SPECIAL

パナマ戦考察。森保監督が追求する日本式ポジショナルプレーの片鱗

2018.10.15

五百蔵容の日本代表テクニカルレポート


若い力が台頭している森保監督率いる新生・日本代表だが、ロシアW杯で見られた「対世界」の課題をどう消化しようとしているのか? 『砕かれたハリルホジッチ・プラン』『サムライブルーの勝利と敗北』の著者である五百蔵容氏に、構造的視点で分析をお願いした。


 先だって発売されました月刊フットボリスタ11月号本誌にて、「日本代表に見る「秩序」と「カオス」の天秤“集団的走力”という特質をどちらに使うか?」という一文を寄稿させていただきました。ロシアW杯における日本代表のサッカーを分析し、「攻守において局所的な数的優位を過剰に求め、別の局面やより危険なエリアにおいてリスキーな数的劣位を生み出してしまう」構造的な現象が存在するのではないか、との見方を提示しました。ロシアW杯では、特にコロンビアやポーランド、ベルギーといった、よりポジショナルにプレーできる戦術を備え、戦局全体に適した数的状態を自らの主導権のもとで、意図的にコントロールしながら戦うチームと対戦したことで、その構造を突かれたピンチをいくつも招き、ベスト16に進んだチームの中で最も多く失点を喫していました。それでも、日本人の特徴を反映した「集団的な走力」を4試合通じて発揮し、そういったピンチを人海戦術的にカバーし続けるチームとしての根気強さが下馬評を覆す結果を引き寄せたと言えます。

 その一方で、開始3分でPKを獲得、さらに相手の戦術的なキープレーヤーが退場するという今後再現することはおそらくないであろうおあつらえ向きの条件でほぼ90分間を戦い得た初戦のコロンビア戦のみに勝利。あとはセネガルに分け(これはベルギー戦にも匹敵する素晴らしい試合だったと思います)、ポーランド・ベルギーに敗北。1勝2敗1分という成績はその内容共々しっかりと「通用したもの」「足りなかったもの」を腑分けした、今後の発展に資する総括の必要性をこれまでの大会以上に感じさせるものでした。高いレベルに手をかけたからこそ得られる認識だと言えるでしょう。

 国内リーグであるJリーグにおける全般的な特質でもある「集団的走力」を今後も生かしながら日本代表が、あるいは日本サッカーが世界と対峙していくには、いくつかの選択肢があると考えられます。ロシアW杯で戦った列強のようにポジショニングバランスを維持し、守備/ポジティブトランジション(守→攻の切り替え)/攻撃/ネガティブトランジション(攻→守の切り替え)それぞれの局面で自らに有利な数的状態のコントロールを行いながら戦える戦略・戦術を実装しつつ、「集団的走力」を相手との「違い」として優位性とするという方向性もその1つでしょう。

 その意味で、森保一監督のA代表就任は(JFAの対外的プレゼンテーションは根拠が曖昧に見え、そのプロセスの是非は別に問われるべきとしつつも)、良い選択肢の1つ、「日本人監督」に限れば、上述した方向性を目指すのであればほとんど最良の選択肢と言って良いのではないかと考えています。

 というのも、Jリーグで5年間で3回の覇権を握るという大きな成功を成し遂げたサンフレッチェ広島時代に森保監督が見せていたサッカーは、戦術的多様性やカウンタープレス強度の面などで特に国際レベルにおける脆弱性を感じさせはしたものの、全体としては「日本式ポジショナルプレー」とも評すべき、戦略的なポジショニングバランスの維持やそれと結びついた循環的な攻守のメカニズムを備えたものだったからです。そして、招集された選手たちの顔ぶれからも森保体制の本格的なキックオフと言えるパナマ戦では、彼が広島時代に見せていた戦略的な思考、戦術的特徴がはやくも明確に現われていました。

 パナマ戦は、全体としてはまさに「親善試合」という内容で、日本・パナマ双方がW杯後に新たなチームを立ち上げるフェイズにあることも手伝い、テストの様相が強かったのは確かです。ですが、両チームとも、新たなコンセプトを実行可能な選手をゼロから試すラボ、という感じではなくベーシックなコンセプトと思われるものはかなり落とし込んだ状態で臨んでいました。そのため、戦術的なインテンシティの面では「親善試合」でありながらも、新しいチームの新しいコンセプトを確認する、その範囲内で選手同士の、チームとしての駆け引きを観測する、という意味では見どころの多い試合でした。


可変システムによる戦略的なスペースメイク

 パナマの基本的な配置は[4-4-2]~[4-3-3]。ボール非保持時は[4-4-2]でブロックを組み、2トップは中央に陣取り縦パスを阻害し、ボールサイドのサイドMFを前に出して2トップ脇のスペースを消すという形。相手ボールの前進を許したらサイドMFがMFラインに戻って[4-4-2]を形成します。サイドMFが前に出ることで守備的MF~SB~サイドMFの間にスペースが生まれますが、そこを使われる場合はSBが前に出て縦を切ったり、裏を狙おうとする相手に付いていきます。CBはできるだけボックス内(中央)に留まろうとするので、CB~SB間にギャップが生まれますが同サイドの守備的MFや、戻って来たサイドMFがそこをカバーする意識が落とし込まれていました。2トップのポジショニングからもわかるように、サイドに誘導してボールを奪い、守備的MFを経由して逆サイドに展開してカウンターを狙うという、この形を採用するベーシックなタイプのチームということができます。

 対する日本の基本的な配置は[4-4-2]([4-2-3-1]、[4-4-1-1])。ボール保持時には青山か三竿がCBの間に落ち3バックを形成。両SBを押し上げつつ、両ワイドの原口と伊東を内側に絞らせて「インサイド・ウイング」として振る舞わせます(配置は[3-3-3-1])。CFの大迫、セカンドストライカーの南野は中央からハーフスペース、サイドに動きつつ起点作りを行います。大迫、南野とインサイド・ウイングの原口・伊東のタスクは、攻撃面ではパナマのDFラインとMFラインの間にCBを引き付けるCF(大迫)を配し、そこで生まれたスペースに複数のアタッカー(南野、原口、伊藤)が敵の中央4枚(2CB+2守備的MF)に対し局地的な数的優位や同数を作りつつ対応を強い、その対応に応じて生まれるDFラインのギャップや守備的MFの担当エリアにできるスペースを活用するという狙いがあります。これは[3-4-2-1]システムを用いていた森保広島で見られた、2シャドーが存在する3バックシステムで4バックの人的配置に対しマッチアップのズレ(ギャップ)が生じるよう人員とタスクを配置するやり方の発展形です。CFと2シャドーの3枚のコンビネーションで2CBと2枚の守備的MFのユニットに対し局面的な数的不均衡を生み出そうとしていた広島時代に対し、セカンドストライカー(この試合では南野)を加えることでより効果的にパナマの4-4ブロックに厳しい対応を強いることができるようになっていました。

 この3バックビルドアップと前線配置の組み合わせはまた、アタッカーたちが直接DFラインを攻略する攻撃面だけではなく、守備側が中央に数的優位を作るには4枚の駒が必要なためベーシックな[4-4-2]システムを取らざるを得ない振る舞いを誘発させ、日本側がビルドアップ時に取っている配置上使いやすいスペース(=サイドエリアの空白)を組織的に生み出す仕組みにもなっています。

 例えば22分の、青山の2回の縦パス出し入れからの決定機。パナマの2トップが守備時には中央のケアを優先し、アンカー気味に振る舞う三竿を主に監視しているのを利用し、青山はパナマ2トップ間に縦パスを通し、ポストプレーからの戻しを受けつつ自らがパナマ2トップを追い越す形で上がってきます。前述の通り、インサイド・ウイングを活用する日本の3バック型のビルドアップ配置では中央にあらかじめ数的優位が作られているので、パナマの守備的MF・CBユニットは日本のアタッカーのいずれかに縦パスが入ることを阻止しづらい状況に置かれています。

