「アンフィールドの奇跡を彷彿とさせるドラマをやってのけ、世間の目はドラマもアドバンテージもある千葉に夢中だ。だが、千葉はまだ知らない。徳島は徳島の道を歩み、千葉が起こした奇跡と同様に徳島の物語も着実に進行中であることを」。徳島ヴォルティスを追い続ける柏原敏記者は、強く主張する。運命の一戦の主役は1チームではなく、もう一方にも同じようなドラマがあることを。岩尾憲、柳澤亘とトニー・アンデルソンの物語……そしてJ1昇格PO決勝のために温められてきた脚本とは?
今回、編集部から依頼を受けたテーマは『プレーオフ突破のために必要なこと』。
本題へ移る前に、熱冷めやらぬ先週末を前段として振り返りたい。本題よりも脱線が長くなりそうだがご勘弁を。その理由は本題の答えなどわかりまへん。筆者が『プレーオフ突破のために必要なこと』を知っていれば、ここで公にすることなくどこかのクラブに1億円でその情報を売却してのちの人生は年利3パーセントでまわして悠々自適に暮らしている。しかしながら、「わからない」を「わかろう」とするエピソードでハッタリを書くことだけは、記者という謎な職業の人間にはそれなりに備わっている。
ということで、脱線という名の本線を走りたい。

キャプテン選挙の謎、岩尾憲は誰に投票した?
リーグ戦を4位でフィニッシュし、明治安田J1昇格プレーオフ(以下PO)に進出した徳島。PO準決勝・磐田戦(△1-1)では先制されながらも土壇場で同点に追いつき、年間順位のアドバンテージによって決勝へ駒を進めた。
感動的だったのは、同点弾に絡んだ面々。
終盤に同点!トニー アンデルソンのゴールで徳島が決勝進出🔥
🎦 ゴール動画
🏆 明治安田J1昇格プレーオフ2025 準決勝
🆚 徳島vs磐田
🔢 1-1
⌚️ 82分
⚽️ トニー アンデルソン(徳島)#Jリーグ pic.twitter.com/2Bi4siRMl0— Jリーグ(日本プロサッカーリーグ) (@J_League) December 7, 2025
決定機に直結する芸術的なサイドチェンジをしたのがキャプテンの岩尾憲。徳島には2016シーズンから2021シーズンまで在籍し、クラブ2度目のJ1昇格へ導いた立役者。2022シーズンに徳島を退団して浦和へ移籍したが2024シーズンの夏に電撃復帰を果たした。その当時のことは過去記事『「俺は主役じゃない」岩尾憲。レジェンドの帰還は徳島に何をもたらすか?』で寄稿した通り。
「徳島をもう一度J1の舞台へ」(岩尾)という意志を持って復帰し、今シーズンは「年齢的にキャプテンを背負ってチャレンジするシーズンとしては最後という位置づけで就任したのでこの1年に懸ける気持ちは強いです」(岩尾)と強い覚悟を持ってキャプテンを“引き受けた”。今シーズンのキャプテン選出は増田功作監督が「投票形式にしました」(増田監督)とユニークな手法を用いた。その評価も参考にしながら最終決定として選ばれた。

めちゃくちゃ気になったことがある。
投票制で岩尾がキャプテンに決まったことよりも、その岩尾が自分の1票を誰に投じたか。キャプテン就任が決まった時点ですぐに聞いてみたが、「まだ早いです(笑)」(岩尾)と回答は焦らされた。
永木亮太か、渡大生か、田中颯か……いろんなことを邪推しながら半年以上が過ぎた。
10月に再アタック。「ところで誰に投票しましたか?」(筆者)。「まだ覚えてたんですか?(笑)」(岩尾)。またしても、はぐらかされた。しかし、3度目の正直。11月に再々アタック。「何の話でしたっけ。あぁ!投票の話ね」(岩尾)。『あきらめの悪い男、三井寿』よりも、あきらめの悪い記者が私だ。
「俺っす」(岩尾)

1秒の静寂、筆者がすぐに理解できずにポケーッとしている顔を見て助け舟を出してくれた。
「俺自身の名前を書きました。しかも匿名じゃないですからね。“別に自分の名前を書いてもいいよ”って言われていたのでルールは破っていないです。ははは(笑)」(岩尾)
岩尾が投じた1票に記されていたのは、自分自身の署名つきで岩尾憲による『岩尾憲』への投票。
キャプテンを“引き受けた”のではなく、正確に言えば“立候補した”に等しい。その背景を知れば、磐田戦の同点弾に直結したサイドチェンジがより味わい深いものになる。そして、徳島について知らない方にもお伝えするならば、それだけの覚悟を持って臨んだ今シーズンの岩尾ではあるが、プレシーズン中の2月1日に負ったケガの影響が長引いて長期離脱をしていた。その期間、約8カ月間。
「いつかはケガが増えたり、これまで経験していなかったケガをすることも出てくるだろうなとは想定しているので、ケガ自体で落ち込むことはそれほどありません。でも、この期間の長さについては想定していなかったです」(岩尾)
もともと強い人間だが、さらなる逆境を乗り越えてきた岩尾は過去以上に強い。言葉にもこれまで以上に重みがある。そして、いぶし銀のサイドチェンジも顕在だ。


長崎戦で涙を流した2人、柳澤とトニーの逆襲
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Profile
柏原 敏
徳島県松茂町出身。徳島ヴォルティスの記者。表現関係全般が好きなおじさん。発想のバックグラウンドは映画とお笑い。座右の銘は「正しいことをしたければ偉くなれ」(和久平八郎/踊る大捜査線)。プライベートでは『白飯をタレでよごす会』の会長を務め、タレ的なものを纏った料理を白飯にバウンドさせて完成する美と美味を語り合う有意義な暇を楽しんでいる。
