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現代フットボールの「要所」ハーフスペースが生む崩しの新境地

2018.04.26

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。


 ペップ・グアルディオラが最も重要視するレーンの可視化は、数年前であればトップ下タイプだった選手を「インサイドMF」や「(2シャドー時の)セカンドトップ」に移動させた。これはハーフスペースの存在が認知されたからだろう。ハーフスペースにアタッカーを置く理由は、簡素化すれば以下の3つである。

①SBとCBの担当エリアの中間に位置できる。
②斜めのパスコースを作るトライアングルを生み出しやすく、かつ味方FWと近い距離でパス交換できる。
③センターレーンと比べると、相手の守備的MFから受けるプレッシャーが弱い。

 「ハーフスペースの使い手」に対する需要の高まりは、DFラインが緻密なゾーンディフェンスで各エリアを担当し、フィジカル面で中央を制圧する屈強な守備的MFがそろう時代となった現代フットボールにおいて当然の帰結なのかもしれない。カカーのような推進力があるトップ下がフィジカル面で進化したファンタジスタの価値を示した2000年代初頭を経て、アンドレス・イニエスタダビド・シルバはハーフスペースという新たなプレーエリアで創造性を発揮することになる。


「入り口」としての“4番”の両脇

 縦のレーンであるハーフスペースは、ゴールに近づくほど決定機を生み出せる重要なスペースとなる。ケビン・デ・ブルイネは正確なミドルシュートを持ち、相手が迷えばエリア外からであっても一気にゴールを脅かせる。しかし、味方がハーフスペースで待っていても、そこにボールを送り届けられなければ崩しの局面には繋がらない。

 マンチェスター・シティは今季序盤、特にハーフスペースへのボール循環における起点となるスペースに徹底的に気を遣っていた。具体的には、逆三角形の底となる“4番”(シティではフェルナンジーニョ、バルセロナではブスケッツ)の両脇である。

 4番に配置されるMFは組み立てにおいて基準点となるが、その左右のスペースはビルドアップのスタート地点では空いている。コンテが率いたユベントスでは主に中央からの縦パスの供給役をピルロとボヌッチが担い、3バックの両脇がこのスペースに進出して攻撃をスタートさせていた。シティではCBとセントラルMFがこのスペースに入ってくる。特にCBのオタメンディやストーンズはここから積極的に縦パスを狙う。

 CBがハーフスペースのレーンでボールの出し手となればパスの距離が近くなるので、インターセプトが困難となる。偽サイドバックの仕組みも目指す方向性は似通っており、物理的に上下の距離を縮めることは敵陣ハーフスペースへのボール供給を容易にする。同時に、最前線のアグエロやガブリエウ・ジェズスが下がってくる動きを多用することで、パスコースを生み出そうとする。


DATA 1 CBのハーフスペース利用①
遮られていたハーフスペースへのパスコースを使うためにオタメンディが横にサポートすることで、縦へのパスコースができる。同一レーンなので距離も短い

 もう一つ、CBとSBのパス交換は相手のサイドMFを誘い出す効果がある。そうなれば、中盤の枚数が減ることでハーフスペースが空く。4番が前を向いてボールを受ければ、相手はハーフスペースへのパスコースを消そうとする。そこからCBへの横パスを送り、手数をかけずに縦パスを送る方法もある(上図参照)。守備側の中盤ラインの背後で、パスの受け手がパスコースを生み出すための微調整を繰り返されると、それを封鎖し続けるのは難しい。

 一方、インサイドMFが下がる場合は「前の人数」が足りないため、比較的時間をかけながら全体を押し上げることになる。CBからの打開が困難な局面や、こう着した局面ではD.シルバやデ・ブルイネがビルドアップの開始点となる局面に関与することでアクセントになる。CBのハーフスペース活用が習熟するに従い、オタメンディは「影の司令塔」として最後尾からビルドアップをコントロールする役割を任されるまでになっている。自分へのパスコースが消された時はオフ・ザ・ボールで高い位置に進出し、プレスを無効化するパターンまで兼ね備えた。


DATA 2 CBのハーフスペース利用②
FWがオタメンディへのパスコースを消そうとする動きに対して、オタメンディが中盤まで上がってパスを受けるパターンもある。その時はアンカーのフェルナンジーニョがトップ下を釣り出す


囮としてのハーフスペース

 ハーフスペースの有効性が周知されるようになったことで、守備側も意識してこのスペースを封じる施策に取り組んでいる。例えば、もともとハーフスペースのレーンにCBを配置可能な3バックはシンプルな対処法で、アスピリクエタやクレスウェルを筆頭とした機動力のある選手を起用することで、アタッカーから自由を奪う策も効果的だ。


DATA 3 ハーフスペース→大外のレーン
マンチェスターU対エバートンの53分のシーン。ポグバが囮になることで2人のマークを引き付けておいて、実際の狙いは奥に走り込んだルーク・ショー

 ジョゼ・モウリーニョも、このスペースの有用性を意識している。サム・アラーダイスが就任したエバートンに対し、攻撃の構築に苦しんだマンチェスター・ユナイテッドは「ポグバを左サイドのハーフスペースに進入させ、エバートンの守備陣を攻略する」狙いを見せた。この試合では1トップとして起用されたマルシャルが左サイドに流れながらボールを持つと、ポグバが左のハーフスペースで受けると見せかけてDF2人を引き付け、大外のルーク・ショーをフリーにした。これはハーフスペースを囮にしたパターンだ。

 シティのプレミアリーグ第22節ワトフォード戦での2点目も、この形から生まれている。右サイドに流れたD.シルバがCK崩れの形からボールを受けると、スターリングがハーフスペースで受けられる位置へと移動。ワトフォードが慌てて迎撃しようと詰めるが、タイミングをズラしてボールはスターリングの裏へ。外からフリーで走り込んだデ・ブルイネが受けてセンタリング。結果的にはオウンゴールになったが、自陣ゴールを向いた状態でデ・ブルイネの高速クロスに対処しなければならない状況を作られた時点で、かなり厳しいのが現実だろう。


DATA 4 デ・ブルイネのダイアゴナルラン
D.シルバが一瞬パスを遅らせることでデ・ブルイネを警戒していたマーカーがスターリングをつかもうと体の向きを変える。それを見て、裏へのスルーパスを通す

 ハーフスペースは自ずとゾーンディフェンスの隙間になりやすいように設計されているので、そのスペースに入ってくるボールに対しては「複数人で一気に取り囲む」対処になりやすく、縦パスを受ける相手からボールを奪おうとすれば「マンツーマンに近い1on1」での対応になることも多い。パスの受け手を狙った相手の動きを利用すれば、逆を取ることも可能なのだ。まったく違うスペースに展開するのではなく、受け手の横を通過するようなパスを出すことによりギリギリまで相手に誤認させることで、余裕がある状態でアタッカーにボールを供給できる。

 ハーフスペースが「要所」となりつつある現代フットボールにおいて、このスペースの占有は勝利に直結する。そこにボールを届けることが攻撃側の「最初の目的」と言い換えてもいい。グアルディオラの師としても知られる哲学者ファンマ・リージョは「最初のボール前進が成功すれば、すべてが簡単になる」と断言する。スペースへの警戒を利用することで攻撃戦術は進化し、さらにそれに対処するために守備戦術も進化する。マンツーマンとゾーンの二元論は終わり、その状況に応じた使い分けが求められているのだ。欧州の最先端はこの瞬間も、継続的な進化を続けている。


Photo: Getty Images

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ニコラス・オタメンディハーフスペース

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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