SPECIAL

007?古典的なジョエル・ドリブル?全地球人が過小評価している?マティプという優しき巨人の話

2022.05.27

彼がいなければリバプールのドラマはあっけなく幕を閉じていたかもしれない。プレミアリーグ逆転優勝は叶わなかったものの、5月28日のCL決勝でカップ戦3冠を目指す今季、過去最良のシーズンを過ごしてきた在籍6年目のCB、ジョエル・マティプだ。サポーターの心をつかむ独特の佇まい、ファン・ダイクが羨む「ドリブルでボールを前に運ぶ」能力の持ち主で、クロップや副官のラインダースも絶賛する30歳について、リバプールファンにはおなじみ、Yuki Ohto Puro(@mateinappa)さんが綴る。

 大のリバプールファンとして知られるダニエル・クレイグが最後のジェームズ・ボンドを演じた『007』シリーズ最新作が公開された2021-22シーズン。マージーサイドの赤きチームは歴史的な金字塔を打ち立てた。FAカップとリーグカップのダブルはリバプールにとって2011-12シーズン以来10年ぶりの国内カップ優勝であり、そして2001-02シーズンのUEFAカップ(現EL)を含めた変則的なカップ・トレブル以来21年ぶりの両タイトル獲得となった。ユルゲン・クロップはサー・アレックス・ファーガソンに次いで2人目のプレミアリーグ、CL、FAカップ、リーグカップの4タイトルを制覇した監督という栄誉を授かった。

 そんな激動の中、リバプールでは突如として新たなジェームズ・ボンドの後継者が誕生した。彼の活躍なくして今シーズンの偉業はあり得なかった。今回はその男、“優しき巨人”の話をしよう。

相棒ファン・ダイクの愛と信頼

 FAカップ決勝(5月14日)後、世界最高のCBとも謳われるフィルジル・ファン・ダイクが自身のInstagramアカウントに1枚の写真をアップロードした。中央にはトロフィーを持つ彼自身、左側には右SBのバックアップとして今季優れたパフォーマンスを見せているジョー・ゴメス。そして右側には笑顔で佇む男。「007」のタグが付けられている。彼こそがジョエル・マティプ、その人だった。

 Instagramには被写体とアカウントを紐づけて表示させる機能があるが、マティプは自身のアカウントを開設しておらず、ファン・ダイクより愛を込めてジョークが投稿されたのだろう。スリリングな展開のスコアレスで進んだ決勝戦、延長突入と同時にケガの予兆を感じたファン・ダイクに代わって投入されたマティプは、危機一髪の場面を作られながらもチェルシーの危険な攻撃陣をシャットアウトすることに成功し、結果的に慰めの報酬となるPK戦勝利に貢献した。ファン・ダイクが試合後に「(ケガの)リスクは冒せない。ジョエルを信じなければね」と語った通り、彼に大きな信頼を寄せていることがわかる。

 今季のマティプのスタッツをファン・ダイクと比べると、彼の選手としての特徴が浮き彫りになる。守備面では空中戦勝率こそファン・ダイクに譲るものの、グラウンドでのデュエル勝率や90分あたりのタックル/インターセプトのキーアクション数では相棒を凌駕(りょうが)している。相手を牽制し勝負どころで遺憾なく身体能力を発揮するファン・ダイク、積極的に動くことで敵を押し潰すマティプ、という役割の違いが際立つ。

 印象的だったのは、4月10日に勝ち点1差で迎えたマンチェスター・シティとのプレミアリーグ頂上決戦(2-2)。試合終了間際にリヤド・マレズがボックス内右隅から放ったシュートをつま先数センチのタイミングで彼がブロックしていなければ、両チームのギャップが大きく開き今シーズンのドラマはあっけなく幕を閉じていたかもしれない。

 ビルドアップの面でも両選手はそれぞれのキャラクターを生かしながらチームに貢献している。パス成功率や90分あたりのパス本数は互いに拮抗し合っているが、前方へのロングパスを中心に長短織り交ぜながらボールを前進させるファン・ダイクの能力は今や世界中から称賛されている。彼が自陣後方からトレント・アレクサンダー・アーノルドやモハメド・サラーへと神懸かったパスを蹴り出すシーンは、今季何度見た光景かもはや記憶にないほどだ。

リバプールが追求するダイナミクスの牽引車

……

残り:2,729文字/全文:4,511文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

ジョエル・マティプフィルジル・ファン・ダイクリバプール

Profile

Yuki Ohto Puro

サミ・ヒーピアさんを偏愛する一人のフットボールラバー。好きなものは他人の財布で食べる焼肉。週末は主にマージーサイドの赤い方を応援しているが、時折日立台にも出没する。将来の夢はNHK「映像の世紀」シリーズへの出演。

RANKING