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【対談】五百蔵容×竹内達也(前編): 似て非なる森保ジャパンとハリルジャパン

2022.01.26

開幕3戦2敗とカタールW杯アジア最終予選で厳しいスタートを切った日本代表は、3連勝で持ち直し本大会出場圏内の2位に浮上。起死回生を遂げた2021年の戦いぶりから見えてくる森保ジャパンの成長と課題に迫るべく、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』と『サムライブルーの勝利と敗北』を上梓した分析家・五百蔵容氏と、森保体制発足当初から日本代表の現場取材を重ねている記者・竹内達也氏に対談してもらった。

前編では「委任戦術」を解明しつつ、森保一監督のチームビルディング術、そして[4-3-3]へのシステム変更をピッチ内外の視点から分析する。

サウジ戦にみる「委任戦術」の正体

――五百蔵さんは書籍『砕かれたハリルホジッチ・プラン』で、ハリルジャパンを徹底分析されていましたが、ハリルホジッチ元監督と比較して森保監督をどのように見ていますか?

五百蔵「ハリルホジッチ元監督は時間の許す限り戦術練習を行う方で、想定される相手チームのフォーメーションや戦術、さらには相手選手一人ひとりの特徴から性格まで選手に叩き込んでいましたが、そうした勝利への執着、そのための準備の徹底といった面で意外と森保監督はハリルホジッチ元監督と近いタイプではないかと僕は考えています」

竹内「森保監督も対戦相手の分析は徹底してやっていると思います。海外組が大半で多くの選手が疲労や長距離移動のリカバリーに取り組まざるを得ない状況でも、試合日の前々日から戦術練習を行うのが基本になっています。非公開が恒例なので実際に目にする機会は多くありませんが、選手の話を聞いている限りでは、森保監督が自らピッチに立ってトレーニングを指揮し、練習を止めながら対戦相手の弱点などを落とし込んだりしているようです」

五百蔵「結果こそ0-1で敗れましたが、サウジアラビア戦も内容で見るとそうした分析結果を生かせていましたよね。例えば守備時は[4-4-2]でプレッシングを仕掛けてくるサウジアラビアに対して、2トップの来ない両サイド、とりわけ右サイドに[4-2-3-1]でボランチを任されていた柴崎が降りて、トライアングルを形成しながら相手の左SBの背後を使う狙いは、開始早々から明確でした。

 一方で試合が進むにつれて、柴崎が右サイドに偏って中盤に遠藤1枚しか残っていない状況が頻発していたのも事実です。そこでボールを失った時に左サイドハーフの南野が絞るのか、左CBの冨安が前に出て潰すのか。そうした判断を選手が自ら下していく余地を与えているかどうかが、森保監督とハリルホジッチ元監督の違いですよね。森保ジャパンではチームとしての約束事はあるのですが、『そこを決めていないんだ』というようなところが決まっていない。

 あえて決めずに選手たちの状況判断に委ねることが多く、サウジアラビア戦も中盤のスペースを徐々にトランジションで使われるようになってしまいました。結果、遠藤が一人でバイタルエリアをカバーしているうちに、急いで戻って自ら尻拭いをする柴崎に大きな負担がかかってしまった。つまりミクロな対策として相手の弱点を突く攻撃の形は作れるものの、攻守のバランスを失うリスクについては考えられていない。森保監督はその運用と判断を選手に委ねていますが、マクロな構造上の問題をピッチ上で解決するのはかなり難しいですね」

――そこが「委任戦術」と揶揄されている理由ですよね。竹内さんは実際に現場を取材されていて、いかがですか?

竹内「正直、外から見ている印象と変わらないのではないかと思います。そもそも森保ジャパンは、ポジショナルプレーのように攻守のバランスを最優先したスタイルを目指していないと僕は考えていますね。西野ジャパンでコーチを務めた森保監督は、ベルギーに真っ向勝負で挑んで力負けしたロシアW杯ベスト16を経験していて、強度の違いに敗因を見出しているように思います。だからむしろ、サッカーの不確定要素を生かしながら速く正確な攻めで一瞬の隙を突き、格上を倒してベスト16の壁を越える狙いがあるのかもしれません。そのリスクを補完できる流動性、弾力性、液状性を高めるために、自由度を高く調整しているのではないかと」

五百蔵「実際にサウジアラビア戦も、ハーフスペースを上がっていく23番のボランチの背後を南野が狙っていましたよね。サッカーはイタリアで『丈が短い毛布』にたとえられるように、『あちらを立てればこちらが立たず』が様々な局面や場所で起こるので、そうしたミスマッチを森保監督は利用しようとしているのかもしれません。でも欧州では両立を目指す方向に進んでいて、例えば以前は南野の立ち位置のように攻撃を有利にするには守備で不利にならざるを得ませんでしたが、グアルディオラ監督のポジショナルプレーが浸透した。攻撃的に振る舞ってもチーム全体で配置を整えているので攻守のバランスが崩れにくくなり、その振れ幅は一定になったんです。

