INTERVIEW

ペジェグリーノが貫く指導理念。選手を“未知との遭遇”へと導く

2017.06.24

監督は人生の指針だった。私は一緒にいたすべての監督から生まれた作品だ

INTERVIEW with
MAURICIO PELLEGRINO
マウリシオ・ペジェグリーノ
(サウサンプトン新監督)

2017年6月23日、サウサンプトンの新監督にマウリシオ・ペジェグリーノが就任することが発表された。16-17シーズンに指揮を執った昇格組アラベスでは敵地カンプノウでバルセロナ撃破を成し遂げ、コパ・デルレイでは決勝進出を果たしシメオネ、サンパオリ、ポチェッティーノらに続くアルゼンチン人の名将候補として注目を集めた指揮官はいったいどんな指導哲学を志しているのか。4月21日にJ SPORTSのサッカー番組『Foot!』で放送されたインタビューの全文を同番組の厚意で掲載する。

プレースタイルとは?

チームは単に守備的だとか攻撃的だとは言えない

──勝ち点37ポイントを稼ぎ、1部残留は99.9%達成されました。となるとアラベスの次の目標は何でしょうか?

 「次の目標は土曜日(3月18日)の試合に勝つことと、毎週我われのパフォーマンスを向上させていくこと。それ以上の目標、欧州カップ戦出場権獲得は残り4、5試合になってから考えたい。今考えているのは次の試合のことだけ。もっと上に行こうと思ったらもっと試合に勝たないといけない。だから手近な目標から始めたい。それはより多くの試合を勝つことで、パフォーマンスを向上させることだ」

──コパ・デルレイの決勝もありますが、それは別物ですよね?

 「そうだ。決勝が行われるのはリーグ戦終了後でまだたっぷり時間がある。我われにとって最高の準備というのは、毎週最大限良い試合をし続けることだ。(編注:インタビュー後、5月27日に行われた決勝ではバルセロナに3-1で敗れ惜しくも優勝を逃した)」

──得点が不足しています。例えばそこは改善点でしょうか?

 「そうだね。我われのゴールチャンス数とゴール数のバランスは、シーズンを通して常に良かった、とは言えない。好機をたくさん作りながら1点に終わった試合もあるし、この前の土曜の試合(第27節マラガ戦/○1-2)のように3度のチャンスで2点を挙げた試合もある。このことからわかるのは、ゴール前の効率は時にプレー内容と直接関係しないことがあるということだ。選手の調子が良い日だったとか、自信があったかどうかにも関わっている。私の仕事はチームを一歩前に出させ、多くのゴールチャンスを作らせ、相手チームを従属させること。この最後に点に関してはここ数試合で随分良くなった。コパ・デルレイの決勝進出を決めたことで自信がつき、バレンシア(第24節/○2-1)、セビージャ(第26節/△1-1)、アトレティコ・マドリー(第20節/△0-0)といった強敵相手でも我われのプレーの方が上回った。それが私にとって大きな満足だ」

──つまり、プレーの内容を良くすればゴールはおのずとついてくるということですね?

 「その通りだ。ゴールというのはパフォーマンスの結果である」

──あなたのチームのプレースタイルを定義するとすればどうなるでしょう? 守備的でしょうか、それとも攻撃的でしょうか?

 「シーズン当初からの我われの優先事項は、簡単なことから始めて試合ごとに自信をつけていくことだった。開幕時、我われにはたくさんの疑問符がついていた。なぜなら1部リーグとスペインサッカーで経験がある選手が少なかったからだ。簡単なことをやりミスをなるべく少なくすることで自信をつける必要があった。もし君がアラベスの最初の5試合と直近の5試合を比べれば、パフォーマンスがまったく違っていることに気がつくはずだ。チームは攻撃時にはより大胆になったし、守備時にははるかに前でプレスをかけるようになった。だからアラベスのスタイルは何かと聞かれると、シーズン始めはこうだったが今は違うと答えないといけない。今のチームには試合を支配する能力があり、攻撃のバリエーションも増えた。特にホームでの試合はそうだ」

──要約すると、当初は守備的だったが今はボール支配率が上がり攻撃的になった?

