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「ウタカ復活」という救いのある裏切り。元同僚・井筒陸也のひねくれた祝福

2022.04.21

著書『敗北のスポーツ学』の出版イベントで、井筒氏に徳島ヴォルティス時代のキャリアを振り返ってもらった際、彼がレギュラーとして戦った2018シーズン(シーズン途中で複数の主力が移籍する苦しい事態に直面した)について尋ねた第一声が、「ウタカ、なんで今復活してんねん(笑)」だった。同時に、「チームのために動ける本当に素晴らしい人間」だとも。38歳でJ1得点ランキング1位に立つという目覚ましい活躍を続ける京都サンガのピーター・ウタカ。元チームメイトの復活に井筒陸也は何を思うのか?

 書籍の発売イベントで、ひょんなことから京都サンガのピーター・ウタカ(以下ウタカ)の話題になった。

 冗談半分で「彼は、徳島ヴォルティスで僕と一緒だった時は静かだったのに、京都サンガで大活躍してるの、なんでやねん(笑)」ということを言ってしまったことをきっかけに、今回の記事の企画が始まった。

 憲くん(岩尾憲/浦和レッズ)もそうだし、リカルド(・ロドリゲス/浦和レッズ監督)もそうだし、僕がJリーグにいた、たった3年の短い期間でともにサッカーをした選手のほとんどが、平たく言えば出世をしている。メインストリームから外れたのは、本当に僕くらいである。そのおかげで、こうしてサッカー界からお呼びがかかって文章を書かせてもらえることは、当時の同僚たちに感謝である。

僕が知るピーター・ウタカという人間

 僕が彼とチームメイトになった時、僕は25歳、彼は34か35歳くらいだった。清水から広島に移籍し、2016年にJ1得点王、2017年にFC東京への期限付き移籍を経て、2018年に徳島に移ってきた。日本に来る前にも、ベルギー、デンマーク、中国で活躍し、僕から見ればすでに大成功を収めたサッカー人生で、晩年、日本の最後のチームとして徳島を選んだと思っていた。

 徳島での在籍は1年だけだったが、18試合に稼働し、6得点。大活躍だったとは言い難いが、年齢のことを考えれば十分すぎると言える。だって、キャリアの晩年にJ2で6点も取っているのだから。

 その後、彼は甲府に移籍。ただそこで彼は、ほとんどすべての試合に出場し、20得点を挙げた。その時からすでに、僕は「なんでやねん」とツッコミを入れていた。ただ、それだけでは快進撃は終わらなかった。翌年に移籍した先の京都では、磐田のルキアンに並んで得点ランキング2位、京都を12年ぶりのJ1昇格にまで導いてしまう。なんでやねん。J1に上がってからも、曺さん(曺貴裁/京都サンガ・監督)ならそこそこ健闘してしまうんだろうなと思ったら、やはり上々の成績。ウタカ個人に至ってもJ1得点ランキング単独トップという顛末である。なんでやねん。

 今回のテーマは「なぜ、ウタカが復活したのか」ということである。正直、こっちが聞きたい。なぜ、徳島にいた時に20点くらいぶちこんでくれなかったのか。現在、僕はベンチャー企業でサラリーマンをしている。それなりに忙しくDAZNではハイライトくらいしか見れていないので、サッカー的な分析はできない。「曺さんのサッカーが、ウタカのプレースタイルにどうのこうの……」みたいな批評が好きな人は、他の記事を読んでほしい。僕は、僕の知り得る範囲での彼の人物像から想像をする他ない。ということで、彼とのやりとりの中で印象に残っている2つのエピソードを披露したい。……

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『敗北のスポーツ学』ピーター・ウタカ徳島ヴォルティス

Profile

井筒 陸也

1994年2月10日生まれ。大阪府出身。関西学院大学で主将として2度の日本一を経験。卒業後は J2徳島ヴォルティスに加入。2018シーズンは選手会長を務め、キャリアハイのリーグ戦33試合に出場するが、25歳でJリーグを去る。現在は、新宿から世界一を目指すクリアソン新宿でプレーしつつ、同クラブのブランド戦略に携わる。現役Jリーガーが領域を越えるためのコミュニティ『ZISO』の発起人。