 サウジアラビアもポジショナルプレーの色が濃く、攻撃時は[4-2-3-1]でトップ下を中心に中盤の入れ替わりが頻繁に起こっていましたが、例えばボランチが上がってもサイドハーフが絞ったりしていたので全体のポジションバランスが崩れず、カウンタープレスで日本の攻撃の芽を摘めていました。もちろんポジショナルプレーでは安定性が増す一方、アタッカーにクオリティがないと攻撃できている割に点が取れなくなる側面もありますが、そうやって今や他国がチームとしての構造や戦術で自動化しているはずのタスクの入れ替えを、日本は選手が考えながら行っている。状況の変化に対して選手間やグループ間で生じるメリットとデメリットの収支を踏まえた最良の決断を、ピッチ上の選手自身が下さなくてはならないので、どうしても対応が遅れてしまいます。だからサウジアラビアのゲームプランにも後手に回ってしまいました」

竹内「サウジアラビアは前半、あえて日本の生命線である中盤を放置していて、繋がれてもスペースに蓋をしていましたが、むしろ後半はそこを重点的に狙ってギアを上げてきましたよね」

五百蔵「そうですね。後半からサウジアラビアは[4-3-1-2]の陣形で日本のCBとボランチへ縦方向にプレッシングを仕掛けてきました。ビルドアップがスムーズに進められなくなった日本は、ピッチ上の判断で解決方法を模索するも見つけられず、ミスから自滅してしまった。そこで失点に繋がるバックパスを出した柴崎がやり玉に挙げられていますが、苦し紛れの状況に陥ったので自然と長短のキックで局面を打開できる彼にボールが集まっていたんですよね」

竹内「森保ジャパンにおいて、柴崎は一貫してゲームを整える役割を担っていますからね。どこにどうボールを回してどう攻めればバランスを保てるのかがわかっている選手なので、自然と彼にしわが寄っていった結果として生まれた失点でした」

五百蔵「しかも敵地の猛暑の中でカウンターが失敗すれば、すぐに遠藤のサポートに回らなければいけなかったので、柴崎の負担はかなり大きかったのではないでしょうか。でも疲労も含めて選手が自ら考えて解決策を出していかないといけないのが、森保ジャパンの戦略なので仕方がありません」

サウジアラビア対日本(1-0)のハイライト動画

Japan’s Wayは誤解されている?

――選手自身はその辺りをどのように認識しているのでしょうか?

竹内「柴崎の隣でプレーしていた遠藤にサウジアラビア戦後、話を聞きましたが当事者である選手もミスマッチが起きていること自体は理解しているんですよね。では、なぜピッチ上で解決できないのか。その理由を問うと『ミスマッチは利点もある』という答えがいつも返ってくるんです。だから選手も攻守のバランスを取るのではなく、そのズレを活用していく意識を持っているのは間違いないですね」

五百蔵「ただ僕らが考えている以上に論理的で解像度高く考えている選手でも、どうしても状況の進展に対して遅れを取ってしまうんですよね。もちろん中には間に合った試合もありますし、帳尻の合った試合もあります。サウジアラビア戦もチャンスを量産した前半で得点を奪えていれば展開は変わっていたでしょうが、戦略そのものの問題が浮き彫りになった敗戦でした。ハリルホジッチ元監督は対戦相手の弱点を分析しながら攻略法まで提示したうえで、戦術で選手の役割分担を明確化していたので、そこは大きな違いなんだろうなと。

 一方で興味深く見ていたのは、規律に不安が残るものの創造力では日本人の中で右に出る者はいない中島翔哉を呼んだりしていたロシアW杯前です。大会直前にハリルホジッチ元監督は解任されてしまったので完成は見られませんでしたが、今考えると後乗せで選手に判断を委ねるプロセスを思い描いていたのかもしれません」

竹内「逆に森保監督は選手主導でチーム作りを進めながら、最後にそれを制限していくのではないかと僕は考えています。その方針が垣間見えたのが、東京五輪を戦ったU-24代表です。親善試合やグループステージと比べ、決勝トーナメントでは約束事を明確にしていました。準決勝のスペイン戦は自由度が一番少なくて、例えば[4-2-3-1]でボランチの田中が前に出たら右SBの酒井は最終ラインに必ず下がる。逆に酒井が前に出たら田中は最終ラインをカバーするというメカニズムを徹底していた。結果的に火力不足や疲労蓄積で負けてしまいましたが、内容で見るとバランス面で大崩れはしていませんでした」……

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ヴァイッド・ハリルホジッチ日本代表森保一

Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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