SPECIAL

今あらためて考える、欧州スーパーリーグ構想の是非

2021.08.11

【対談】片野道郎×利重孝夫

世界のサッカー界を揺るがせた欧州スーパーリーグ構想(ESL)の背景には何があったのか?――サッカーエコノミーの在り方をテーマにした著書を複数発表しているジャーナリストの片野道郎氏と、欧州サッカーの現場事情や経営に通じている利重孝夫氏を招いて、徹底的に語り合った。4月28日にフットボリスタ・ラボで緊急開催された対談イベントを特別公開。

※『フットボリスタ第85号』より掲載。

ESL騒動の影に潜む「過剰投資問題」


──まず今回のESL構想と一連の流れについて、どういう感想を持ちましたか?

片野「最初に考えたのは、なぜこのタイミングで発表したのか。2024年から始まるCLの新フォーマットが4月19日のUEFA総会で承認される直前に、真っ向勝負でぶつけてきたわけですよね。でもCLの新フォーマット自体もビッグクラブとUEFAの間で交渉して、しかもECA(欧州クラブ協会)が強い要求を全部UEFAに飲ませて作り上げた形式だったわけで」

利重「そうですね。当初は4月1日のUEFA総会で決まるはずだったのが、ECAが問題があるからと言ったので保留になり、2週間延ばしたらESLが出てきたという展開でしたね」

片野「それなのにECAの会長であるアンドレア・アニエッリが寝返ってフロレンティーノ・ペレスらとESLを立ち上げた。ただ、ファン・サポーターの反発が予想以上に大きかったんですよね。僕の住んでいるイタリアや隣国のスペインではそれほど強い反発はなく、ユベントス、レアル・マドリー、バルセロナが横暴な振る舞いをするのも受け入れてもいい立場にいましたけど、意外にも4大リーグの中で実力的にも経済的にも一番影響力が強いプレミアリーグのファン、しかもESL参加を表明したビッグ6のサポーターが大きく反発した。そこにイギリス政府も協力して国全体でESLに反対を表明しましたよね。その結果、ビッグ6が早々に撤退を表明せざるを得なくなった」

利重「そうやってビッグクラブは結果的にUEFAもファン・サポーターも敵に回すような無理のある話を振ったわけですけど、問題はなぜそこまでせざるを得なかったのかです。そこが今回の騒動を読み解くヒントで、ESLを主導していたレアル・マドリー、バルセロナ、ユベントスは財政状況の悪化が著しく、抜き差しならない状況に追い込まれていた。特に24年から始まるCLの新フォーマットは6年固定されてしまいます。今年から数えるとこの先9年間の見通しが決まってしまう中で、今動かないと厳しいという判断が働いたのかなと」

片野「コロナ禍以前は、クラブの売上高や営業収益は右肩上がりでしたよね。ただそのスピードに偏りがあって、先行していたメガクラブが儲けたお金を選手の給料と補強のための移籍金に投下していた。そうなると人件費が上がり補強コストが上がる。そういうラットレースが何年か続いてきて、一番大きく金額が跳ね上がったきっかけは、ムバッペとネイマールのPSG移籍。移籍金の最高額が1億ユーロから2億ユーロに倍増して、そうした人件費の高騰によってその後数年でクラブが競争力を保つコストがすごく大きくなった。給与や移籍金、代理人への手数料も含む運営コストが急激に上がって人件費率が60~70%になっているのが現状ですよね」

2017年夏に史上最高額となる移籍金2億2200万ユーロを支払い、バルセロナからネイマールを獲得したPSG

利重「欧州クラブの大半は毎年の予算を、まずは参加する各コンペティションの想定順位を決めてから逆算して策定していきます。リーグ戦では何位、カップ戦ではどこまで進むとか。特にCLに出れるか出れないかは重要で、大きく収入が違ってくる。そうすると、バルセロナやレアル・マドリーのように常勝を義務づけられているメガクラブは、他のクラブが自分たちよりも選手にお金を投じるかもしれないという見えない恐怖に常に駆られて、過剰な投資をしてしまう。それを続けていたら破滅するのがわかっていても、サッカー産業は近年二桁の成長率を続けていたので結果的にその成長分が人件費の高騰を支える形になって、選手の給与や移籍金をどんどん増やしていきました」

片野「そうした人件費の高騰についていけなくなったのがユベントスだったりアトレティコ・マドリーで、自クラブのマッチデー収入、コマーシャル収入、放映権料収入だけでは賄えないレベルの金額に達していたんですよね。そこにコロナ禍による経営悪化が襲いかかったので、今シーズンのビッグクラブの営業収支はどこも壊滅的な内容で、借金が増えているクラブは本当に存続が危なくなっている。インテルも、オーナーの蘇寧グループがこのままクラブを持ち続けられるかもわからない状況まで追い込まれていますからね」

利重「よく誤解されるんですけど、コロナ禍が影響を与えたのはマッチデー収入だけではないんですよ。観客が入れなかったり、スケジュールに目途が立たない試合に対して、スポンサーや放送局は約束していたお金を払いたがらない。日本とは違って、海外はそこがすごくシビアです。マッチデー収入、コマーシャル収入、放映権料収入のすべてにマイナスインパクトが及んでいる。だから、影響は甚大です。成長している間は潜在的な問題を覆い隠すことができていたけれど、コロナ禍で歪な構造が露見してしまった。その対策としては、今までのようにUEFAと交渉しながら落としどころを見つける、では済まないことになってしまったのではないかと思います」

