように、そこでは他分野における知見や教養をいかに効果的にサッカーに代入していくか、知性を総合化していくかということが問われます。今日の欧州サッカーにおける指導者養成のプロセスがより知的に高度化しているのは、そういった現状の礎であり反映でしょうし、その傾向は加速しこそすれ、後退したり緩められることはもはやないでしょう。

 日本サッカーは、こういった流れからまるごと取り残されている……そういった自己省察自体、すでに定型化してしまった怠惰な問題意識のようにも思える昨今ですが、実際のところ何を為すべきなのか、それを真剣に問う時節に入らなければいけないように感じられます。


■『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド

・第1回:欧州の戦術パラダイムシフトは、サッカー版ヌーヴェルヴァーグ(五百蔵容)
・第2回:ゲームモデルから逆算されたトレーニングは日本に定着するか?(らいかーると)
・第3回:欧州で起きている「指導者革命」グアルディオラ以降の新たな世界(結城康平)
・第4回:マリノスのモダンサッカー革命、CFGの実験の行き着く先を占う(河治良幸)

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Photos: Getty Images

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モダンサッカーの教科書戦術

Profile

五百蔵 容

株式会社「セガ」にてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析、WEB媒体を中心に寄稿している。『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』を星海社新書より上梓。