 「我われは常にバランスの取れたチームだった。私にとって、チームというのは単に守備的だとか攻撃的だとは言えない。試合に勝つためには両方、よく守備をしよく攻撃をしなければならない。答えは選手が握っているんだ。相手ゴール前にいる必要がある選手もいるし、前にスペースが必要な選手もいて、私は選べるのだから。私が言えるのは、チームのベースは精神力の強さとプレーに対する優れた姿勢だったが、少しずつ攻撃への自信を深めていったということだ」

指導とは?

我われの重要な仕事は選手が見えないものを見せること

──あなたの説明を聞いていると、カンプノウでバルセロナに勝った試合(1-2)が最高の試合だとは言えませんよね? あれは第3節のことでした。

 「違う。勝った試合が常に良い試合だとは限らない。あの時は我われの可能性の中で最高の方法だと思っていたやり方でプレーした。チームのメソッドとアイディアというのは生きているプロセスであり、決して終わることがない。常に未完だ。人がすることだから前進もするし後退もする。サッカー選手はサッカーをプレーする人なのだ」

──サッカー選手と“サッカーをプレーする人”というのはどこが違うのですか?

 「サッカー選手はプロだから良いプレーを何度でも繰り返すことができる、と我われは考えがちだ。まるで機械のようにね。だが彼らは機械でなくサッカーをする人なのだ。だから波がある。8点や9点の時もあるし5点や6点の時もある。人生と同じだ。すべての仕事をする人がそうであるようにね。メソッドとアイディアのプロセスは前へも進むし、行き詰まるし、後退もする。常に変化しているのだ。私が今日言っていることは3週間後には意味がないことかもしれない」

──意味がない。それは良くなっているからですよね?

 「そうだ」

──あなたと話をしていると教師と話をしているような印象を受けます。監督には例えばサンパオリのように叫び動きまくる人もいるのですが、あなたは穏やかで静かです。選手もしくは人間に物を教える人というか。

 「監督、教師、マエストロ、プロフェッサー、ディレクターと呼び名はいろいろあるが、我われの重要な仕事は選手が見えないものを見せること。それを教えて彼らを未知のところへ導くこと。これこそが永遠の教えのプロセスである。チームをより良くすることと同じくらい、選手個人を良くすることが私は大好きだ。特にメンタル面はね。自分の限界を学ぶことによって(可能性を)広げられるということを教えたい。繰り返すが、彼らはプロフェッショナルな選手ではなくサッカーをプロとしてプレーする人なのだ。だから誰しも限界を持っており、それを自覚することで学びの領域が広がる」

──あなたが言っていることはアラベス成功の鍵かもしれませんね。ここにはマルコス・ジョレンテやテオ(エルナンデス)のような若い選手が多いし、ベテランでも他のチームで行き詰まっていたトケーロやアレクシスのような選手がいて、ともに成長して良いプレーを見せています。

 「彼らに加えて2部や2部Bから上がってきた選手もいる。だから最初に経験不足の選手が多いチームだと言ったのだ。サッカーのエリートの世界の問題は、自分の力を3日ごと6日ごとに見せ続けなければならないことだ。だから本当にやる気がある者だけに可能性が与えられる。彼らは学ぶことに夢を抱いていることを示してくれたし、そう思っている者だけに未来の可能性は広がる。それが今季のアラベスの強さだと思う。我われは戦いたい。そしてサッカーは欲する者たちに機会を与える」

──話を戻しますが、アラベスは昇格したばかりで新しい選手が多かったし経験も不足していた。しかも、昇格へと導いた監督ではないあなたの仕事はまるで虫眼鏡を使うかのように事細かに見られる。監督就任はリスクの大きい決断ではなかったのですか?

 「そんなことはないよ。最大のリスクというのは何もしないこと。人生で最も危険なのはじっとして何もしないことだよ。私はアラベスの最後の1部リーグでのシーズン、05–06にこのチームでプレーした。街も知っていたし人の文化も知っていた。選手たちと同じように私にとっても大きなチャンスだとわかっていた。アルゼンチンサッカーを3年間経験し、再び偉大なリーグの一つに戻って来られる。私にとって偉大な挑戦だったから、選手にも挑戦するつもりで臨んだ」

──ビトリアでの生活はどうですか?

