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日本代表の大きなテーマ。モダンサッカーのビルドアップを考える(前編):「8対7の原則」と「プレッシャーライン」

2023.03.30

好評発売中の『モダンサッカーの教科書Ⅳ イタリア新世代コーチと読み解く最先端の戦術キーワード』は、『footballista』で圧倒的人気の元セリエAコーチ、レナート・バルディが、最先端の現場で磨き上げた「チーム分析のフレームワーク」と戦術キーワードを用い、欧州サッカーで現在起こっている戦術トレンドの全体像を整理する一冊だ。

新生・日本代表でも大きなテーマになっている「ビルドアップ」について、本書の中からモダンサッカーのトレンドを紹介する。前編では「8対7の原則」と「プレッシャーライン」について。

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『8対7』『8対6』

6年前は「8対7」のマンツーマンプレッシングはほとんどなかった

片野「前章、後方からのビルドアップを扱う上で、ゴールキックだけを独立した1つのカテゴリーとして取り上げたのは、CKやFKと同じようにゴールキックもまた攻撃側が主導権を握ってタイミングと配置を決めることが可能なセットプレーであるという考え方からでした。

 ただ、いったんプレーが始まってからは、パスが2、3本と繋がる間に通常のオープンプレーに戻っていくわけですよね。スタートのやり方は違っても『ミドルサードあるいはアタッキングサードの中央3レーンにいるアタッカーにクリーンなボールを届ける』、つまりアタッカーがフリーで前を向いて最終ラインに仕掛けられる状況を作ることを目的として、後方からのビルドアップが進んでいくことに変わりはない。ここからは、オープンプレーにおける後方からのビルドアップについて掘り下げていきましょう」

バルディ「オープンプレーにおける後方からのビルドアップは、大きく2つにカテゴライズすることができます。1つは『プレッシャー下でのビルドアップ』、もう1つは『非プレッシャー下でのビルドアップ』です(図5参照)」

片野「プレッシャー下というのは、具体的には敵の前線がこちらの最終ラインにプレッシャーをかけて来ている状況ということですよね」

バルディ「はい。プレッシャー下でのビルドアップでは、フリーマンを作り出しボールを届ける、敵のプレッシャーラインをパスやドリブルによる持ち上がりによって突破する、前後のパス交換で敵を揺さぶる、パスの起点となったサイドにボールを戻してプレスの矢印の逆を取る―といったコンセプトとそれに基づくプレー原則が鍵になります。ビルドアップの初期段階、ファーストサードにおいて最も重要なのは、ピッチ上に生成され消えていくスペースを読み取り解釈する能力です。プレッシャーを受けてスペースと時間が圧縮されている状況で、自軍ゴールからほど近いゾーンでボールを扱うというのは、極めてリスクが大きいデリケートな状況です。とはいえ、GKの存在によって少なくとも+1、相手のプレッシングの仕方によっては+2の数的優位は確保されているので、それを踏まえた上でどこにスペースがあるか、誰がフリーマンかを素早く読み取って的確な判断を下す必要がある。

 もう6年前になりますが、バイエルン時代のグアルディオラと話をした時、 ビルドアップは7対6(GKを含めれば8対6)に収斂する、と言っていました。当時はまだ、守備側が最終ラインでの数的均衡を受け入れて前線からマンツーマンでプレッシングを仕掛けてくるというケースはほとんどありませんでした」

片野「攻撃側の3トップに対して4バックが数的優位を保った上で、中盤と前線の6人がハイプレスを仕掛けてくるのに対し、こちらのDFとMFの7人+GKの8人が+2の数的優位を保ってビルドアップするのが基本だったということですよね。しかし今は最終ラインでの数的均衡を受け入れ、ピッチ全体でマンツーマンの関係を保ってハイプレスを仕掛けてくるチームも多くなってきた。その場合フィールドプレーヤーは7対7、GKを入れてようやくビルドアップ側が『8対7』の数的優位を作れる状況になると。しかもその+1はGKなので、実質的には+0コンマいくつかでしかないわけで、攻撃側のリスクは以前よりも大きくなっている」

バルディ「ただ以前も話した通り、その分そのハイプレスをかわしてオープンスペースにボールを持ち出すことができれば、敵陣で数的均衡、質的優位という大きな優位性を手に入れることができるわけです。ボールを持ったアタッカーが前を向いて敵DFに1対1で対峙するというのは、守備側にとって極めて危険かつ困難な状況ですからね。

 マンツーマンでハイプレスを受けた場合、つまり『8対7』でのビルドアップにおいては、できるだけ素早く前線にボールを送り込んでその状況を作り出すことが、最も優先順位の高い選択肢になってきます。20-21シーズンまで3年間率いたサッスオーロをイタリアで最もポジショナルプレー志向の強いチームに仕上げ、シャフタールを経て現在はブライトンを率いているデ・ゼルビ監督は、敵のプレッシャーが強ければ強いほどビルドアップはダイレクトかつ縦志向が強くなる、と言っていました。これは必ずしもロングボールを敵陣に蹴り込むことを意味するわけではなく、敵の第2プレッシャーラインを越えて前線のFWに直接縦パスを送り込むことで、最終ラインとの数的均衡、質的優位を生かす形を作るということです。一方、マンツーマンでのハイプレス(8対7)と比べれば相対的にプレッシャーの弱い『8対6』のビルドアップでは、+2の数的優位を利用しつつパスを繋いで前進していくのが基本です」

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モダンサッカーの教科書Ⅳ日本代表

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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