リバプール対アーセナル分析(前編):最高峰の両雄が採用した「6つの席を埋める」ビルドアップの構造と目的とは?
筆者が「モダンフットボールの流行の最前線に立つ2チーム」と評価するリバプールとアーセナルが激突したプレミアリーグ第3節。注目の大一番から見えてきた最新戦術トレンドを山口遼氏に分析してもらった。前編は、図らずも両チームが似た形を取った「6つの席を埋める」ビルドアップについて掘り下げる。局面のシームレス化が進んだ結果、ボール保持時のすべての局面で「リスク回避」が優先されるようになり、ビルドアップの最新トレンドもそれを反映した形に変わりつつある。
プレミアリーグで昨シーズンの覇権を争った2チームの戦いは、開幕直後とは思えない強度を両チームが披露した緊張感のある均衡した試合となった。
今日のシーズンオフの準備期間が明確に足りない現状を考えると、開幕直後のこのゲームを分析するにあたって両チームの現時点での「完成度」を問うことにはあまり意味があるとは思えない。加えてリバプールにもアーセナルも負傷者が続出しており(これも日程の影響だろうが)、ベストメンバーとは言えない陣容でこの試合を迎えている。そのため、両チームおよびそれぞれの指揮官が今季どのような方向性の戦い方を志向しているのかということに主眼を置いて考えていきたい。
上積みのアーセナル、戦術の屋台骨が変化したリバプール
どちらのチームも今季は積極的な補強を行った夏ではあったが、アーセナルは戦術を変更し得るような、チームの骨格となるプレーヤーを加えたというよりは、これまでの戦い方をさらにスケールアップし得るような面々を新たにスカッドに加えた印象がある。本来モビリティ(流動性)に優れたライスを解放し得る念願の本職アンカーのスビメンディや、それ以上に獲得の必要性をうたわれていた本格派の9番であるギョケレシュの獲得は、悲願のプレミア制覇に向けて絶対に必要と位置づけられていたであろう補強に成功した形だ。同時に、サカやマルティネッリの代役不在に悩まされていたワイドのポジションに、エゼやマドゥエケを獲得できたことも大きい。ゲームチェンジャーとなるような大型補強ではないものの、選手層の底上げにはつながるはずだ。
とはいえ、ここで述べたように、ラヤ、サリバ、ガブリエル、ライス、エデゴー、サカといった絶対的な中核となるプレーヤーは変化しないであろうことから、基本的には昨季までの戦い方を継続するような形になるだろう。新戦力たちがフィットし、真価を発揮してきた時にどのような相互作用や変化、適応が見られるかが注目だろうか。
一方でリバプールは、ルイス・ディアスやアレクサンダー・アーノルドといった主力の移籍やジョタの訃報などの影響もあり、戦術の核となるレベルの選手を次々に獲得する動きを見せた。エキティケやフリンポンの獲得に加えて、今夏最も注目されたであろうビルツの争奪戦も制したとあって、間違いなく今夏のマーケットの主役だったと言って良いだろう。特にエキティケやビルツは、彼らを軸にどう戦術を組み立てるかを考えて良いレベルのプレーヤーであり、戦術の屋台骨が変化したことでスロットがどのような戦い方や関係性を見出していくのかが気になるところだ。さっそくこの試合でもソボスライが右SBで起用されたように(これはフリンポンやブラッドリーの負傷の影響も大きいが)、これまでとは異なるポジションやタスクを与えられて評価される選手も出てくるかもしれない。

それぞれのスターティングメンバー、およびメンバー(図1)を見た筆者の雑感は以下の通り。
アーセナルは先述の通り負傷者多数で選択肢はあまり多くなかったという雰囲気を感じさせるスタートの陣容だった。攻撃時におけるクリエイティビティを発揮できる面々が軒並み負傷等で起用できないので、ボール保持によってゲームをコントロールしつつもやや守備的なゲームプランにならざるを得ないか。
リバプールは、こちらも先述の通り右SBが軒並み起用不可のため、ソボスライが緊急で右SBとして起用されている。あとは概ね現状のベストに近い陣容だが、こちらは新戦力が起用できている分、戦術の浸透度やコンビネーションの成熟、あるいはプレミアリーグそのものへの適応という意味ではまだ未知数であり、ビッグ6同士の対戦でどの程度パフォーマンスを発揮できるかは焦点になるだろうか。
ビルドアップの目的の変化。「支配」ではなく「リスク回避」へ
試合はスタートからしばらくは、予想通りクオリティよりも強度や守備が目立つ、均衡した堅い雰囲気が続いた。強度およびゲームプランの駆け引きの鋭さが年々増していっているプレミアリーグでは、依然としてビルドアップ(およびプレス回避)の重要性は高いものの、その戦術的な意味は変化してきている印象がある。
かつては主導権を握りながら前進し、効果的にゴールへと近づくことで攻撃回数や時間を増やすことが主要な目的だった。しかし、ここ数年でカウンターの脅威が急速に高まり、もはや最も主要な得点ルートになってきたような印象すらある中で、とにかくプレミアリーグで指揮を執る監督たちが気にするのは「リスクの管理」だ。
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Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd
