2024-25シーズンのプレミアリーグで独走優勝を成し遂げたリバプール。その立役者であるアルネ・スロットをユルゲン・クロップの後任に抜擢した「監督評価ツール」とは?開発に携わったイアン・グラハムの著書『サッカーはデータが10割』(飛鳥新社)で、監修も務めた木崎伸也氏に教えてもらおう。
「データドリブン思考」はビジネスだけでなく、フットボールにおいても圧倒的な差をもたらす――。今季リバプールがクラブ史上2度目のプレミアリーグ優勝を成し遂げたことで、疑いようのない事実になったと言えるだろう。
フットボールにおけるデータ革命は、2010年、ボストン・レッドソックスのオーナーである「フェンウェイ・スポーツ・グループ」(FSG)によるリバプール買収で始まった。サッカー版「マネーボール」を実行すべく、FSGはデータ分析に並々ならぬ情熱を注いできた。
その改革を担ったのが2人のイギリス人、マイケル・エドワーズ(現FSGフットボール部門ECO)とイアン・グラハム(現データコンサルティング会社「ルドナウティクス」CEO)だ。
エドワーズがスポーツダイレクター(SD)として監督や経営陣に分析結果をプレゼンし、ケンブリッジ大学で物理学の博士号を取得したグラハムがリサーチ部門を統括するという役割分担である。
取り組みの最大の特徴は、画期的な評価モデルを作ったことだ。1つのプレーがゴール確率をどれだけ上げたか(もしくは下げたか)を計算する「ポゼッションバリュー・モデル」を開発し、選手の攻守の能力を数値化したのである。
これによってジョエル・マティプやアンドリュー・ロバートソンらお買い得選手を次々に発掘し、リバプールは18-19シーズンにCLの頂点に立った。トッテナムとの決勝戦において、先発11人のうち9人がデータによって獲得を支援された選手だった事実が、その有用性を物語っている。翌19-20シーズンにはプレミアリーグ初優勝を成し遂げた。
データで選手を見つけられるなら、監督も見つけられるはずである。彼らが次に着手したのが「監督評価ツール」の開発だ。監督能力の数値化にチャレンジした。
22年にエドワーズとグラハムが立て続けにリバプールを去ったものの(のちにエドワーズは復帰)、プロジェクトは後任のウィリアム・スピアマンに受け継がれて監督評価ツールが完成。それが24年夏に実現したアルネ・スロット監督の抜擢につながったのである。
開発した分析ツールによって膨大なデータから限られた情報まで絞り込み、最後は主観で判断を下す。あえて名づけるなら「データドリブン・フットボール」となるだろうか。
「勝ち点期待値」で前監督クロップ招聘の不安を払拭
いったいリバプールは選手や監督の発掘にどうデータを利用しているのだろう?
選手発掘については、すでにフットボリスタの過去記事において何度も取り上げられてきた。また今年3月、グラハムの著書『サッカーはデータが10割』(飛鳥新社)が日本でも発売され、「ポゼッションバリュー・モデル」やトラッキングデータを用いた「ピッチコントロール・モデル」が詳しく説明されている。
今回は就任1年目のスロットがいきなり成果を出したことを受け、「監督発掘」にスポットライトを当てるとしよう。
まずは10年前に時計の針を巻き戻そう。すでに監督探しにおいてデータが用いられていたからだ。
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Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。
