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シェリフが起こした「ベルナベウの奇跡」。UEFAもにんまり?これぞサッカーの「大物逮捕」

2021.09.30

「予選では10倍の予算を抱えるクラブを倒し、今度は30倍の予算のクラブ(シャフタール)を倒した。来週には100倍の予算のクラブと対戦する」。UEFA会長チェフェリンがシェリフの快進撃を称えた言葉だ。そして何と、その予算100倍のクラブ=レアル・マドリーの本拠地に乗り込んだ「保安官」たちが、誰もが予想だにしなかった奇跡を起こした。

 今季のCLにおける最大の伏兵、シェリフ・ティラスポリがシャフタール・ドネツクを倒した試合から1週間後、アレクサンデル・チェフェリン会長を団長とするUEFA代表団一行がモルドバのキシナウ空港に降り立った。脇を固めるのはルイス・フィーゴ、ズボニミール・ボバン、ダボル・シュケル、ロビー・キーン、マクスウェル、ナディネ・ケスラーといったサッカー界のレジェンドたち。メガクラブや大国に媚びないスロベニア人会長が大事にするのは、こういった中小国を支持者に取り込むサッカー外交だ。

UEFA会長チェフェリンの外交戦略の背景

 「欧州最貧国」とされる南東欧の小国に対してチェフェリン会長が手厚い支援を約束すると、モルドバ国会は感謝の意を表して「民主主義のメダル」を授与。同日に会長はレジェンドたちを引き連れ、キシナウ市役所とモルドバサッカー連盟が推進する「Fotbal în Școli」(市立学校でサッカーを普及させるグラスルーツのプロジェクト)に参加し、人工芝の上で地元の学生70人とボールを蹴り合った。ゲームに混じった後のインタビューで会長はこう語る。

 「UEFAの主な目標はCLをはじめとした各種大会を発展させること。そういった大会がユースサッカーやアマチュアサッカー、グラスルーツの発展に繋がるんだ。シェリフはモルドバサッカー界にとっての素晴らしいサクセスストーリーだね。最初の頃はシェリフの成功に誰もが驚いていたけど、今はもう驚かないよ。予選では10倍の予算を抱えるクラブ(ツルベナ・ズベズダとディナモ・ザグレブ)を倒し、今度は30倍の予算のクラブ(シャフタール)を倒した。来週には100倍の予算のクラブ(レアル・マドリー)と対戦する。もしそこでも勝利を収められたら晴れ晴れしいことだろう。これほどの成果を上げたシェリフには敬意を払っている」

チェフェリン会長とフィーゴらがモルドバの学生たちとサッカーを楽しむ動画は、モルドバサッカー連盟の公式YouTubeで観られる

 4月18日、マドリー会長のフロレンティーノ・ペレスの音頭によって、12のメガクラブが創設メンバーとして名を連ねた欧州スーパーリーグ構想を発表。サッカー界を大きく揺るがし、UEFAや多くのサッカーファンの怒りを買ったわけだが、批判に耐え切れなかったクラブが次々に撤退。あっさりと欧州スーパーリーグは崩壊したものの、いまだにマドリー、バルセロナ、ユベントスの3クラブはその結成を諦めていない。チェフェリン会長は9月上旬に発売されたドイツの週刊誌『デア・シュピーゲル』のインタビューにおいて「新しい大会を作りたがっている彼らが今季のCLに出場したいと思っていることがお笑い草だ。去ってもらって結構だよ」「この3クラブには無能な会長がいる」と激しく口撃すると、ペレス会長も「名誉毀損で提訴する」といきり立った。

 両者の緊張状態が張り詰める中、9月27日にUEFAは3クラブに対する懲戒手続きを取りやめることを発表。「UEFAの処分は無効とする」との判決が6月中にマドリッドの裁判所で下された影響だが、チェフェリン会長が矛を収めたその日のうちにマドリッド空港へと降り立ったのが、モルドバ(沿ドニエストル)からの刺客というべき「保安官」(Sheriff)だった。

小国が「レアル」に抱く憧れと恐れ

 シャフタールを倒して以来、彼らのスナイパーぶりの評価はうなぎ登りだ。ピンポイントクロスで2アシストを記録したブラジル人左SBクリスティアーノにはアトレティコに加え、オリンピアコスやPAOKが関心を持っていると報じられた。『Transfermarkt』の評価額は60万ユーロにしか満たないが、現時点で噂される移籍金500万ユーロが積まれればモルドバサッカー界の史上最高額の移籍劇となる。中盤の要となるMFエドムンド・アッドは、10月にW杯アフリカ予選を戦うガーナ代表に初招集。最終ラインを統率するCBグスタボ・ドゥラントも「今まで以上にペルー代表に近づいた気がする」と近い将来の初招集に自信を覗かせている。

 だが、シェリフで一番評価を高めたのはユーリー・ベルニドゥブ監督だろう。出自が18カ国に散らばる知名度の低い選手たちを意思統一させ、どんな強者が相手だろうと一泡食わせる戦術と規律、そして勇敢さを浸透させた。一方通行のモルドバリーグと異なり、CLでは「あえて選手たちを焚きつける必要はない」と彼は言う。予選の間はリーグ戦を4度にわたって順延してもらったこともあり、9月のシェリフは過密日程に陥っていた。そんな中、ベルニドゥブ監督は特定の選手に大きな負荷がかからないようローテーションで配慮し、駆け込みで獲得した新戦力も実戦で試しつつ、CLではいつものベストメンバーを準備してきた。サンティアゴ・ベルナベウで行われた前日会見でウクライナ人指揮官はこう述べた。

 「明日は非常に強いクラブと対戦せねばならないが、これは我われにとって大きな名誉だ。美しいスタジアムでシェリフの優れたプレーを披露したい。最強のライバルが相手とはいえ、いずれの選手も戦う準備ができているよ。最も大事なのは恐れないこと。リスペクトはしてもいいが、怯えるべきではない。そして好守それぞれで可能な限り最高のプレーをせねばならないんだ。どんなチームだって勝利について考えるのは当然で、明日のシェリフもそう。もちろんマドリーの実力はわかっているけどね。まず何より我われがしっかりとしたプレーをすること。試合の行方はピッチが決めてくれればいい」……

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Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。