SPECIAL

ルイス・スアレス。自らを犠牲にしてゴールを守った国民的英雄

2015.03.12

from URUGUAY

これほど賛否両論が渦巻く人物は珍しい。好評発売中の『ルイス・スアレス自伝 理由』では数々の騒動に対して本人が胸の内を明かしているが、彼がプレーしてきた国の人々はどう思っているのか? 行く先々で問題を引き起こすウルグアイ人FWは、多種多様なサッカー文化を知る上でも格好の教材だ。

 2014年6月26日深夜。ウルグアイの首都モンテビデオにあるカラスコ国際空港に大勢の人々が集結した。6月というと南米は真冬。吐く息も白くなる寒さの中、時が経つにつれて群衆はますます膨れ上がる。みなルイス・スアレスを出迎えに来た人たちだった。

 昨年のW杯でイタリアのキエッリーニの肩に噛み付き、大会から追放処分を受けたスアレス。チームに帯同することさえ許されず、母国への強制送還が決まった直後から、ウルグアイの人々は空港に出向き、スアレスの到着を待ち始めたのである。

 試合中にピッチ内で相手選手に噛み付くという、プロサッカー選手としてあるまじき行為によって大会から追放されれば、母国では「チームに迷惑をかけ、国民に恥をかかせた」と酷評されて当然なはず。ところがウルグアイの人々は、「Querido Luis, estamos con vos!」(愛するルイスよ、我われは君とともにいる!)と書かれたボードを誇らしく掲げ、スアレスを英雄として迎えた。

 10年の前回大会で、相手の決定的なシュートをハンドで止めた時もそうだった。全世界中がその非紳士的な行為を非難した一方で、ウルグアイの人々はスアレスの行為を「国の誇り」と称えたのだ。

ウルグアイ人は誠実で礼儀正しい

 だからといって、ウルグアイとはルールも秩序もない国なのかというと、もちろんそうではない。一般的にウルグアイ人は誠実で礼儀正しく謙虚なことで知られており、常に財政不安がつきまとう南米諸国の中でも、安定した生活水準を維持している。公務員と政治家の汚職状態を示す腐敗認識指数においても世界25位と比較的上位に位置(データは最新の2011年版。参考までに日本は14位、アメリカ24位、ブラジル73位、アルゼンチン100位)し、南米では22位のチリに次いで2番目にクリアな国という統計が出ている。つまり、決して悪事がまかり通っているような国ではないのだ。

 では、それほど清い国ウルグアイの人々がスアレスを徹底的にかばい、溺愛するのはなぜなのか。その答えは、噛み付き行為による処分が決定した後、ウルグアイ代表のオスカル・タバレス監督が語った言葉に集約されている。

 「ルイス(スアレス)は母国に喜びを与え、サッカー界そのものにも多くをもたらした偉大な選手。過ちを犯したのなら、我われは助けの手を差し伸べるべき。彼をスケープゴートにして過度な処分を下すことには同意できない」

 ウルグアイは、総人口わずか340万人の小さな国。小さくても初代W杯優勝国であり、これまで数多くのスター選手を世界に送り出してきたという揺るぎないプライドがある。だから彼らは、自国の英雄が世界中から批判されることを許さない。たとえ間違ったことをしようとも、厳しい裁きを受けようとも、同胞が外で叩かれれば全身全霊を懸けて守るのだ。

 「ルイスはバカなことをした。でもそれをあいつに言ってやれるのは我われウルグアイ人だけ。ルイスがウルグアイにもたらしたものの価値をわかるのも我われだけだ。ウルグアイはイングランドとイタリアを敗退させた。FIFAはそれが気に食わなかったんだ」

 元プロ選手のファン・ホセ・モンシージョは、スアレスに科された処分が不当だとするウルグアイ国民の声を代弁した。

マリーシアではなく自己犠牲

 10年大会でのハンドについても、母国の人たちの反応はまったく同じだった。よその国では「南米特有のマリーシアの表れ」と非難されたあのプレーについて、ウルグアイ出身のジャーナリストで、『収奪された大地/ラテンアメリカ五百年』や『スタジアムの神と悪魔/サッカー外伝』など世界的に有名な著書を出しているエドゥアルド・ガレアーノは、次のように語っている。

 「マリーシアというのは犯罪と同じく、人目につかないところで隠れて行われるもの。スアレスは全世界の人たちの目前で、ウルグアイの国民が最後の吐息を吸い込み、一瞬の閃光が走る間の条件反射として、国のために自らを犠牲にしてゴールを守った。あれは犯罪でもマリーシアでも何でもなく、拍手に値する行為だった」

 自国のために戦う者の姿勢を称賛するという、実に単純明快なスタンス。ハビエル・アギーレの八百長疑惑関与が騒がれていた時、本田圭佑が「自分には『身内を信用しないわけにはいかない』という哲学がある」と語ったが、ウルグアイの人々もまさに同じ心境なのだ。

 噛み付き事件後、強制送還させられた英雄を励まそうと、スアレスの自宅前にも大勢の人が集まった。その中にいた小学生の男児が、スアレスの家の門扉にこんなメッセージを残した。

 「Portate bien, Luis」(ルイス、いい子にしなさいね)

 ウルグアイの人々も、わかっているのだ。ただ彼らは、自国の英雄を見離すようなことを絶対にしない。

<お問い合わせ>
[一般の方]info@footballista.jp
[お取り扱いを希望される書店様] (株)ソル・メディア 販売部 03-6721-5151
(平日10:00~18:00)

TAG

ウルグアイウルグアイ代表ルイス・スアレス

Profile

Chizuru de Garcia

89年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。