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「トライせずにはいられない」―― スペクタクル・マツモトへと変貌を遂げる松本山雅FCの新地平

2023.03.05

J3でのシーズンも2年目を迎える松本山雅FC。唯一の目標であるJ2復帰は、新監督の霜田正浩に託されたが、ロマン派で鳴らす指揮官は既にチームへ攻撃的なエッセンスを落とし込み、選手たちもそれを受け止めながら、ポジティブな変化を楽しんでいるようだ。ただ、もちろんそれも評価されるのは結果が伴ってこそ。キャンプの全日程を取材した大枝令が、その期待を描く。

新指揮官・霜田正浩がチームにかけた“魔法”

 パッションを帯びた口調で、理路整然と戦術が語られる。「ストン」という音がするような感覚で、肚に落ちて全身に染みわたる。その根底には、疑義を差し挟む余地のないほど明確な設計図があるから。気がつけば、チームは目を輝かせながらトレーニングに打ち込んでいる――。

 寒冷地だからこそ長い、松本山雅FCのトレーニングキャンプ。今季は和歌山と鹿児島で合計31日間にも及ぶキャンプを張った。昨季に1年でのJ2復帰を逃し、2年目となるJ3のシーズン。新指揮官・霜田正浩監督は時間をたっぷり使い、松本山雅にある種の“魔法”をかけた。その全日程を取材した人間として、今季は全く別種のチームとして皆さんの前に立ち現れることを予言しておく。

 ボールオリエンテッド――ボールを中心とした攻撃と守備。新指揮官の根底にあるのはその言葉に集約される。「攻撃/守備」というよりは、「ボール保持/非保持」と表現するのが相応しい。冷や汗をかきそうになるほどコンパクトに、上下左右を圧縮する。ボールという宝物を手中に収めるべく、明確に狙いを定めて獰猛に狩る。

 奪還したらどうするか?もちろんゴールに入れに行く。最終的な形から逆算して、そのための最適解を共有しながら前進する。ポゼッションではなく、プログレッション。攻略すべきポイントをしかるべきタイミングで陥れ、ネットを揺らす。「ああ、練習で見た通りのゴールだ」。キャンプ中のトレーニングマッチで、何度そう膝を打ったかわからない。

2月4日には先駆けて開幕したJ1で首位を走るヴィッセル神戸と対戦した松本山雅。その後の鹿児島キャンプではFCソウル、コンサドーレ札幌、ロアッソ熊本とトレーニングマッチを行っている

「ボールを持つ」という新たな選択肢

 その過程で、パスが繋がる。松本山雅を長年見てきた人なら共感できると思うが、元来は「持たざるチーム」だった。持っているのは熱狂的なサポーターと、彼らがもたらす有形無形の支援。それが原動力となり、2019年までは反町康治監督とともに右肩上がりの成長曲線を描いてきた。J1にまで到達した。それでも、ずっと持てなかったものが一つだけある。

 ボールだ。

 J2参入当初は選手の特性に合わせ、現実的な堅守速攻を極限まで突き詰めた。ビルドアップという概念さえほとんどなかった。そのままJ1に到達し、跳ね返された2016年に5レーンを導入。ただ、最終的に定着には至らず2019年の指揮官退任を迎えた。2度目のJ1で残留を果たせなかった苦いシーズンとして記憶されている。

 そこからは、「急転直下」という言葉通りの落日ぶりだった。2度の指揮官交代、そして最下位でのJ3降格。ボタンを掛け違えるとこうなってしまう――という悪しき例を体現するように沈んだ。もちろんその場その場でチームの現場は全力を振り絞っていたと認識はしているけれども。

 しかし今季は、明確に違う。……

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戦術松本山雅

Profile

大枝 令

1978年、東京都出身。早大卒。2005年から長野県の新聞社で勤務し、09年の全国地域リーグ決勝大会で松本山雅FCと出会う。15年に独立し、以降は長野県内のスポーツ全般をフィールドとしてきた。クラブ公式有料サイト「ヤマガプレミアム」編集長。

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