「“餌”となる大会」ネーションズリーグで大収穫も…クロアチア代表が蒔いた3バックの種は実を結ぶのか
炎ゆるノゴメット#11
ディナモ・ザグレブが燃やす情熱の炎に火をつけられ、銀行を退職して2001年からクロアチアに移住。10年間のザグレブ生活で追った“ノゴメット”(クロアチア語で「サッカー」)の今に長束恭行氏が迫る。
第11回では、「“餌”となる大会」ネーションズリーグでの収穫について。クロアチア代表が蒔いた3バックの種は実を結ぶのか?
むしろネーションズリーグに生かされてきたダリッチ監督
「ネーションズリーグが私を殺してきた。(クロアチア代表監督の)私が負けるのを待っているような批判者にとっては“餌”となる大会だ」
就任1年目のロシアW杯でいきなり準優勝を果たしたズラトコ・ダリッチ監督は、その2カ月後に創設されたUEFAネーションズリーグをやたらと嫌悪していた。スペインに0-6の大敗を喫した第1回大会(2018-19)はAグループで最下位。枠拡大のおかげでAグループにとどまった第2回大会(2020-21)は、最下位スウェーデンを1ゴールの得失点差で上回り、かろうじて降格を免れた。冒頭の発言はダリッチがその当時に吐露したネーションズリーグに抱く怨念だが、第3回大会(2022-23)で準優勝を果たした途端に「獲得したメダルは3つ」と、ネーションズリーグの実績をW杯のそれと並べてしまうあたりは、大言壮語の彼ならではだろう。
UEFAネーションズリーグはその存在意義が何かと問われてきた大会だが、実際のところ、クロアチアはとても大きな恩恵を受けている。マーケティングで旨味が少ない中東欧の「小国」であるがゆえ、これまで西欧の「大国」はクロアチアとのテストマッチを敬遠してきた。コンプレックスをプラスに変える「大国キラー」の側面もあるため、下手にクロアチアと対戦すると大国は「火傷」してしまう。その一方で、クロアチアサッカー協会の交渉能力は乏しく、ネーションズリーグ以前の2年間(EURO2016~ロシアW杯)でテストマッチを組んだ国は、北アイルランド、チリ、中国、エストニア、メキシコ(2度)、ペルー、ブラジル、セネガルといった顔ぶれだ(※例外的にブラジル戦があるのは、同国がロシアW杯の「仮想セルビア」にクロアチアを選んでくれたのが理由)。
そんな恵まれない状況から一転、ネーションズリーグの誕生によって欧州の大国との力比べが常態化した。これこそ、リソースの少ないクロアチアが世代交代の過程でもレーティングを大きく落とさずやってこれた第一の理由だと私は考える。ダリッチが今でもクロアチア代表監督のポストで「生きて」いられるのは、ルカ・モドリッチの存在はもちろん、どれだけ失敗しても言い訳できるネーションズリーグのおかげだ、とさえ言ってもいい。
EURO2024の閉幕後、ムードメーカーのCBドマゴイ・ビダに続いてMFマルセロ・ブロゾビッチが代表引退を発表。キャップ数「99」で決断するのがブロゾビッチらしいところだが、彼の離脱でクロアチアの売りだった中盤構成にメスを入れる必要性が出てきた。また、右膝の前十字靭帯断裂から復帰した左ウインガーのイバン・ペリシッチに衰えが隠せない上、右ウインガーの不在は長年の懸案事項になっている。それだけに従来の[4-3-3]や[4-2-3-1]では、中盤を制圧してもサイドから奥行きのある攻撃ができないことは周知の事実だった。
グバルディオルだけじゃない。「3バック移行論」が高まった理由
そんな中、かつては手薄だったCB陣が多士済々で、とりわけヨシュコ・グバルディオルのポテンシャルを最大限に生かすべく、かねてより「3バック移行論」が高まっていた。代表チームでSBを務めるボルナ・ソサやヨシップ・スタニシッチ、ヨシップ・ユラノビッチはウイングバックの方を得意にしている。[4-3-3]や[4-2-3-1]では器用貧乏的な扱いを受けているアンドレイ・クラマリッチやマリオ・パシャリッチにとっても[3-4-2-1]の2列目ならばホッフェンハイムやアタランタで慣れ親しんだポジションだ。代表チームではウインガー起用の多いロブロ・マイェル、ニコラ・ブラシッチ、ルカ・イバヌシェツもインサイドハーフが最適。大国のような潤沢で多様性ある選手層を抱えていないだけに、クロアチアのシステム構築は現有戦力のプロフィールにもっと沿うべきだ。
ところが、ダリッチ監督が2017年10月に初めてクロアチア代表を指揮して以来、キックオフから3バックを実装したゲームはわずか3試合しかない。初めてテストした2019年6月のチュニジア戦では、ホームで1-2で敗れたことであっさり封印。2022年3月のカタール遠征では「プランB」として3バックを試すことを宣言するも、守りに徹するスロベニア(1-1)、ブルガリア(2-1)は格好の物差しとならなかった(※当初はブルガリアではなくベルギーと対戦する予定だったが、ベルギー側の都合でキャンセルされている)。
のちのカタールW杯ではプランBを使うこともなく、それでも3位に輝いた成功体験がダリッチ監督の「思考」と「嗜好」を硬直化させた。そこにネーションズリーグ準優勝の自信が重なると、プランBの構想は彼の中で雲散霧消。3バックへの移行を記者会見やインタビューで尋ねられるたびにダリッチは「練習する時間がない」と言い逃れた。外野の意見に対しては意固地になる性格も災いしたのだろう。EURO2024ではゲーム中のシステム変更や的確な選手交代ができず、アルバニア戦やイタリア戦では逃げ切れる展開でも逃げ切れぬまま、グループステージでよもやの敗退。クロアチアがこれまで参加した13度のビッグトーナメントでも最悪の成績だったことから、ダリッチ監督は批判の矢面に立たされた。
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Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。