[4-4-2]→[3-3-3-1]で中央のマッチアップをズラす

 ポスト役が1枚中盤に下りても日本のアタッカーが3枚残り2CBに対し数的優位を得ているので、4バックのゾーンで守っているパナマは中央でギャップを作られないよう両SBも含めて内側に絞ります。このことでパナマは中央のスペースを圧縮し、見た目上中央に両チームの選手が集中し渋滞するような形を得、青山からの縦パスが入っても日本のポストプレーヤーを守備的MFが監視しやすくスペースも与えず、簡単には前を向けない状況を作ることができます。ですが、そのことで逆にパナマの守備的MFとCBのユニットはその状態を維持せざるを得ず、両SBが中央に“ピン止め”されてしまいました。前を締める2トップも青山と三竿の位置関係によってどちらを見るべきか判断を揺らされ、こちらも半ば“ピン止め”されています。4バックのゾーンディフェンスのセオリーを遂行しているのに、中央で自由に縦パスを出し入れしゲームメイクを行う青山を誰も消せない、という状況が生まれます。さらに、日本のアタッカーたちのポジショニングでCBが行動の自由を奪われていること、青山が日本のDFラインからフリーで上がってくることからパナマのDFにとってはラインを上げるか下げるか、判断が難しい局面になっていました。このため、サイドにもDFライン裏にもスペースがある、しかも青山はフリーでパスをさばける、というパナマにとっては極めて危険な戦局が生まれていたのです。青山はすかさずがら空きのサイドを走る室屋に正確なパントパスを送り、パナマのDFライン裏を容易に攻略。パナマのCB、SBを日本のCF・2ウイングが追い越して誰にクロスを合わせても決定機、というチャンスを創出しました。相手が拠っているプレー構造(4バックのゾーンディフェンス)の性質を利用して、自らの人的配置によってその守備ブロック全体をピン止めしてしまい、自らの戦術的な狙い(ワイドからの裏狙いと中央における数的優位・同数を活用したDFライン攻略)を遂行し崩すという、組織としても個々の選手のプレー選択としても極めて戦術的なインテリジェンスの高い、森保監督のやり方だからこそ生み出し得たシーンだと言えます。

最終ラインと前線とを繋ぐリンクマンの役割をまっとうした青山敏弘


人的配置で「意図した攻略ルート」を作る

 パナマ戦における森保監督の配置戦略は、崩しの局面だけではなくビルドアップの局面もあらかじめ考慮されていました。中央に相手を絞らせる配置をしている関係上、ビルドアップの初期段階でもサイドのルートが空きやすくなっています。そこでまずは押し上げられたSBにボールを供給するのですが、前述した通りこのこと自体はパナマの[4-4-2]守備の狙いにも合致しています。そのためサイドでボールの争奪戦が生じます。そこでボールをキープできれば、インサイド・ウイングを活用して、中央のルートを狙い、パナマCB~SB間に生まれるギャップを使ってハーフスペース~サイドでの裏狙いが可能になります。奪われたとしても、パナマが逆サイド展開の起点となる守備的MFに預けるボールに対し、インサイド・ウイングと三竿がカウンタープレスをかけられるようになっていました。

 さらに、自陣深い位置からのポジティブトランジション時でのインサイド・ウイングを絡めたアタッカーの使い方も森保監督らしい仕込みが見られました。自陣ボックス近辺で回復したボールを、配置上FW(大迫、南野)ではなくインサイド・ウイングが受けられるようになっているので、ロングカウンターに縦方向の縦深をあらかじめ持たせることができます。こういった局面で相手守備的MFが空けやすいスペースをインサイド・ウイングに使わせることができれば、縦方向にインサイド・ウイング~FWと2つのポイントを作ることができます。相手CBから見ると、近い場所にいるFWに牽制され、遠い場所にいるインサイド・ウイングに起点を作られてしまうため、前向きな対応が非常のしづらい状況となり注文通りに背走するしかなくなります。そのことで、起点となるインサイド・ウイングはさらに自由と時間を得ることができ、FWとの縦関係、ワイドを駆け上がってくるSBを使う選択肢などを短時間のうちに得ることができ、ロングカウンターの脅威度を上げることができるのです。相手CBが届きづらいところに意図的に起点を作りつつ、相手DFラインを操作できる状態でカウンターをするというこの仕組みは、森保広島の特徴をそのまま受け継いでいます。

