「もっと走れ」の先にある景色。横浜F・マリノスとスカウトサービス契約を締結した「nowtis」が見る未来(前編)
25年10月、株式会社F&Vが横浜F・マリノスとスカウトサービス契約を締結したと発表した。アスリートのフィジカル能力を可視化し、データを比較・蓄積するシステム「nowtis(ノーティス)」を通して、フィジカルデータをスカウト活動に用いるという新しい取り組みだ。同社の先﨑勝也社長にnowtisというサービスの詳細、横浜F・マリノスとの契約について、そしてフィジカルデータスカウトの可能性について聞いた。
前編では、静岡学園で10番を背負い、町田ゼルビアやFC琉球、鹿児島ユナイテッドでもプレーした先﨑社長がこのサービスを開発した理由、西野努スポーティングダイレクターが窓口になったという今回の提携の経緯や目的について明かしてもらった。
(写真提供:株式会社F&V)
「正しく」測定し、他チームと「比較」できる
——まずはnowtisというサービスについて教えてください。
「サッカー選手にとって基本的な要素となるフィジカルの部分をデータ化して強化していくため、測定会のサービスを運営しています。すなわち基礎体力測定ですね。種目はまずスプリント。30m走を専用の光電管センサーで測定します。サッカーは真っ直ぐ走るだけではなく、アジリティも必要になってくるので、180℃ターンのアジリティと、横の動きが入るアジリティの2種目を行っています。また瞬発力を見るジャンプの種目では垂直跳びと立ち幅跳び。そしてサッカーにおける持久力の要素はYoYoテストを行い、この計6種目をデータ化することでチーム強化、選手強化につなげようという狙いがあります。
基本的にはチームに対してサービスを展開していて、現状ではBtoBの事業です。しかし、ただ単にフィジカル測定を実施するのではなく、選手がこの数値を管理していくことができるようアプリケーションの提供を行っています。それが自社開発のnowtisというアプリです。この測定会は各チーム年2回、多いところでは3回ほどやってくれているのですが、各回のデータ、各回の成長をどこにいても常にスマホで見られる状態になっています。また僕たちのサービスの最もコアなポイントとして、その数値をオープンにしているので、他のチームの選手と明確に比較ができるようになっています」
——僕が昨年、全国高校選手権を取材した際、松山北高の選手が「強豪校の選手との比較でトップだったので自信がついた」とnowtisを紹介してくれたんですが、まさにその点が画期的なサービスだなと感じました。
「僕は静岡学園高出身なのですが、静学のトップチームの選手とももちろん比較できますし、各強豪校のSBといったポジション別での比較、関東大学リーグのデータも取っているので、Jリーグに行くような大学トップレベルの選手とも比較できるようになっています。そのような形である程度オープンにしていることで、他チーム、他の選手と比較できるようなプラットフォームになっています。というのもチーム内で足が速かったとしてもそれが全国的にどれくらいなのか、また測り方も正しいのかという問題もありますよね。井の中の蛙じゃないですけど、自分たちが目指しているところと比較した時にようやく自分自身の本当の強みと弱みが明確になっていくと思うので、こうしてオープンにすることで明確な目標値を作ってもらいたいという思いがあります。
同時に自分の数値を管理するにあたって、測定値をもとにパーソナライズされたトレーニングもアプリ内の動画を通じてできるようになっています。毎回の測定後にフィードバック会も実施させていただいていて『今のチームはこういう傾向があるのでここを目指しましょう。そのためにはウォーミングアップにこういった要素を取り入れてみるのはいかがですか?』と提案する形で、体系的なアプローチにつなげていくような取り組みも行っています。アマチュアチームだと専門的なフィジカルコーチがいないチームも多いので、チームが自走できるように『こういった要素を取り入れるとこの部分が伸びていきますよ』といった形で、誰でもアクションできるようなフィードバックを実施させてもらっています。これらがざっとした大枠ですね」
——面白いです。まずはこれまで30m走というとストップウォッチでざっくりと測っているチームが大半だったと思うんですが、光電管センサーという信頼できる手法で統一して行っているというのはとても画期的ですよね。
「まず正しい数値を取るのが大前提になりますね。正しい数値じゃないと選手の成長、自分自身の状態というものはわからないので。今の自分の正しい数値を知り、そこから練習につなげていくことをサポートするのが僕らの一番のミッションなので、正しく数値を取るところにはこだわっています。また今回のインタビューのメインとなるスカウトという観点で言えば、データがスカウトの目に入るのであれば嘘のデータをもとにリクルートするというのは双方にとって絶対に避けたいことなので、その後のキャリアにつなげてもらうという意味でも正しい数値を取ることがより大事です。もちろん、僕らが直接現地に行って測定するには人的リソースもお金も含めていろんなコストはかかるんですが、一方でそれをやり切っていくというのがベンチャー企業だからこその僕らの使命でもあると思うので、しっかりとデータを正しく取るということでやらせてもらっています」
2つの解釈で迷った「もっと走れ」。元静学10番が感じた原体験
——そうして取得したデータをユーザーにオープンにするというのがさらに先進的な点だと思います。データのサービスとしては全てを表に出さず、独占・集約しながら限定的に開示する選択もあったと思うのですが、そのような設計思想はどのようなところからきているのでしょうか。
「まずアメリカのNFL、アメリカンフットボールではトライアウトに中継も入って、いろんなデータをオープンに出すことで選手がリクルートされていくという文化があります。バスケットボールのNBAでも、フィジカル測定を1つの参考にしてリクルートするのが当たり前ですし、その数値をWEBサイトでも公表しています。これらのデータは将来そこを目指す少年少女たちの目標値になるんですよね。なので、オープンにすることは何より大事だと感じています。
ここからは少し個人的な話になるんですが、僕自身は高校の時に静岡学園で10番をつけさせてもらっていて、静岡国体でも10番で内田篤人くんとかと一緒にプレーしていて、いろいろな方々に見ていただける環境にはいたのですが、井田(勝通)監督やスカウトの方からいつも言われていたのは『184cmあって、これだけの技術ならJ1でも通用する。ただ、もっと走れ』ということでした。ただ、当時の僕は感覚的にプレーしているタイプだったので『もっと走れ』と言われても、基礎体力の部分がJリーガーや大学生に比べて足りていないのか、そこは満たしているけど試合中に表現できていなかったのかがわかっていなかったんです。当時から足りている部分と足りていない部分がわかっていればもっとやるべきことを明確にし、プレーにつなげていこうと気づけたかもしれない。なので、自分の能力を知るためにも、データをオープンにしていくことで明確な目標値を作れるようにして、言い訳をできないような状況を作っていきたいということで始めたところもあります」
——ご自身の原体験も反映されているんですね。現役引退してから起業までにはどのような経緯があったんでしょうか。
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Profile
竹内 達也
元地方紙のゲキサカ記者。大分県豊後高田市出身。主に日本代表、Jリーグ、育成年代の大会を取材しています。関心分野はVARを中心とした競技規則と日向坂46。欧州サッカーではFulham FC推し。かつて書いていた仏教アイドルについての記事を超えられるようなインパクトのある成果を出すべく精進いたします。『2050年W杯 日本代表優勝プラン』編集。Twitter:@thetheteatea
