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ロシアはドーピングと決別できるか? 対策に本腰入れ始めたサッカー界

2018.03.26

ロシアW杯コラム

 6月に迫った自国開催のW杯を前に、ドーピング問題で揺れているロシア。ドイツ公共放送『ARD』が制作したドキュメンタリー番組での告発に端を発するロシアの国家ぐるみのドーピング疑惑は、2016年リオ五輪の陸上チーム出場禁止に発展。先日の平昌五輪においても国としての参加が認められなかったことは記憶に新しい。

 この問題を描いたアメリカの映画『イカロス』が今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞に輝いたのも時代の空気を反映した結果だろう。そして、その『イカロス』にも出演しているモスクワのドーピング検査機関元所長グリゴリー・ロドチェンコフが2014年ブラジルW杯でのロシア代表の禁止薬物使用を指摘したことにより、サッカーもまた疑惑の対象として例外ではないことが明らかとなった。ノルウェーサッカー協会のテルエ・スベンドセン会長が「もし彼らが組織的に行なっているなら、ロシア代表をW杯から排除すべき」と強い口調で批判するなど、追及が続いている。

第90回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を獲得した『イカロス』のプロデューサー、ダン・コーガン(左)とディレクターのブライアン・フォーゲル

 東西冷戦を背景に、ソ連においてスポーツが自国のアピール、国威発揚の手段だったことはよく知られている。ソ連・東欧諸国のみならずアメリカでもドーピングが横行していたとされる1980年代以降、ソ連では宇宙開発競争さながらに国立の研究所で様々な薬物の効果や検査に反応しないための対策が国家プロジェクトとして研究されていた。

 元ソ連代表で人気解説者のアレクサンドル・ブブノフはウクライナメディア『セボードニャ』に対して「もちろんサッカーにもドーピングはあった」と大胆に打ち明けている。ディナモ・キエフやディナモ・モスクワといった強豪クラブ、そして、五輪代表も例外ではなかった。

 「それは完全なる科学だった。ドクターはドーピングチェックのすり抜け方を熟知していたし、禁止リストに載っていない薬物の開発もしていた。当時の最高技術は東ドイツにあり、すべては政治的なレベルで行われていた。ドクターから“ビタミン”を服用するように指示され、試合後にはミルクを飲んでそれを消すのさ」

 ブブノフ自身は副作用の危険性を察知し、口に含んだ錠剤をすぐにトイレに直行して吐き出していたという。選手たちへのドーピングを指示する書類も存在し、それらは極秘に保管されていた。

「正気の沙汰ではない」検査体制

 薬物が選手の身近にある環境はソ連崩壊後も続く。最も大きなスキャンダルは2003年のスパルタク・モスクワでの事件である。代表の主将を務めクラブの顔だったMFエゴール・チトフのドーピングが発覚。エースに1年間の出場停止処分が下ると、90年代に無敵を誇っていたスパルタクは低迷期に突入した。チトフは「他競技から来た新しいドクターがこのような事態を引き起こした」と主張し、当時の会長だったアンドレイ・チェルビチェンコは「スパルタクに意図的なドーピングはなかった。あれは絶対王者だった我われを陥れるための謀略だ」と意図的なドーピングを否定している。

ロシア代表として通算41試合7得点を記録したMFエゴール・チトフ。2002年の日韓W杯でプレーしている

 2009年にはCSKAモスクワのロシア代表DFアレクセイ・べレズツキとセルゲイ・イグナシェビッチがCLグループステージのマンチェスター・ユナイテッド戦後「チームドクターの処方ミス」によりドーピング検査で陽性となり1試合の出場停止処分に。一方で、同クラブに在籍していたブラジル人MFダニエウ・カルバーリョは薬物の投与が日常的だったことを告白し、現在FIFAがさらなる調査に乗り出している。

ドーピングによる出場停止経験があるアレクセイ・ベレズツキ(左)とセルゲイ・イグナシェビッチ(右)。ともに2016年に代表を引退した
CSKA所属時代のドーピング問題を告白したダニエウ・カルバーリョ。CSKAでは通算6シーズンプレーした(左は元アルゼンチン代表DFサネッティ)

 さらに2014年にはFCクラスノダールの選手に生じた陽性反応の隠ぺいを指揮したとして、当時スポーツ大臣でありロシアサッカー連盟会長だったビタリー・ムトコに疑惑の目が向けられる。昨年末、一連のドーピング問題により五輪から永久追放となったムトコは、W杯開催への深刻な影響を考慮してかW杯の大会組織委員長を辞任。「国家が主導することはあり得ない」と現在は副首相となっているムトコは断言するが、政治同様、権力の中枢部へと至る闇を究明するのは困難だ。

ビタリー・ムトコ氏

 冒頭で触れた2014年ブラジル大会のロシア代表にはアキンフェエフやグルシャコフ、サメドフなど現役の代表選手も多く含まれていた。ゆえに現在はFIFAの主導の下、厳重な検査がロシア代表には課せられている。3月の合宿では朝の6時半から5時間以上にわたって全員が検査を受け、予定していた練習時間が削られるほどで、現地メディアは「ここまでの検査は正気の沙汰ではない」と選手への負担を懸念している。

 ロシア代表のチームドクターを務めるエドゥアルド・べズグロフは国内のすべてのクラブを対象にオンラインで講習を行い、昨年10月からロシア反ドーピング機関(RUSADA)が500回以上も選手たちへの検査を実施。FIFAによる公式の検査はすべて国際ドーピング機関(WADA)が国外で行っていることから、「現在のサッカー界に組織的なドーピングを行う余地はない」として五輪で処分が下された他競技との違いを強調する。

 失敗が許されない自国開催のW杯を前にして、ロシアサッカー界はようやく反ドーピング対策への取り組みに本腰を入れ始めている。政治情勢も含めてあらゆる方面での西側メディアによる執拗な「ロシア叩き」に辟易している国民は、今大会が同国スポーツ界全体の健全化へ向けた契機となることを願っている。


Photos: Getty Images

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ドーピングロシアW杯

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。