 このように、パナマ戦での日本代表は、インサイド・ウイングやFWの配置が攻守両面で効果を継続的に発揮できる設計のもとにプレーしていました。重要なのは、こういった人的配置ができるだけポジションバランスを保って攻め/守れるような秩序も(立ち上げ時であることから精度に不満はあれど)落とし込まれているということでした。

 トランジション時に無意味に放棄しているスペース、無意味な数的劣位をできるだけ作らない、それを実現するためにしっかり球際で戦う(戦術的にデュエルする)。奪い切れない場合は素早く規定の配置に移動し自陣にバランスを重視した陣形を形成する、奪ったら各ラインの裏を狙って素早く展開する、トランジション含めてそれらが最短距離で可能なようあらかじめ選手を配置しておく、その配置の均衡を崩さないようにプレーする。配置の均衡意図と実際のタスクが緊密に結びついており、選手たちがタスクを遂行していれば自然にそうなるよう設計する。そういった明確な意図が見えたこと、そしてその意図が欧米列強のポジショナルプレー志向に近い実質をもっており、その上で「集団的走力」を生かそうとする意志も見られることは非常に重要で、ポジティブな印象を持てるものだと思います。

インサイド・ウイングの一角として先発し自身2戦連続となるゴールも決めた伊東純也


森保監督の「配置均衡・数的均衡戦術」の問題点

 ただ、「日本式ポジショナルプレー」とでも言うべきこの戦術には大きな問題点があります。これはサンフレッチェ広島時代にもあった問題です。それは以下になります。

 「ミドルゾーンでのカウンタープレスを効果的に組織できず、1stディフェンスが外されれば中盤に広大なスペースを与えてしまい、即時リトリートに移行しなければならない」

三竿のカウンタープレスかかわされたら背後の中央ががら空き

 例えば、インサイド・ウイングの配置を利用し、三竿と連係してカウンタープレスを仕掛けるという狙いを先述しましたが、このプレッシングが失敗した場合森保監督のやり方では、バイタルエリアに広大なスペースが生まれることになります。もう片方の守備的MFである青山がDFラインに入って3バックを形成しているため、三竿が消されればそこを守る選手がいなくなってしまうからです。この、「配置移動を行うため局面によっては守り切れないスペースやコースが生まれる」というのは、初期配置と配置移動を組み合わせる可変型のやり方で配置的優位を作り出そうとする戦術では往々にして生じる事態です。広島時代の終盤、この問題を相手に突かれるようになった森保監督は、様々な手を尽くすも最後まで解決することができず退任することになりました。

 パナマ戦ですでに見え隠れしている、広島時代から積み残しているこの問題点を、国際レベルでプロテクトできるような新たな戦術、構造をチームに与えることができるかどうか。監督のインテリジェンスは疑いのないものだけに、これが今後の森保日本代表の発展を占う重要なアジェンダになると思われます。まずは、次のウルグアイ戦で、パナマ戦で見せたポジティブな点が再現できるかどうかとともに、この問題点がどのように現われるか、対応策が見られるか、見られないかというところに注目していきたいところです。

Photos: Getty Images

footballista MEMBERSHIP

TAG

パナマ代表日本代表森保一

Profile

五百蔵 容

株式会社「セガ」にてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析、WEB媒体を中心に寄稿している。『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』を星海社新書より上梓。

RANKING