片野「ビジネスの論理を優先するか、スポーツの論理を優先するかでさじ加減は変わってきますが、今までビッグクラブとUEFAは妥協点を探って最終的には何とか両立させてきたわけですよね。今回ビッグクラブはそれに見切りをつけざるを得ず、コロナ後を踏まえても将来的なヨーロッパのサッカービジネスのあり方として、アメリカンスポーツ的なクローズドなシステムが必要だと考えたのでしょう」

利重「特にマンチェスター・ユナイテッドやリバプール、アーセナル、ミランを所有しているアメリカ人オーナーにとっては、彼らの母国で非常に健全なビジネスとして成立しているのがクローズドな制度設計ですから。去年もユナイテッドとリバプールが主導する形でプロジェクト・ビッグ・ピクチャーが出てきました。特にアメリカ型のファンドは普通に稼ぐのも、将来の成長の可能性を醸成させていくのもうまい。どこかで自らの持ち分を転売しなくてはならない以上、利益を生む仕組みを作って企業の価値を上げていかなければならないですからね。だから制度設計をアメリカ型のクローズドなものに変えて、リスクを減らして成長し続けられる道を選びたい。純粋に経営的視点で見れば、資本主義の中の営利団体として極めて真っ当な発想なのかなとは感じます」

議論されるべき「クローズド」の善し悪し

──今回批判が多かったのはまさにそこで、クローズドにすることで結局上位層だけで利益を独占して他は切り捨てるような見られ方をされてしまった点ですよね。ただ、経営層はオープンなコンペティションゆえにラットレースが起こって移籍金だったり年俸のインフレが起きているという肌感覚があるんでしょうね。逆にクローズドにしながら他を切り捨てない、サッカー界全体で成長していく方法はあるんでしょうか?

片野「ESLによって市場全体がさらに成長し続けられるならあると思いますが、市場規模が変わらないままなら下から利益を削って上に持って行くだけですよね。上はそれで健全経営で繁栄を享受できるかもしれませんが、その分下の価値は下がり萎んでいく。その対策としてESLはビッグクラブがそれだけ儲かるから、今UEFAが落としているよりもたくさんお金を落とす意向を示していましたけど、それはもともと下の層が稼ぐはずだったお金を上の方が持っていって、それをまた下に還流させてるだけですよね。下がもらう金額は多くなるかもしれないけど、下が稼ぐお金は減るはずなので、全体としては下が豊かにならない。経済界で言うトリクルダウン理論なんですけど、ESLが提案した再分配が本当に機能するのかは懐疑的で、ファンやサポーターの肌感覚でさえ大きな疑問が投げかけられていますね」

利重「確かにESLに参加できないクラブの収入は減ってしまうと思うんですけど、ただその経営規模に見合った選手の人件費を投じて経営していけばいいだけの話という考え方もあります。動くお金が小さくなる中で経営を安定させていくのはある意味健全で、現時点では基本的に選手の人件費が大き過ぎるわけですから、そういった別の道もあるのではないかなと。ただ、ESLが中長期的に全体のパイを拡大させる装置になれるかどうかはもっと議論されるべきでしたね。例えば、本当にESLではエンターテインメント性が担保されるのか?強豪同士の対戦が続けば人によっては飽きがくるのではないかという見方もあります。やってみなければわからないという話ではあるんでしょうけど、ESLの放映権料がCLの放映権料を上回れるのか?そして、より多額の連帯貢献金を払えるようになるのか?などの議論にまでは至らず騒動が収束してしまったことは非常に残念だったなと思っています」

片野「中堅国以下のプロリーグとか、イタリアのようなサッカー大国の3部やセミプロのような本来であれば2部や1部、さらにはESLというトップレベルに選手を供給するために必要な土台の部分で、メガクラブ以上に経営が厳しくなっているクラブも多いんです。結局、これからバタバタ倒れていくのはどのクラブも同じだと思うんですよ。そこで上が全部利益を持っていってしまえば、安定したエンターテインメント産業として残る可能性はありますけど、全体として食っていける人たちが減ることが、サッカー界全体にとって本当に良いことなのかどうかは疑問です。ピラミッドは底辺が広ければ広いほど安定するし、幅も大きくなる。でも上が高くなって幅が狭くなると、上に到達できるクオリティのある人材を輩出するための土台もやせ細っていく。そこから10年、20年経った時に、サッカーというムーブメント全体がより豊かになる保証はないと僕は思いますね。結局上だけが儲かる構造の一番の問題点は、そこにあるんじゃないかなと思います。今の育成年代の指導者のうち大半はボランティアで、それは日本だけでなくてヨーロッパでも同じですけど。そこがもっと豊かにならないと、サッカーは豊かになっていかない。だから上が稼いだお金はそこに還流していくべきだという考えが僕にはあります。長期的に見れば下がやせ細っていくと、その影響は上にも跳ね返ってくる気はしています」

サッカー界の底辺を支える育成年代のコーチたちにどうお金を還元させていくかも、今後の課題だ

人件費問題解決の糸口は選手にある


──UEFAやFIFAとの駆け引きの中で、ESLに参加したクラブはW杯のようなナショナルチームのコンペティションに参加させない、各国のサッカー協会も登録を認めないという話も出ていました。そもそもESLは法的に可能なんでしょうか?
……

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