 「大好きな街だ。ビトリアは欧州の中では生活の質が最も高い場所の一つだと思う。緑が多く食べ物のクオリティも高く尊敬できる人々がいる。練習場でもスタジアムでも人々は選手が自信をつけるのをサポートしてくれた。尊敬というのはこの街で学んだ重要なことの一つだ」

学びに終わりなし

良い仕事が必ず良い結果をもたらすとは限らない。バレンシアでの監督時代に学んだことの一つだ

──リーガで過去に指揮を執ったバレンシアでは、残念ながら短命でした。あなたはそこで何を学んだのでしょう?

 「もちろんたくさん学んだよ」

──例えば?

 「教えること、監督をすることはすべての教育のプロセスと同じように終わることはない。監督のライセンスをもらって終わりではない。学びは継続する。君が薬学教授だとしても薬学は変わり続けるし、エンジニアだとしてもエンジニアリングは変わり続ける。同じことは我われにも起こる。今の選手たちは私の選手時代とは違うし、今の若者たちの気晴らしは私のそれとは違う。だから学び続ける意欲を持ち続けなくてはいけない。

 バレンシアでの監督時代に何を学んだか? 例えば、良い仕事が必ず良い結果をもたらすとは限らないこと。失望の大きさはしばしば期待の大きさに比例する。わかるかな? 期待が大きければ大きいほど失望も大きくなる。だから現実をきちんと見極めないといけない。サッカーは人生と同じように常に君を驚かせる。良くも悪くも」

──あなたはたくさんのチームでプレーしましたが、あなたの師、マエストロと呼べる監督は誰ですか?

 「たくさんいる。私にとって監督は人生の指針だった。私はいつも彼らに憧れていた。10~12歳の頃からの彼らの言葉や教えを覚えている。プロになってからは世界最高の監督たちの下にいた。私にとっては大変な幸運だ。助監督として働いたことで私に最も影響を与えたラファ・ベニテスをはじめルイス・ファン・ハール、マルセロ・ビエルサ、エクトル・クーペル、カルロス・ビアンキ、クラウディオ・ラニエリ、少年時代とアルゼンチン時代の指導者たちも……。挙げるのを忘れた名前もたくさんあって彼らに悪いけどね。私は一緒にいたすべての監督から生まれた作品だ」

──例えばベニテスからは何を学びましたか?

 「私にとってラファは教育者として唯一の存在だ。彼の教えのプロセスはまるでハンマーで毎日叩かれているようで、プレー理論を叩き込まれた」

「教育者として唯一の存在」と語るベニテス(中央)の下でリバプール、インテル時代に助監督を経験。現在ニューカッスルを率いる師とは来季プレミアの舞台で直接対決が実現する(左は現クリスタルパレス助監督のサミー・リー)

──ということは理論家だった?

 「同時に実践家でもあった。守備時と攻撃時に何をしなければならないかを論理的に実践的に教え込まれた。最も学ばされた監督の一人だ」

──リーガでは多くのアルゼンチン人監督が成功しています。なぜでしょう?

 「私が言えるのは(アルゼンチンには)偉大なサッカー文化があり、勝つこと引き分けることそして負けないことを重視する。我われにとって文化レベルで重要であり、子供の時からそう教え込まれている。我われ監督は自分の仕事が大好きだし、サッカーは我われの人生にとってとても重要だからね。いろんな国籍の良い監督がいる。アルゼンチン人監督はいろんなところにいる。誰が良くて誰が普通で誰が悪いかは言えないが、若い監督として私が言えるのは、アルゼンチン人に生まれて監督をするチャンスに恵まれて満足しているということだ」

──アルゼンチン人監督は結果を出すだけではなく、例えばサンパオリのように戦術の発展に貢献している監督も多いように思えます。

 「最初に言ったことだが、今日のハイレベルな試合ではすべての点において必要なものが増えている。選手が成長しているのだから監督も成長しなければならないし、そのプロセスもレベルアップしなければならない。試合中に変えられる戦術バリエーション、相手のプランに適応するためのバリーションがもっと必要になっていることは意識する必要がある」

──それでお聞きしたいのですが、今季のリーガは3バック、5バックでプレーするチームが劇的に増えました。以前は4バックばかりだったのに。この変化はあなたが今言ったことと関係しているのでしょうか?

