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モロッコ代表でも再び…ハリルホジッチ解任騒動、クロアチア側の視点

2022.04.14

モロッコ代表をW杯に導いたヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、またも大会前に解任の危機に瀕している。ジエク、マズラウィら主力と対立し、国内世論を完全に敵に回してしまったのだ。カタールW杯初戦で対戦するクロアチアは、ハリルゆかりの国でもある。ライバル国は今回の騒動をどう見ているのか、長束恭行氏が解説する。

 3月5日、モロッコ代表監督のヴァイッド・ハリルホジッチは、旧ユーゴスラビア諸国をカバーするテレビ局『N1』にリモート出演。三民族による激しい紛争が起きた祖国ボスニア・ヘルツェゴビナでは「独立性」を貫き、独立意識の強さがゆえ、監督キャリアにも深く影響したことをインタビューで語った。

 「私は政党や特定の一派に属したことがない。人類に対する私の考え方は、あらゆる民族間の分裂を引き起こしてきたものとは大きく異なっている。おそらく私は理想主義的でユートピア的な別世界に属しているのかもしれない。今、こうしてウクライナで起きていることを目にしているとね。しかし、最後の最後まで自分のスタンスを変えるつもりはないんだ。それは誤りかもしれないし、社会に対する考え方が主観的すぎるのかもしれない。でも今の自分を貫き通すつもりだよ。誰も私を変えることはできないんだ。

 もし誰かが変えさせるとしたら……。クラブや代表チームの監督を務めていると、考え方や振る舞い方を変えさせようと極めて強力な干渉が頻繁に起きてくる。日本では予選突破したのにもかかわらず私は代償を支払った。スポンサーはある選手を広告塔として代表チームに入れることを望んだが、それには反対したんだ。そのせいで私自身がW杯へ行けなくなった。己の考え方や決断が要因で幾度となく高い授業料を払ってきたよ。しかし、頭の中が変わるチャンスはまったくない。私は誰かにとっては善い存在で、誰かにとっては悪い存在であると自認している。『ヴァハ(旧ユーゴでの彼の愛称)は熱愛されるか、憎まれるかのどちらかだ。誰も無関心にいられることはない』と常に口にしてきたのだから」

『N1』のインタビュー動画。上記のコメントは23分30秒から。「いつの日かボスニアサッカー界を助けるために戻るつもりだが、まずはモロッコで課されているミッションを成功に終わらせたい」と締め括っている

 このインタビュー後にアフリカ最終予選でコンゴ民主共和国に勝利し、モロッコ代表のカタールW杯出場権を勝ち取ったことで、ハリルホジッチは「4カ国をW杯に導いた史上初の監督」になった。しかしながら、コートジボワールでは大統領選挙に絡んだ政治的な理由で、日本では「選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきた」という理由で本大会前に電撃解雇という憂き目に遭っている(当時の彼については拙稿『ヴァハよ、元気か?息をしてるか?その後のハリルホジッチ』に詳しく書いている)。

ジエク、マズラウィとの深刻な対立

 「二度あることは三度ある」とよく言うように、モロッコでも彼は同じシナリオを繰り返そうとしている。今回の解任理由になりそうなのが、主力選手との軋轢だ。特定の人物や組織に媚びることが嫌いなハリルホジッチにとって「スターシステム」は不協和音を引き起こすものでしかなく、うぬぼれた選手や規律を守らない選手に対して居丈高に接してしまいがちだ。

 ハリルホジッチが最も激しく対立する選手が、現在のモロッコで最もネームバリューの高いMFハキム・ジエク。同国メディアが報じた内情によると、昨年にチェルシーでCLを制覇した彼は、6月のブルキナファソとガーナとの親善試合を控える代表チームに遅れて合流。7日間以上トレーニングをしていなかったために練習初日はジムで汗を流すつもりだったが、その予定が監督には伝わっていなかった。グループ練習にジエクを呼びつけると「なぜトレーニングをやりたくないんだ? もしやりたくないのならば出ていけ!」とチームメイトの面前で口撃。この一件で両者にわだかまりが残った。9月のW杯予選でジエクを代表チームから外した理由をハリルホジッチはこう述べている。

 「6月の2試合における彼の振る舞いは、他の模範となるべきリーダーとしてふさわしいものではなかった。遅れてやってきて、それからトレーニングを拒否したんだ。そこに議論の必要性はなく、監督として取れる手段は1つだけだった。代表チームは何よりも優先されるもの。誰もが代表チームを人質として扱うことはできない」

CL優勝の折にハリルホジッチはInstagramでジエクを祝福するも両者の関係は急展開。ちなみにジエクは合流初日にモロッコ代表のチームメイトと優勝記念パーティーを催していたという

 親善試合のガーナ戦ではジエクを68分から起用したものの、試合中にウォーミングアップを拒んだことも指揮官の怒りを買った。

 「私の監督キャリアにおいてあのような振る舞いを目にしたのは初めてだ。まずケガを言い訳にして親善試合の出場を拒否した。彼を診察した医療スタッフは出場可能だと言っていたのに。そして今度は試合中にウォーミングアップを拒否した。交代出場に失望していたからだ。監督の立場ではあんな行動は容認できない。代表チームで欺くことは許されないんだ。チームのために100%徹するか、そうでないかのどちらかだ」

 ハリルホジッチの批判が公になったことで、ジエクも黙ってはいられなかった。24時間で消えるInstagramのストーリー機能を使い、すかさず反論を投稿した。

 「次に話す時には真実を話してくれ…!!!(ピエロの絵文字)」

 ビッグクラブがこぞって関心を寄せているアヤックスの右SBヌサイル・マズラウィもハリルホジッチから爪弾きにされた1人だ。彼は2020年11月の中央アフリカ戦を最後にモロッコ代表から遠ざかっている。アヤックス側との綱引きで代表チームの合流に遅れたマズラウィに対し、遅延を快く思わないハリルホジッチの間で齟齬(そご)が生じていた。合流最初のトレーニングでは喉が乾いていないのにこまめに給水を促す指揮官の行動を「強要」と感じたマズラウィは、キャプテンから手渡された給水ボトルをぞんざいに扱ってしまう。それを目撃したハリルホジッチは激怒し、練習場から彼を追い出した。

今夏フリーになるマズラウィにはバイエルン、ドルトムント、バルセロナ、レアル・マドリー、ユベントス、ミラン、ナポリ、ローマ、アーセナルなどが触手を伸ばしている

ジエクの「代表引退宣言」で国内はヒステリー状態

 一度怒らせると周囲が説得してもテコでも動かない、そんなハリルホジッチの潔癖症は衆目の一致するところ。ジエクやマズラウィに加え、MFアミーヌ・アリ(マルセイユ)やFWアブデルラザク・ハムダラ(アル・イティハド)も監督の一存でモロッコ代表から追放された。……

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ヴァイッド・ハリルホジッチヌサイル・マズラウィハキム・ジエクモロッコ代表

Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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