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「宇佐美がいないから負けた」は誇張。天皇杯決勝でG大阪の対抗戦略をも上回った神戸の強さを言語化する

2024.11.28

J1連覇まで残り2勝に迫る中で、5大会ぶり2度目となる天皇杯優勝を果たしたヴィッセル神戸。決勝(0-1)でガンバ大阪が敷いた対抗戦略からも浮かび上がるその強さの正体を、東大ア式蹴球部でテクニカルスタッフ、強化、コーチを務めた高橋俊哉氏が分析する。

 筆者も現地で観戦したが、決勝の舞台にふさわしく非常に締まった、見応えのある試合だった。大きなチャンスこそ少なかったがピッチ内にはヒリヒリとした緊張感が常に漂い、そして両チームのサポーターやサッカーファンが作るピッチ外の雰囲気も素晴らしいものがあった。

 まず結論から言うと、ヴィッセル神戸は強かった。J1リーグ連覇が近づいていることも示すように、今日本で最も強いチームと言ってまったく差し支えないだろうし、この天皇杯制覇によってその地位をより強固にしたとも言える。

 一方のガンバ大阪にとっても、技術的なミスや戦術的なエラーはほとんどなかったように思う。勝敗を分けたのはほんの少しの運と、そして小さいながらも確実に存在した実力差であった。

 さて、その天皇杯決勝について振り返っていくわけだが、G大阪のゲームプランや試合の流れについて考えつつ、神戸の「強さ」を明らかにしていきたい。

左右差を抑えた神戸のロングボール&クロス攻撃

 まず、激震が走ったのは試合開始2時間前だった。神戸は欠場明けの右SB酒井高徳、CF大迫勇也をはじめほぼベストメンバーがそろったのに対し、G大阪のメンバーリストには宇佐美貴史の名前がなかった。その直後に出された負傷のリリース。復活の象徴的存在で崩しのキーマンでもある主将の不在は、チームにとってこれ以上ない不安材料であり、そして発奮材料でもあっただろう。

 結果的に言えば、崩しの質という点でやはり宇佐美の不在は決して無視できない要素だった。ゼロからチャンスを作り出す存在がいなくなったことで、G大阪は論理的に攻撃を組み立てざるを得なくなり、そこで神戸の守備を上回ることができなかった。前線には若い選手も多かった。自分の技術・アイディアで何とかしないといけないという気負いがプレッシャーにもなってしまったのかもしれない。

 とはいえ、「宇佐美がいないから負けた」というのも誇張表現だろう。この日のG大阪は、宇佐美がいないから何もできない、そんなチームでは決してなかった。その点は強調しておきたい。だから本記事において宇佐美の欠場について論じるのもここで最後とする。

 さて、ゲームプランおよび序盤の戦い方だが、ここで神戸の「強さ」が関係してくる。それは単純なスカッドの強さだ。日本では批判の対象にもなりがちな、お金をかけて良い選手をそろえる、ということを妥協なく行っている。身も蓋もない話であるが、その重要性は言うまでもないだろう。

 その中でも大きな強みになっているのが右の武藤嘉紀、左の宮代大聖からなるSH(サイドハーフ)である。どちらもフィジカル、スピード、技術、フィニッシュの精度に優れ、彼らをロングボール及びクロスのターゲットとするという戦い方が確立されている。そしてこの2人の能力の差、つまり「左右差」が小さいため、神戸としては「最終ラインからSHへロングボール→こぼれ球を拾う→同サイドで攻撃orクロスに対して逆SHが飛び込む」という攻撃を左右どちらからも展開できる。一方でその攻撃の「的」となる相手選手は主にSBだが、一般的に空中戦を得意としていない選手が務めることが多い。だからこそ、この攻撃が有効になるわけだ。加えて言えば、このロングボールおよびクロスの起点となるSBにも、酒井、初瀬亮と良いキック精度を持つ選手がいることも忘れてはならない。

 G大阪としてはゲームプランを練る上で、この攻撃を封じることが最優先となる。解決策の1つが、ロングボールの方向を制限すること。前半多かったのは右CB山川哲史→宮代という対角のロングボールだった。これは神戸が意図して増やしたというより、G大阪のプレスがそうさせたというのが正しいだろう。CFの坂本一彩とトップ下の山田康太はワンサイドカットを徹底し、山川側にボールを誘導しているように見えた(下図)。

 おそらく、武藤・大迫vs黒川圭介(左SB)・福岡将太(同CB)よりは宮代・大迫vs半田陸(右SB)・中谷進之介(同CB)の方が与しやすい。また方向を制限することでセカンドボールを争う中盤の選手も予測がしやすくなる。実際に前半、この形からピンチを作られる場面は少なかったため、対策としてはある程度機能していたと言えるだろう。その裏をかかれてショートパスから前進され崩される場面はあったが、左CBマテウス・トゥーレルや武藤など、G大阪の出方を見てプレーを変えられる神戸の選手たちは非常に厄介であった。

「SBの打開力」と「ダワンのヘッド」を生かすG大阪の「形」

 そしてもう1つの解決策が、なるべくマイボールの時間を増やすこと。「ボールを持つことはあくまで手段」というのは「繋いでばかりいないでゴールを目指しなさい」という意味で用いられることが多いが、この日のG大阪にとっては失点のピンチを極力減らすためにボールを持つという「手段」が必要だった。当然ボール保持は攻防一体の戦略であるから、次は攻撃面の意図について考えていきたい。……

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Profile

高橋 俊哉

1999年生まれ。武蔵高校から東京大学に入学し、文学部社会学専修を経て工学系研究科都市工学専攻に進学。研究内容はスポーツクラブとまちづくりについて。またア式蹴球部ではテクニカルや強化、コーチとして活動。好きなチームはガンバ大阪で、好きな選手はオジェソクと岩下敬輔。高校時代は気持ちで闘うタイプの選手でした。note: https://note.com/techtaka X: @techtaka

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