 「そうだ。3人のCB、5人のDFでプレーすることは素早いサイド攻撃を可能にするし、もしスピードがあるウインガーがいるのなら彼らの自由度を上げることもできる。このバリエーションはいろんなチームが使い、確かに結果を出している。だが20年前にはすでに5バックでプレーするチームがあった。だからこれは新しいアイディアではなく、元からのアイディアの周囲で調整し肉づけしていくことで生まれ発展したものだ。もちろん20年前とはレベルは違うのだが」

──あなたがバルセロナでプレーした時にはグアルディオラ、ルイス・エンリケ、セルジら将来の監督がたくさんいました。ロッカールームには監督候補の空気が漂っていたんではないですか?

 「リーダーシップの集合という空気だったよ。フィリップ・コクー、フランク・デ・ブール、アベラルド、セルジ、フェレール、ルイス・エンリケ、グアルディオラ、ファン・ハールと働くことになるクライファート……。偶然だったと思うけどね」

──あなたは選手時代「サッカーを楽しんでいなかった。苦しんでいた」と告白しています。

 「それは本当だ。サッカーの良い部分を味わうということはプロ選手としてはできなかった。自分を向上させたいとは思っていたが、楽しむところまでは行かなかった。だからこそ選手には高い要求水準の下で楽しむことを学べと言っているんだ。要求水準が高いのは良いし、自分を超えたいと思うのも良いが、誰かと比較するのではなくサッカーを味わうことも知らないといけない。今は私も楽しむことを学びたいと思っている」

──「楽しんでいる」ではないのですか?

 「楽しむことを学んでいる」

──今日はどうも長い間ありがとうございました。

■プロフィール
Mauricio Andrés Pellegrino Luna
マウリシオ・アンドレス・ペジェグリーノ・ルナ

(サウサンプトン新監督)
1971.10.5(45歳)ARGENTINA

アルゼンチン中部にあるコルドバ州レオネス出身。強豪ベレス・サルスフィルで選手キャリアをスタート。8シーズンで4度のリーグ優勝、94年のコパ・リベルタドーレスとインターコンチネンタルカップ戴冠を果たし、98年に欧州へと渡る。バルセロナ、バレンシア、リバプール、アラベスでプレーしバルセロナで1度、バレンシアで2度リーガを制覇。アルゼンチン代表としても3試合に出場した。06年に現役引退。バレンシアのユースチームを2年間率いた後、ベニテスの誘いを受けリバプールとインテルで助監督を務めた。12年夏、古巣バレンシアの招へいを受けついに監督デビューするも、半年で解任の憂き目に遭ってしまう。母国に戻りエストゥディアンテス、インデペンディエンテで経験を積み、16年夏にアラベスの指揮官に就任し満を持してリーガ再挑戦。昇格初年度のチームをコパ・デルレイ決勝へと導く快挙を成し遂げ評価を高めた。しかし1年で退任を決意し、6月23日に来季からサウサンプトンの指揮を執ることが発表された。

COACHING CAREER
2012 Valencia (ESP)
2013-15 Estudiantes
2015-16 Independiente
2016-17 Alavés (ESP)
2017- Southampton (ENG)

Cooperation: J SPORTS『Foot!』
Photos: Getty Images, J SPORTS『Foot!』

プレミア会員になって
もっとfootballistaを楽しもう!

プレミア会員3つの特典

  • 会員限定のオリジナル
    記事が読み放題!

  • 電子版バックナンバーが
    読み放題!

  • 雑誌最新号を毎月
    ご自宅にお届け

TAG

アラベスサウサンプトンマウリシオ・ペジェグリーノ

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。